最終話



 最近、やけに早く起きる。眠りが浅くて、というよりは、ぐっすりと眠った上で早く起きてしまうのだ。目が覚めた瞬間から頭が回りだし、身体がうずうずする。クリスマスの朝を迎えた小学生みたいだな、と毎朝苦笑する。

 以前の生活より1時間早く起きるようになった私は、その時間をランニングにあてた。スポーツウェアに着替え、髪を縛り、ランニングシューズを履いて亀池公園に向かう。気温はまさに秋、という感じで心地がいい。いつものコースを軽い足取りで走っていく。風が木の葉を揺らし、体温の上がった全身を優しく包み込む。走る時は何も考えず、ただ呼吸に集中する。

 帰ってシャワーを浴びて、お弁当を作る。最近は彩りにも気を使うようになった。配置や色合いを工夫する。気づかないうちに鼻歌を歌っていて、父に指摘される。「何かいいことでもあったのか?」私は聞こえなかったふりをして、お弁当を詰める。口元の笑みを見られないように、下を向きながら。

 鞄を持って、学校に行く。鞄にはこだまとお揃いの、チョッキを着たクマのキーホルダーがついている。由美さんや佳菜子さんを含めた4人で、駅前に出掛けたときに雑貨屋で買った。最初は正直それほど可愛いと思わなかったが、毎日見ているとそれなりに愛着が湧いて、今では結構気に入っている。

 八時前には教室に着く。こだまと同じ時間に合わせてもいいのだが、静かな教室が好きなので、結局前と同じこの時間になった。朝の支度をしながらゆっくりと過ぎていくこの時間に、私は幸せを感じる。新書を開き、少し読む。ちらりと、教室の後ろのドアを見る。まだ来ない。また少し読んで、適当なタイミングで、時計を見る。八時十分。そろそろだ。私は新書の同じ文章を何度も読んだり、目次のページを見直したりして、この幸せな時間を味わう。

 私は気配を感じて、後ろの扉を見る。

 こだまと、目が合う。

 嬉しくて飛び跳ねてしまいそうになるのを必死に抑えながら、彼女の席に向かう。彼女が微笑んで机にリュックサックを置いた時、お揃いのクマのキーホルダーが、少し照れ隠しをしながら、それでも嬉しそうに、こちらを見た気がした。

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