第32話
こだまは、昼休みになると由美さんと佳菜子さんに連れられて、保健室に行った。まだ食欲がないらしい。ふらつきながら歩く様は痛々しく、見ていられなかった。
私は机に突っ伏した。無機質で冷たい机の表面は、こだまとは真逆だった。
ぽんぽんと、肩を叩かれた。前にもこんなことがあったな、とぼんやりと思い出す。
顔を上げると、佳菜子さんが顔をのぞかせた。
「みゆきりん、お昼、食べよっか」
二人とも、元気のない様子で菓子パンをちぎって食べていた。
食事というものはこんなに虚しいものだったのだろうか。
私はただ、箸を機械的に口に運んでいる。味なんてしなかった。こだまができない食事を私がしていいはずがない。だが、残すわけにはいかないので、私は仕方なく、味のしないお弁当を消費しなければならないのだった。そこに、こだまがいた時の楽しい食事など、見いだすことは不可能だった。
パンを食べていた由美さんの手が止まった。私も自然に箸を止める。
「……何があったかなんて聞かないけどさ」
彼女はいつもの元気をどこかにおき忘れたかのような、暗い声で言った。
「こだま…が、言ってたんだよ。『みゆきちゃん、ごめんね。みゆきちゃん、ごめんね』って。呪文みたいに、何度も何度も、泣きたくなるくらい、小さな声でさ。……もう、見てるのが辛かったよ。……怖かった」
彼女の声は途中から震えていた。私は胸の張り裂ける思いでそれを聞いていた。
「こだまの過去のことは知らないけどさ……」
彼女は、涙を浮かべた顔でこちらを見た。
「たぶん、今のこだまを救えるのは、みゆきだけだと思うよ」
そう言った。
それを聞いた瞬間、私の中である信念が固まっていくのを感じた。諦めよりも、嘆きよりも、先にくる一つの思い。自分の望みよりも優先したいこと。こんな気持ちになるのは初めてだった。でもこの感情は、昔から自分の中にあったようにも思える。気付かれずにずっと前から、ひょっとすると、とても近い場所にあったのかもしれない。私が一人で生きていたら気づかれずに永遠にそのままだったかもしれない。
「でも私、ちゃんと言えるかしら……」
私はずっと、こだまに幸せになって欲しかった。こだまと会話を重ねるほど、その優しさに触れるほど、私はこだまの幸せを願わずにはいられなくなっていた。あんなに優しい女の子が、気が弱く、辛い過去があるというだけで幸せを逃してしまうなんて、絶対に認めたくなかった。
「大丈夫。みゆきりんならできる」
でも、私のこだまを求める気持ちがあまりにも強すぎて、その思いは単体では存在していなかった。こだまの幸せを願う気持ちのすぐそばには、私の自分勝手で邪な欲求があった。だから根底にあるその思いに気づくことはなかった。
「こだまなら、わかってくれるよ」
こだまの痛々しい姿を見て気づいた。私はこんなこだまの姿は見たくない。こだまにはいつも微笑んでいてほしい。私の隣でなく、誰かの隣でもいいから、こだまが楽しそうに、幸せそうにしてくれたら、もうそれでいい。
私はずっと、こだまの幸せを願い続ける。静かに、ひっそりと、誰よりも遠くで、誰よりも深く、痛切に。
「……ありがとう、由美さん、佳菜子さん」
――親友として。
それが私の罰であり、務めであり、報いだ。
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