第19話
そうして、私はこだまと、夏休みの半分以上の日を一緒に過ごすことができた。
勉強をすることで私は「以前の日常」を取り戻しつつあった。純粋に、こだまとの勉強を楽しんでた日々。心が乱れることなく、平穏に日を重ねることができる日々。勉強を教えるという実践、決まり切った、レールに乗った実践を通して、少しずつ、元に戻っていく。こだまとの勉強は私にとって心の支えだった。
こだまは電車でやってくるので、私は自転車で亀池駅まで迎えに行く。夏の日差しは厳しく、地面からの照り返しもあるので、私は木陰を見つけて彼女を待つ。電車に乗っているこだまから「もうすぐ着くよ」と連絡が来る。スタンプで返信した。彼女は毎回のように電車が近づいていることを教えてくれるので、待ち時間は退屈しなかった。
金川方面から来た電車が停車するのが見えた。スマホを鞄にしまい、階段の方を見る。こだまと会う前はいつも少し緊張する。タオルで汗を拭く。
人が何人か降りてきて、少し遅れてこだまの姿が見えてきた。こだまも私に気づき、軽く手を振ってくれた。こだまの方に自転車を押しながら向かう。
「みゆきちゃんおまたせ」
「今日も暑いわね」
「うん。暑すぎて、暑いね」
「それじゃあ『頭痛が痛い』にもなってないわよ」
こだまはくすくすと笑った。
「こだま。今日も服かわいい」
私はこだまと会うたびに服を褒めるようにしている。かわいいのは本当だし、そのあとのこだまの反応が見たいのだ。
「え…うん。ありがと。でもこの前着たのと同じだよ」
「何回見てもかわいいの」
こだまは麦わら帽子のつばを触った。彼女は紺色のリボンの入った麦わら帽子を被り、ベージュの花柄のワンピースを着て、いつものリュックサックを背負っている。こだまは私と同じで私服は必要最低限しか持っていないらしい。まあ高校生だし、普段は制服を着ればいいので、私服はそんなに必要ないだろう。
「みゆきちゃんも、いつも素敵だよ」
「ありがとう。……そろそろ行きましょうか」
こだまに褒められて平静を保てる自信がないので、私はこの話題を早々に切り上げた。
私たちはいつもの道を歩いて、亀池図書館へ向かう。駅前から道なりに歩いて行くと、高校に着く。いつもの信号を渡ると、亀池公園だ。公園の中の方が木陰が多くて、涼しい。
「みゆきちゃん。今日は何の勉強するの?」
「一昨日と同じよ。英語と数学、あと化学の演習」
「さすが委員長ですねぇ」
「もう、誰の物真似なの」
こだまの口調が面白くて、笑ってしまう。
「こだまは今日何するの?」
「数学の復習と、物理かな。あとは古文も、時間が空いた時にしようかな」
「古文。またこだまに教えてもらおうかしら」
「いいよいいよ。国語は文芸部の私にお任せあれ」
「ふふ。じゃあよろしくね」
私の苦手科目は国語だ。でもこの夏の勉強会で、こだまは私よりだいぶ国語が得意なことが判明した。さすが文芸部。私はこだまに時々古文を教えてもらっている。
「そういえば、こだまから借りてる推理小説、結構面白いのね」
以前彼女が貸そうか?と言ってくれた小説。その時は時間がないと言ってやんわりと断ったのだが、夏休みだから読むことができた。
「良かった」とこだまは微笑む。
「普段新書しか読まないから、小説は新鮮で読んでて楽しいわ。ただ夜眠る前に読むと、どこで止めたらいいか、ちょっと迷うわね」
こだまは私の顔を見て、大きく頷いた。
「そうなの。推理小説は夜に読んだら危ないよね。コーヒーと同じで、眠れなくなっちゃう。私も時々夜更かししちゃって……」
「こだま、時々授業中居眠りしてたわよね。さては、それが原因だったのね」
「わ。ご明察。さすが委員長……」
さっきとは違うこだまの口調に、頬が緩む。
居眠りに気づいたのは、委員長だからじゃないけれど。
夏の公園を、木陰を見つけながら歩いて行き、亀池図書館に着いた。
勉強開始だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます