第16話


 六月も最終週となった、ある日。

 私は五限の授業中、ある素晴らしい思いつきをした。それをこだまに話すのが楽しみで、私は胸の高鳴りを抑えながら放課後を待った。

 帰りの支度が済むと、私はすぐにこだまの席に行った。最近は私の方からこだまの席に行くことが多い。

「こだま、帰りましょう」

 彼女は手を止めて、私を見上げ、微笑んだ。

「ふふ。ちょっと待ってね、すぐ準備するから」

 教室の後ろのドアに目を向けると、西尾さんと東野さんが「部活だ部活だ」と言いながら駆け出しているところだった。

 私はこだまを見つめながら待つことにした。

 人というのは、繊細な動きをするものだ。

 それは彼女の一挙一動を見るだけでわかる。机から教科書を取り出し、整えて、リュックにしまう。それを、慣れた手つきで行うこだま。彼女の白くて小さな手が、音楽を奏でるようにリズムよく動くのを、私は見惚れながら眺めていた。

「お待たせ。行こうか」

 ロボットにはまだ出来ないな。あの滑らかな動きは。

 最近はロボットについて書かれた新書を読んでいたので、そんなことを思った。

「みゆきちゃん、今日はなんだか楽しそう」

 廊下を歩くこだまが嬉しそうに呟いた。

「あ、今の五・七・五かも。ぷぷ」

「こだまも十分楽しそうよ」

 と言うと彼女は「えへへ」と笑った。

「そういえばそろそろ期末テストよね」

 五限からいうのをずっと楽しみにしていたことを気付かれないないよう、さりげなく言ったつもりだった。

「うん」

「その、テスト勉強、一緒にしない?」

 すぐに返事がこないので、心配になって彼女の顔を見た。こだまは不安げな表情を浮かべていた。

 ――どうしてそんな顔をするのだろう。

 でも、しばらくして発せられた返答は、とてもこだまらしいものだった。

「それだったら私が聞いてばっかりで、みゆきちゃんの勉強にならないかも……」

 安心して、頬が緩んだ。

「そんなこと。気にしなくていいのよ。人に教えるのってね、自分の理解が試されるから、結構いい復習になるのよ。それに、ね」

 こだまの方を向きながら言葉を繋げる。

「こだまに教えるのが好きなのよ、私」

 それは本当だった。

 西尾さんたちの宿題を手伝った日々。

 こだまにとっては辛い出来事だったかもしれないが、私の大切な思い出でもある。

 その機会がなくなって寂しかったのだが、テスト勉強を口実にすればいいと、ふと思いついたのだった。

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えよう、かな」

 さっきの言葉に照れたのか、こだまはちょっと赤面して言った。そんな彼女の様子の変化を楽しみながら歩くうちに、昇降口に着く。

「それでは、明日からね」

「わかった。あ、あと私も、みゆきちゃんに教えてもらうの、好きだから。じゃあね」

 さっきのお返し、という感じでこだまは言うと、素早く手を振って、西門に向かって行った。

 彼女の「好きだから」が何度も頭の中を反復した。

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