決戦開始



 ダンジョンを完全攻略していないと、魔王の勢力はバカみたいに拡大するらしい。


 そんな展開はガイドブックに載っていないと言えば、据え置きゲーム用のDLC、俗に言う追加イベントだと言う。


 王国の官僚たちは干ばつに手を打てず。

 富や食料と引き換えに、魔王側に寝返る北部貴族が続出する――らしいのだが。



「ああ、もう滅茶苦茶だよ」



 対策を始めてから一か月が経った頃、とうとう事態は動く。


 魔王が降臨したとかで、北の果てが黒い雲で覆われていき――サタニストとかいう魔王シンパが一斉に立ち上がったのだ。


 しかし、案の定いくつかの北部貴族が寝返ったものの。

 王家に絶対の忠誠を誓うグラスパー伯爵軍が、即座に、怒涛の進撃を開始した。


 準男爵家四つ。

 男爵家一つ。

 子爵家三つ。


 開戦から一週間で計八つの家を打ち破り。

 反王国連合軍を全部、まとめて叩き潰したというのだから笑うしかない。


 しかも伯爵軍には、大した損害も出ていないらしい。



「これが乙女ゲームの期間中だったら、まず間違いなく終わっていたな」



 ラスボスを守る中ボスが味方について、敵を根絶やしにする。

 そんな意味不明なムーブ、クロスの奴が許してくれるわけがない。


 いや、物語の神が許してくれたとしてもダメだ。

 乙女ゲームの神が、直々に消しに来たのではないだろうか。



「ま、まあいいや。残る敵は魔物の群れだけなんだし、これで安泰――」

「何を言っている。早く支度をしろ」

「…………え?」



 俺が使用人寮でベッドに寝ころび、一人で思案していると。

 部屋のドアを無造作に開けて、国王陛下がやってきた。



「久方ぶりの強敵だ。腕が鳴るな」

「え、あの、えーっと……」



 自宅の寝室に王様が乗り込んできたらどうなるか。


 今の俺もそうだが、大抵の人間はフリーズする。



「えっと、陛下? 私も出陣するんですか?」

「アルバートの奴が出撃するのだ、当然だろう。主君が前線に出るのに、従者が後方でのんびりしていられるはずがあるまい」



 そう言われてしまえばそうなのだが。


 もう命の危険があることはしません。

 逮捕されるような事件も起こしません。


 マリアンネとエミリーに、そんな誓いをさせられてからまだ一年も経っていない。

 ここで更に信用を失うマネは避けたいと思い、断り文句を探していれば――



「何をグズグズしている。さあ、征くぞ」

「ちょ、へ、陛下!?」



 彼は俺の首根っこを掴み、ずるずると引きずっていった。


 そのままアルバート様の執務室に放り込まれて、戦争に連れていかれることが決まり。

 結局、最後の最後まで最前線で戦わされることになった。











 俺が強制定期に出撃させられてから二週間後。

 北部に集まったのは、アイゼンクラッド王国のほぼ全軍だ。


 王都が襲撃された時とは比べ物にならないほどの大軍を相手に、戦争は始まった。



「グラスパー伯爵軍は右翼より攻め上がれ。ワイズマン侯爵軍は左翼から戦線を押し上げ、クライン公爵軍は中央で現状を維持するんだ」



 中央の後方に置かれた本陣で、ハルが各所に指示を飛ばしていく。

 ウッドウェル伯爵家他、原作で健在だった家がいくつか消滅しているとはいえ。


 敵方の二枚看板であるウォルター男爵とグラスパー伯爵が不在どころか、北部貴族の大半も味方に付いた。

 伯爵に至っては急先鋒となり右翼の主力を任されているくらいなので、非常に有利な戦況で進んでいる。



「レオリア公爵軍二千が、左翼の更に左方から襲撃を仕掛けました! 敵軍に乱れが見えます!」

「後発隊が到着しました! アーゼルシュミット伯爵軍、ウィンチェスター侯爵軍が参戦します!」



 サージェスの手勢はそう多くないものの、少数精鋭だ。

 騎馬を主体にした電撃作戦を仕掛け、次々と奇襲を成功させている。


 彼自身が先陣を切り、100レベルオーバーの敵軍を切り刻んでいるのだが。

 敵が強いほど攻撃性能が上がるのだから、攻勢に回った時はやはり強いようだ。


 ラルフやシルベスタニア子爵は本陣にいる。

 彼らはハルを補佐して、原作通りの堅実な指揮で周囲の部隊を動かしていた。

 

 ……新兵器を積み、遅れてやってきた後方部隊の方が問題なのだが。



「アラン様ぁぁあああああッ!! 魔物の群れなど、この最新式魔道兵器で根絶やしにしてくれましょう!!」

「はは、もうどうにでもなれ……」



 完全に狂気のマッドサイエンティストと化したクリスは。

 あろうことか、戦車団を連れてやって来た。

 白衣を風になびかせて、高速移動する戦車の上で両手を広げている。


 戦車と言っても馬が箱馬車を引くタイプの、古代で使われたチャリオットではない。

 本当に、近代の戦争で米軍とやらが使う戦車そのままだ。



「良かった……! 乙女ゲーム本編が終わっていて、本当に良かった!」



 プロトタイプは在学中に完成していたらしいので、下手をすれば王都襲撃の際にアレ・・が登場した可能性すらある。

 本編が終わっているからセーフだろうと、俺は彼らの参戦を黙認したわけだが。



「はーっはっはっは! 撃て撃て! 一匹残らず討ち取るのだ!」

「ああ、もう……総員射撃用意――ぇ!」



 付き合わされるパトリックは、遠目でも分かるほど死んだ魚のような目をしていた。機甲師団が砲撃を開始すれば、中央前方の敵は消し飛んでいく。


 通信の魔道具からは、パトリックのやる気無さそうな号令が聞こえてくるとして。

 しかし物理兵器に、指揮官の士気など関係ないのだ。



「さあ、モタモタするなパトリック! このまま敵を殲滅するぞ!!」

「あいさー。総員、一号車に続いてー……」

「あーっはっはっは! 高射砲と機関銃の用意も忘れるな! 進撃だ!!」



 彼らは勢いもそのままに、敵を蹴散らしながら右方へ走り去って行った。


 本陣の人間は、誰もがポカン顔である。



「着任の挨拶が先じゃねぇのかな……」

「まあいいじゃないかアラン」

「そうよ、細かいことを気にしても仕方がないわ」

「一番気にしなきゃいけないのは、お前らだと思うんだが」



 王太子夫妻は特に気にした様子も無く、被害状況を眺めている。


 ……そう。本来なら国に残り内をまとめるはずの、次期王妃様まで参戦だ。


 王子の一人は最前線にいるし。

 王太子のハルと、妻のリーゼロッテまで戦場に出ている。


 陛下は別な地域で暴れる中ボスたちを全部撃破する勢いで進撃を続けており、もう少しでこの戦場に到着する予定のようだ。



「王族総出で最前線って、大国の戦い方じゃねぇよな。改めて思うけど」

「私たちらしくていいじゃない。さ、私も出撃するわよ!!」

「え? あ、おい、ちょっと待て!」



 血の気が多い次期王妃様は、周囲の近衛の前で王国の国旗を振り上げると。



「総員! 私に続きなさい!!」



 部下たちが動き出すかどうかというところで、馬を駆り突撃を始めてしまった。

 次期王妃様。まさかの単騎特攻である。



「うぉぉぉおおい!? ちょっと待てって言ってんだろうがこのイノシシがぁ!!」

「ア、アラン! どうする!?」

「追うしかないだろ! 行くぞ野郎ども!!」



 騎士やクライン公爵家の私兵が慌てて後を追い、ドタバタの中で中央に戦力が投入されていく。

 公爵軍の後詰をしていた、アルヴィンを始めとした使用人や私兵を引っ張り出し。

 俺の私兵も総動員して出陣したが。


 まさかいきなり乱戦に飛び込むハメになろうとは。


 付き合わされた周囲は混乱するかと思いきや、そこは精兵だ。

 意外と動揺は少ない。


 しかもリーゼロッテはきっちりと。クリスたちの爆撃で戦線が乱れた、敵の薄い箇所を狙って突っ込んでいる。


 元々連携が取れていない敵軍が、予想外の一撃で更に乱れていき。

 本陣の精鋭たちは戦場を蹂躙して、魔物がぶっ倒されていく。


 先陣を行くお嬢様は空中殺法でオーガを蹴飛ばし、それを足場にして別な指揮個体の元へ。

 ぐんぐん歩みを進めて後詰の兵を引っ張る。


 ……相変わらず、武力だけを見れば一級品なのだ。このお嬢様は。



「うん、好機だね。僕らも行こうか」

「……守るしかねぇよな」

「……ま、無理せず行きましょ」



 いつの間にやら脳筋になっていたハルも出陣し、呆れながらラルフとメリルも続く。

 すぐに俺たちと合流して、中央軍が戦線を押し上げ始めた。



「どいつもこいつも、血の気が多すぎる……」



 俺がそう呆れている間にも敵軍をイケイケで押していったのだが。進軍を始めて十数分が経った頃に異変が起きた。


 ――黒く覆われていた空に雷雲が轟き、突如として紫色の霧が、辺りを包んでいく。



「で、出たわ! 出たわよアラン! アレが魔王!!」



 少し遠くでメリルが叫ぶが、見れば分かる。


 ねじくれた鹿の角に近い、禍々しい角を天に立て。

 眼窩にはただ黒いグルグル巻きが渦巻き。

 三日月に曲がる口からは瘴気が溢れ出している。


 全長三百メートルほどの巨体が現れた。



「うっそだろオイ」



 あんなデカブツを相手にどう戦えばいいのか。

 原作ではパラメータだけが重要であり、サイズなど関係無かっただろうが。現実的には大きい分だけ脅威だ。



「第三段階まであるから!」

「んなこたぁ知ってんだよ!」



 俺の部下も周囲の軍勢も、驚きで足を止めてしまった。


 事前情報として容姿を聞いてはいたが、あんな高層建築物のような化物が相手なら――第一段階ですら倒せるか怪しい。



「ああ、もう! 早く来てくれーッ! 陛下ーーーーッ!!」



 だから俺は、今もどこかで敵を血祭りに上げているはずの陛下が、早く来てくれないかな。

 と、祈ったのだが。


 むしろ親玉の登場に敵軍は奮い立ち、魔物や邪教の信奉者たちの攻撃が一気に苛烈になってきた。

 息を吹き返して、再び戦況は膠着状態になろうとしているようだ。



「いないんだから仕方がないでしょ。さあ、アランを先頭に突撃よ!」

「総員、レインメーカー子爵軍に続け!」

「ここに来て俺を先頭に立たせる!? ……ああいいよ。やってやるよクソがッ!」



 そして王太子夫妻は俺を盾にして、強引に突破を図る方針らしい。


 無茶な命令を下した二人には、あとで落とし前を付けるとして。

 まずは目先の敵だと、俺は上級魔法を展開した。


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