勝ったんじゃねぇかな



「一部の貴族が闇堕ちしたらしいんだけど、状況を見ると北部貴族っぽいのよね」



 まだ確信は持てないが。

 そうだよ。グラスパー伯爵は北部貴族だよ。

 と、内心で思う。



「何でも、中央から爪はじきにされて……餓死者が出るような状況でも助けてもらえなかったとかで」



 そうだね。陳情に来ていたけど、あっさり追い返されようとしていたよ。

 実際には伯爵が脳筋過ぎたせいもあると思うが、それはさておき。



「魔王は物質を際限なく生めるとかいう訳が分からない力を持っていてね? 食料の保障と金銭で買収を進めていくはずなの」

「食料と、金銭?」

「ええ、飢饉が起きていたでしょう? 救ってやるから服従の証として、魔人化しろって命令を出しているのよ。それを防げれば、あるいは」



 そこまで聞いたらもう確定だ。

 魔人化がどうとか言うのは、ウォルターが信奉していた邪教に関係しているのだろう。

 ここまで話を聞いたリーゼロッテも、「あれ?」という顔をしている。



「えっと、あの。メリルさん」

「それから――ん? 何?」

「いえ、その。アランは北部の救済事業から帰って来たところよ?」

「……え?」



 メリルは俺の方を見るが、まだ言葉の意味は飲み込めていないらしく。きょとんとした顔をしていた。



「アラン。飢饉は回避できたのよね?」

「そうだな。食料は十分に確保できたし、水不足とか離散した農家のホームレス問題とか……まあ、色々と解決してきた。そっちは?」

「減税は議会を通って、福祉の予算を出すことまで認めさせてきたわ。ハルが」



 であれば北部への寝返り工作は滞るだろう。

 せいぜいがアイゼンクラッド王国に対して不満を持つ、亡国の忠臣が反旗を翻すくらいだろうか。


 ついでに言えばグラスパー伯爵はもうハルの信奉者であり、邪教に寝返る可能性はほぼゼロだ。

 更にウォルターがせっせと増やしていた魔王の信者も、治安維持の見回りで軒並み壊滅させてきた。



「北部貴族のほとんどは寝返らないから、魔王の部下は予定よりも少なくなるわね」

「と言うか、これで陛下が殺される心配が無くなったってことだろ?」



 戦力比が大きく傾いたというのもそうだが。

 俺としては、陛下が生きていることの方が大きい。



「…………これ、勝ったんじゃねぇかな」



 そして有利な点はまだまだある。


 陛下が亡くなったあと、ハルが軍を率いて戦うのが原作の流れだろう。

 しかし原作のハルはメンタルを病んだ仮面王子であり、武力的な才覚はゼロだ。


 ここで現在のハルはどうか。

 幼少の頃から騎士団に混じって訓練を重ねてきているし、戦術論にも強い。

 リーゼロッテ監督の下で最高の設備を使い、近代的なトレーニングも受けている。


 指揮能力の面でもそうだが。

 多分戦争をやらせたら、今のハルの方が圧倒的に強いはずだ。

 王太子が最前線で戦うとなれば、兵士たちの士気が全く違うと思う。



「負けるビジョンが全く見えないわね」

「……だな」



 考えれば考えるほど、だ。


 何ならクリスとパトリックが開発した最新魔道具――という名の近代兵器まであるのだ。

 原作のようにクリス個人ではなく、優秀な助手と大規模商会のバックアップつきで大量生産ができる環境が整っている。



 しかも時期王位の跡目争いがかなり早期に決着したので、国の体制がまとまるのも早かった。

 王太子就任後のいざこざが原作と比べて随分少なかったのは、サージェスが兄貴と殴り合いをして満足したから、晴れやかに身を引けたことも大きいのだろうが。


 何はともあれ、陛下が「もういつ引退してもいいな」とこぼすくらい。国としては盤石な体制を築き終わっている。


 というか騎士団にもトレーニング器具が出回ったどころか、ハルの趣味が筋トレということで市井にも筋トレブームが来て――もう国民の習慣として定着した。


 アイゼンクラッド王国の国民や兵士は、一昔前に比べてガタイがいい奴が多い。

 一般兵すら、原作とは桁違いに強いのではなかろうか。



「取り越し苦労だったんじゃねぇか?」

「えー……」



 メリルは肩透かしを食らったかのような顔をしているが、状況は非常に有利と言えるだろう。

 ここに来て魔王軍の勢力を減らすことができたのは棚ボタでも、それまでの動きは各自が自主的に動いた結果だ。



「ま、リセットされなかった結果、より良い未来が見えてきたってことで」

「でもアラン、魔王は最強レベルらしいわよ?」

「ああ、そうみたいだな」



 しかし戦略兵器級の実力を持つ陛下と、戦術兵器レベルの力を持つグラスパー伯爵やガウルがいる。


 そして今気づいたが。公爵家が没落していないので、アイゼンクラッド王国最高峰の武力を持ったクライン公爵家が参戦できるのだ。


 これだけの人材が揃っている中で魔王とやらをタコ殴りにできるのだから――集中砲火でカタを付けてやればいい。



「うん、何とかなるだろ」

「……まあ、ね。いいわ、敵の傾向とかはまとめておいたから、参考にして」



 メリルが手書きで敵のデータを書き出していたので、それを元に対策装備を作る作業に入ろうと思う。


 というわけで、楽勝ムードが漂う中での戦闘準備が始まった。


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