世界滅亡の危機
「メリル。一体どういうことだ?」
「話すから、そこに座って」
王都へ帰還した俺は、リーゼロッテとメリルの両名から呼び出しを受けた。
どうやらリーゼロッテもまだ内容を聞いたわけではなく、「アランを連れてすぐに来てほしい」という連絡を受け取ったばかりらしい。
ラルフもメリルもまだ実家住まいのため、オネスティ子爵家に赴いて話を聞くことになったのだが。
「……まずは確認。この世界は、原作の裏設定とかも引き継いでいる……ってのは、いいわよね?」
「ああ。それで?」
「一個、マズいイベントを忘れていたのよ」
その原作は既に終了しているし、ガイドブックを完璧に読み込んだ俺は、特に問題となる事件が起きないことも把握している。
が、いくら考えても一向に、そんな重大イベントには思い当たらない。
「……世界が破滅するようなもの、あったか?」
「DLCのイベントよ。初代王の遺産と、同じような」
「…………ああ、なるほど」
購入したゲームに追加の金を払えば、強力なアイテムが手に入る。
初代王の遺産という、全攻略対象の好感度をマックスにするぶっ壊れアイテムがあるくらいなのだ。
それに準ずるものがあれば確かに物騒な気はする。
「リーゼロッテがプレイしたのは携帯用ゲーム機で、アランはアランルートの一回目しかクリアしていないんだものね」
「そうね」
「そうだな」
「……ごめん。知っているのが私しかいないんだから、もっと早く気づくべきだった」
「謝らなくてもいいわ。早くから対策が打てるだけ、むしろ有難いから」
リーゼロッテも大人になったようで、紅茶を飲みつつ冷静に言った。
成長は喜ばしいと思うが、今はそれどころではない。
「具体的に何が起きるんだ?」
「魔王が復活するの」
「……魔王、ねえ?」
「冗談で言ってるワケじゃないのよ! 本当にヤバいんだから!!」
何がヤバいのかを聞けば。
魔王はゲームクリア後の追加イベントで、部下にも軒並み高レベルの敵が揃っているらしい。
紹介文に「倒さないと世界が滅亡する」という一文があるらしいので。その設定が引き継がれていれば相当マズい。
各地で魔力を滞留させない――要するにダンジョン制覇率によって弱体化するとは言うのだが、ここで問題が一つ。
「在学中に中級ダンジョンの前半までしかクリアしてないから、多分、レベル300オーバーのが来るわ」
参考までに、俺のレベルは恐らく60前後だ。
例えばステータスがマックスのメリルでレベル100という扱いになるので、極限まで鍛えた俺たちの、三倍は強い敵らしい。
「……それって、倒せるものか?」
「実況動画で見たことあるけど、運ゲーかつ死にゲーね。敵の攻撃がミスになることが前提の戦いよ」
「マジか」
「ほとんど全部の魔法攻撃を使ってくるから、対策も必須。理想パーティを組むなら――原作ではできないけど。エールハルト、私、アラン、パトリックの四人かしら」
中級以上の魔法を、そんなポンポンと外すワケがない。
というか俺の広域爆破戦法のように、多少の自爆を覚悟で来られたら、間違い無く被弾するだろう。
敵のミスをお祈りするというのは、現実的には何とも成功率の低そうな賭けだ。
それ以前に、現実的に次期国王や貴族家の当主を出撃させるのは何だかなと言葉にならないモヤモヤを抱えていれば。
横に座っていたリーゼロッテは、何故か不敵に笑っていた。
「ちっちっち。甘いわね二人とも」
「リーゼロッテ?」
「三人の攻略対象を連れていけるということは。つまり原作では取れなかった手も、今なら使えるってことでしょう? それなら騎士団総出動よ!!」
ああ、まあ。
と、頷くことしかできない。
確かに原作ではダンジョンの敵とヒロインたちが殴り合っていたが。
別に、魔王とやらを俺たちが倒す義理は無いだろう。
例えばアイゼンクラッド王国が誇る戦闘狂の騎士団を派遣して。
ガウル辺りに死ぬ気で戦ってもらえば何とかなる気はする。
「歴戦の兵士が揃っているアイゼンクラッド王国なら、勝てないことはないか。そりゃそうだ。世界の危機がどうだかって時に、個人でカタを着ける必要がねぇ」
ハルの護衛騎士である強面のオッサンは、俺たちよりもかなり強い。
身体能力だけを見れば俺の方が上回ってきているが、戦いのセンスが半端ないのだ。
メインヒロインと三人のなかまたちが殴り合いをするくらいなら、ベテラン騎士に率いられた三千の騎兵を突撃させる方がよほど勝ち目があるだろう。
などと想像していれば、メリルは首を横に振った。
「その、ね。イベント戦は、国全体で戦うの。……というか、ジャンルが急に変わるのよね、アレ」
「……と、言うと?」
俺が尋ねれば、別にメリルが悪いことをしているわけではないのに、とてつもなく気まずい顔をして彼女は言う。
「例えば私が王妃だったら、魅力が高いと兵士たちの士気が上がって、戦闘力が増えたり。資金力が高いと装備が整って、戦闘が有利になったり」
「騎士団の派遣とか、その辺も織り込み済みってことか」
「というか、そんな兵士たちを上手く引率しながら、陣取り合戦することになるわ。魔王の元に辿り着いてからが私たちの出番」
今までだって中世ファンタジー風恋愛ゲームの中に、何故か冒険しながらの戦闘が組み込まれてきたというのに。
ここに来てまさかの戦略シミュレーションである。
後日談のシナリオを書いた奴と、それに異議を唱えなかった開発スタッフとやらを順番にひっぱたきたい衝動に駆られたが。
話を戻すと。
今のはあくまで、メリルがハルのルートを攻略した時の話である。
「じゃあメリルが騎士ラルフの妻ってことになる今回は、どうなんだよ?」
国政に関わる立場でもなし。
彼女が何かをできる余地はあまり無いなと思っていれば。
「本来だとね? ら、ラルフと一緒に、少数精鋭で敵の本陣に、突っ込むことに」
「……成功しそう?」
「絶対ムリ。そもそも途中で詰む」
その後も細々した情報を聞いてみれば、ダンジョンの攻略具合で敵の数も増減するとかで。
現状だと100レベルほどの相手と十連戦してから、休憩なしで魔王と戦うらしい。
で、ラルフの実力はどうか。
彼のレベルは多めに見積もっても50ほどだ。まあ、勝てる見込みはゼロだろう。
何なら途中の戦闘で、ラルフが討ち取られる未来しか見えない。
「そんなイベントを、なんで忘れていたんだよ……」
「いや、だって。隠しアイテムで能力をカンストさせるだけなら、隠しダンジョンだけ回った方が早かったし。途中からはダンジョン攻略が眼中に無かったっていうか、その……」
色々言い訳しているが、原因は分かっている。
お付き合いが認められた直後から、メリルとラルフは毎日のようにラブラブデートへ出かけていた。
町娘エンドになりかけたところでハッピーエンドを迎えて、気が抜けたのか。二年の中頃から完全に頭がお花畑だったのだ。
まともな思考回路をしていたかと言えばそうでもないだろう。
「ま、まあいいじゃない。困った時はお互い様よ」
「そ、そうよね。対策を考えましょう!」
そして、同じくハルとラブラブデート三昧をしていた次期王妃様も、ダンジョン攻略をサボっていたのは同じだ。
そして俺も、要らない事件で入退院やら逮捕を繰り返し。
攻略対象のくせに、冒険の方はかなりサボっていた。
理屈で言えば俺やリーゼロッテがダンジョンを制覇していても弱体化はできたはずなので、お互い様と言えばお互い様だ。
だから敵が強いのは仕方ないとして。
しかし一つ、どうしても腑に落ちないところがある。
「国を挙げての戦いだってんなら……陛下はどうしたんだよ」
陛下は1000レベルくらいあるんじゃないかと、疑いたくなるほどの強さだ。
イベント戦に現れ、
戦場が大好きと言えば語弊があるが、そんな大一番に欠席する人ではないよなと訝しんでいれば。
一転して、メリルは深刻そうな顔つきになる。
「これは国の行く末にも大きく関わる話よ」
「え、ええ。何かしら?」
メリルは一呼吸挟むと。
対面に座るリーゼロッテに向かい、重苦しい声で言う。
「エールハルトの父親。つまりあなたの義理の父は――暗殺されるの」
「そ、そんな!!」
「マジかよ!?」
その辺の槍を放り投げて、隕石が着弾したようなクレーターを作るようなバケモノをどうやって暗殺したのか。
そう驚いていれば、メリルは深刻そうな表情で話を続けた。
「毒を盛られたのよ。弱ったところを、敵のボスにやられたってストーリー。もしも私が陛下ルートだったら、怒りで覚醒とかできたんだけど……」
「滅茶苦茶だなオイ。……いや、まあいい。じゃあ陛下の安全さえ守れればどうにかなるな。詳しい話を聞かせてくれ」
毒で弱っているところを襲撃されるというなら、そもそも毒殺を防げばいい。
そうすれば、元気な陛下が存命のままで戦える。
だから事件の詳細を尋ねてみたのだが――
「ええ。季節的には、今年の秋ね。陛下が――魔界伯爵グラスパーに倒されるのは」
「そうか、…………ん?」
「アイツも今なら200レベルくらいあると思うわ。……途中の中ボスを倒してから魔王と戦わなきゃいけないのに、そもそも中ボスにすら勝てるかどうか」
溜め息を吐いたメリルは、その後も冷静に敵の弱点や特徴を述べていくのだが。
しかし何一つ頭には入らない。
今、なんだか最近、よく耳にしていた名前が出てきた気がした。
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