アーゼルシュミット式バックブリーカー



 伯爵協力の下で、ソバの実を普及させる計画は着々と進行していた。


 パトリックが交配した種は味が良く収穫高が高いということで、飢饉だけなら今年の収穫分だけでも回避できそうなのだが。



「くたばれ、レインメーカァァアアア!!」

「スタン・ボルト!」

「ぐおっ!?」



 巡察に出ていると、定期的に賊から襲われるようになった。


 しかしこれは別に俺が失策したとか、そういうわけではない。

 俺の評価が高い地域があれば、低いどころか恨みを買っている地域があったのだ。



「神敵を贄に捧げよ!」

「ウォルター大神官の仇だ!!」



 ウォルターが影響力を持っていた地域。

 特に旧男爵領の周辺では、狂信者のような輩がそれなりの数で襲撃してくる。


 笑顔で近寄ってきた女性が突然白目を向いてナイフを振り翳してきたり、よぼよぼの老人が突然カマを放り投げてきたり。

 まあ、かなり心臓に悪い襲撃を何度か食らうハメになっていた。


 グラスパー伯爵から付けられた護衛と、同行してきた伯爵本人。

 そしてクリスの方で全て対処してくれるのはいいのだが。



「スタン・ボルト!」

「お、おの、れ……! 殺す!!」

「まだ抵抗するなら、容赦はしない!」



 鬼の形相をしたクリスは、痺れてフラついた相手へ組みつくと。



「食らうがいい! アーゼルシュミット式――バックブリーカァァアアアッッ!!」

「ごはぁ!?」



 クリスは襲撃者の男を上方へ、仰向けに放り投げると。

 空中でボディスラムの態勢となるようにキャッチした。


 そして着地の瞬間――膝立ちの姿勢になった己の右足へ、男の背中を叩きつける。


 彼は能力向上系の装備でフル武装しているため、自分より体格がいい刺客を軽々とぶん投げていた。

 今回のも、背骨が砕けるんじゃないかと思うほど綺麗に入ってフィニッシュ。



「片付きました、アラン様」

「え……おう、お疲れ」



 ああ、護衛としての実力はメキメキ伸ばしている。

 しかしもちろん、問題はそこじゃない。



「あのさ。ちょっと前から気になっていたんだが、いつの間に身体を鍛えたんだ?」

「こんなこともあろうかと、リーゼロッテ様へ弟子入りをしておりました」

「だから、いつだよ!?」



 商会の新商品を開発しつつ、商品を量産しつつ。

 魔術の研究をしつつ、後輩の指導をしつつ。

 たまに俺やエミリーからの無茶なお願いが降ってくる環境だったのだ。


 ついでに言うと研究所の所長だけあって、マネジメントの仕事も入っているはずなのだが――どこに、格闘家へ弟子入りする時間があったというのか。


 しかも俺が把握しているリーゼロッテの予定に、クリスへの格闘教練などという時間はもちろん無い。

 各所にツッコミどころが満載なのだが――クリスは何故か誇らしげにしている。



「僭越ながら天才魔術師と呼ばれておりますので、この程度は朝飯前です」

「天才って言葉は、│魔術師・・・の部分にしかかからないと思うんだけどな……」



 朝飯前だ。

 なんてセリフが出てくる辺り、知力が下がっていそうな気もする。

 ハルとサージェスに続き、クリスまでもが脳筋の里に足を踏み入れたようだ。


 リーゼロッテとラルフは元々そちら側なので、俺と親交のある人物でまともな感性をしているのはもう、パトリックくらいだろうか。


 パトリックはパトリックで病んでいるし、クリスとサージェスは当然ヤンデレだ。

 皆の属性が凄いことになっている。


 だがもう原作の期間は終わっているのだし。

 今さらキャラ付けのことがどうなどと野暮を言うこともない。というか。



「同志レインメーカーを襲うとはいい度胸だ! 八つ裂きにしてくれようかッ!!」

「ぐわぁぁあああ!?」

「あぎゃあ!!」

「まだまだッ! 狼藉者どもめらが――滅せよ!!」



 少し前方で戦っているグラスパー伯爵は。

 自分の護衛も護衛対象の俺も置き去りにして、地形を変えるレベルの攻撃を繰り広げていた。


 高速移動しながら地面に剣を突き刺し、引き抜きながら引き裂けば、隆起した土の槍が前方広範囲を薙ぎ払うという大技を気軽に連発している。


 原作的に言えばモブキャラのはずの伯爵が、あそこまで大暴れしているのだ。

 もう、多少クリスが脳筋になったくらいなんだというのか。


 ああ、何も問題はない。

 と、俺は無理矢理にでも己を納得させていた。



「にしても、ここが一番被害の深刻だった地域だってのに……このザマだもんな」

「まったくですね。……しかし残党も、そう多くはおりますまい。伯爵の軍も見回りをしておりますし」

「そうなるといいがな」



 邪教の徒が跋扈ばっこしている地で、真っ先に狙われるのが俺だ。


 というか狂信者たちも、俺以外の人間には友好的に接しているようだった。

 俺を前にすると豹変するタイプの信者が多いように見える。



「これ、俺はもう帰っていいんじゃねぇかな」

「そうですね……治安の安定も、飢饉の解消への目途も経ちました。一度エミリー様へお伺いを立ててみましょうか」

「お伺いを立てる相手はハルだっつーの」



 グラスパー伯爵が味方になることはエミリーも予想していなかったらしく、伯爵の治める地域は被害が大きかった。


 しかし伯爵は内政能力の高さを見せつけて、寄子の領地まで含めて復興してきたし。レインメーカー伝説を利用した地域では被害が抑制できていた。


 改革に滞りを見せたのは、ウォルターの勢力圏内くらいだ。

 全体で見れば、危険な状態は既に脱している。



「まあいい。あとは現地の人間に任せておけばいいだろ。農作物の育成指導員代わりに、商会の研究者を置いていけばミッションコンプリートだ」

「御身の身の安全が第一です。すぐに手配を」



 北部に来てから三か月ほど。

 来たのは春の終わりだったが、もうじき秋だ。

 収穫を見届けるまでもなく、ソバ以外の作物も栽培には成功している。


 パトリックを始めとした本部の研究員たちを遠隔地からこき使っていたので、帰るのが少し怖い気もするが――まあ、もう戻ってもいい頃だろう。



「帰られるのか? 最後までこのような無様を晒し、申し訳も立たない」

「え、あ。いやぁ。いいんですよ伯爵。伯爵のツテが無ければ来年までかかりそうでしたし」

「そう言ってもらえると助かるが……」



 ようやく帰還できるかと安堵する俺に向けて、グラスパー伯爵は残念そうな顔をしていた。

 弟分であるハルのことを大事に思うという気持ちは、忠誠心とは少し違うと思うのだが。


 このカイゼル髭――グラスパー伯爵は、俺のことを同志と見ているらしい。


 なんか、もう。盟友扱いだ。

 クリスに付き合わされるパトリックがこんな気持ちを味わっているのだとすれば、彼のことをもう少し労うべきなのかもしれない。



「まあ、成果の報告は必要ですしね。収穫が終わり次第、中央に戻りますよ」

「そうだな。……王太子殿下にも、よろしく伝えておいてくれ。くれぐれも」

「……承知しました」



 無茶振りから始まった救済事業だったが、無事に成功した。

 今では俺も世紀末救世主の名を欲しいままにしているくらいに、劇的に生活は改善されたのだ。

 道を行けば領民たちからの声援が更に大きくなり、馬車の前で跪く者もいた。



「……新興宗教を開いたら、信者がたくさんできそうだな」



 というどうでもいい感想を胸に、俺たちは視察を終えていった。









 そして一か月後。

 王都に戻った俺を待っていたのは――



「た、大変よアラン! このままじゃ世界が滅びるわ!!」



 ――という、過去最大級の。


 最大規模、世界級ワールドクラスな核爆弾だった。




― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 アーゼルシュミット式バックブリーカーは、シュミット式バックブリーカーをよりダイナミックにした技です。


 ……イメージしにくい方は、シュミット式バックブリーカーで検索!

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