世紀末救世主の伝説



「あら、それではアラン様が北部に?」

「ああ。成り行き上仕方がないから、ちょっと行ってくる」



 出立準備を整えつつ、俺は昨年結婚したエミリーに別れの挨拶をしていた。

 まだ屋敷は建築中なので、俺は公爵家の使用人寮に住んでいるし。エミリーは実家のワイズマン侯爵家へ住んでいる。


 一応籍だけは入れたが、結婚式はまだ先だし。

 エミリーが伯爵令嬢から侯爵令嬢へランクアップした以外は、以前と何も変わっていないところではあった。



「グラスパー伯爵領に行くのであれば、この街と、この街と……それから、この地域をお通りください」

「分かった。御者にはそう伝えておく」



 詳細を話してもいないのに、最適な移動ルートを指示してくれる賢妻ではあるのだが。流石に付き合って数年経てば、彼女が裏で色々やっているのも察しがついた。


 しかしまあ伯爵令嬢。もとい、侯爵令嬢なら普通のことだとも思うので、俺は存分に楽をさせてもらっている。

 彼女も今やワイズマン侯爵令嬢となったのだ。身分的な釣り合いが取れなくなった分も、今回の仕事で結果を出さなければいけない理由の一つにはなる。



「しかし、なんだ。一直線には行けないものなんだな」

「情勢が不安定なところが多いですし……。アラン様に対して友好的な地域を選んでいくと、どうしてもこういうルートになりますね」

「俺に友好的?」



 何度も確認した通り、俺は北に対して特に繋がりは無いのだが。

 しかしエミリーは、微笑むばかりで何も言ってくれない。



「まあいいか。何か気を付けることは?」

「特には。……ああ、クリスさんは連れて行った方がいいと思います」

「……分かった」



 エミリーがクリスに色々と命じているのも何となく知っている。

 というか、パトリックが秘密裏に連絡してくるので、事情は察しているのだが。



「あー、またパトリックが荒れそうだな」

「大丈夫ですよ。マリアンネさんがいますし」

「……そっちに借りを作り過ぎるのも怖いんだよ」



 この後はマリアンネのところにも寄る予定だが。彼女とはまだ結婚までは至っていない。

 元々が伯爵だったエミリーと、子爵相当位を持つ俺の結婚はすんなりいったが。

 流石に名門侯爵家のお嬢様との結婚には、少しばかり障害があったようで。



『私の方で処理をします。来年には結婚しましょう』



 と、暗い笑顔を浮かべるマリアンネから。


 何もせずに仕事を片付けていろ。


 という指令を受け取った俺は。

 執事の仕事と並行して、商会の仕事を少し増やしていた。

 そこに来てのこの騒ぎなので、不在中に何があるか分かったものではない。



「今、パトリックへの備えまで頼むのは、タイミングがなぁ」

「でしたら私の方からお話をしておきますよ?」

「…………頼める?」

「はい。大事な義妹のことですから」



 俺を通して義理の家族になるとして、どう頑張っても義妹というポジションにはならないはずなのだが。

 細かいことを気にしても仕方がないだろう。



「まあ、いいか。じゃあ頼むわ」

「はい、お任せください」



 かくして俺は、クリスを伴って北部へ行くことになった。


 そして――



「文句を言わずに黙って研究しているから、エミリー義姉さんをけしかけるのは止めてほしい」



 という手紙が早馬で届いたのは、出発してからわずか一日後のことだった。











 北部に入ってしばらくした頃。急に領民の態度が変わった。

 と言っても襲い掛かってきそうだとか。気に入らない奴だ、という視線ではない。


 俺が乗っている馬車は幌が外されて、パレードで乗る箱馬車のようになっているのだが。

 俺の姿を見かけた住民たちがどういう反応をしたかと言えば。



「レインメーカー様! バンザイ!」

「おお、あれが救世主様か!」

「なんと神々しい……!」



 と、国王陛下の凱旋式でも見るような雰囲気で集まってきたのだ。


 ……まあ、不穏な気配と言えば不穏な気配だ。


 来たこともない街の住民が、こぞって集まり俺を崇め。

 感謝の言葉を投げかけているのだから意味が分からない。


 クリスの一歩手前のような状態の民衆に馬車を取り囲まれて、俺は困惑していた。



「……なんだこりゃ」

「アラン様。エミリー様より、笑顔で手を振り返すだけで良いとのご指示が」

「考えるだけ無駄か。よし、言われた通りにしよう」



 先回りして何か手を打っていたのだろうが、理由の分からない好意は結構怖いものがある。

 俺は笑顔を維持したまま、こっそりとクリスに尋ねた。



「なあ、どうしてこんなに俺の好感度が高いか、知ってるか?」

「何を仰いますかアラン様。干ばつで苦しむ者たちを救ったのですから、救われた民がアラン様を崇めるのも当然のことです」

「…………あ、そう?」



 苦しむ者を救った?

 そんなことを命じた覚えはもちろんない。


 それとなく聞いてみたところ、彼から聞き出せた情報は以下の通り。


 アラン様が北部の日照りを予想して、自動補給型ウォーターサーバー五百台の製作を命じた。

 これは周囲の空気から魔力を吸い取り、水魔法を発動する仕組みらしいのだが。


 それを無償で各地域に配った。

 農作物に回す分はおろか飲み水すら枯れ果てる中で、無限に湧き出てくる水が多くの命を救った。らしい。



「人死にするほど水が足りなくなるなら、中央にも影響がありそうなもんだが」

「ウォルター男爵が綿花の栽培を広げていたことで、水不足が深刻だったのです」

「あの野郎、まだ祟ってくる気か……」



 綿花を育てると、地下水まで残らず汲み上げて土地が渇くと聞いたことがある。


 水利権を盾に綿花を育てさせて、それで水不足を起こし。

 それでまたウォルターの水利権に依存を強いられるとは、酷いマッチポンプだ。



「しかも本人が暴れるだけ暴れて死んだせいで、後には水不足だけが残りました、か」

「迷惑な話ですね」



 そんな話を挟みつつ、クリスの状況説明は続く。


 最近の北部では飲み水や食料の不足で、奪い合いが起きている地域が多く。世紀末のような状況が生まれていたそうなのだが。

 俺が・・魔道具を配ったお陰で、紛争の数は随分減っていたらしい。


 結果としては俺の評判が爆発的に上がり。



「そして、レインメーカー伝説の再来だと言われるようになったのです」

「……そういうことか」



 御先祖様は水魔法で雨を降らせて、日照りに苦しむ民衆を救った。

 その功で貴族になったとは聞いていた。


 しかし俺の実家が元々王国貴族ではなく、北部貴族の一員だったなんてことはつい最近知ったし。それを利用しようなどと言う発想は欠片も無かった。


 しかも魔道具が配られた地域を選ぶ際に、初代レインメーカーが救った地域と同じ場所を狙い撃ちしていたと聞いて、俺は頭を抱える。



「これは……帰ったらエミリーともお話が必要だな」



 確かに、アイゼンクラッド王国が北方の小国を飲み込み、それが元で恨みを買っている現状。好感度が高いのは嬉しい誤算だ。


 だが、知らない間に伝説の再来だとか、救世主だとか呼ばれる有様を見て。

 俺の頬は引き攣っている。

 いきなりこんなプレッシャーを与えられるとは、夢にも思わなかった。


 せめて、せめて事前に一言あってもよかったはずだ。



「商会を通して様々な支援を行う手筈も、既に整っております。そう、全てはアラン様のご指示の通りに!」



 この分では、俺が知らない事実などまだまだあるだろう。


 俺は一切ノータッチなんだよな、などと思いながら。

 クリスから情報収集をしつつ、俺たちは一路、北を目指した。




― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 王国北部にて、世紀末救世主伝説~領地再建死あたぁ~ が始まります。

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