俺の手札がこれしかない
で、研究すること一週間。
雑味の少ないソバの実と、麺つゆは無事に完成した。
薬味については代用品が見つかったので、これにてミッションコンプリートだ。
こんなに早く仕上がるとは思わなかったが、やはり元攻略対象は有能だった。
パトリックは魔法による急速成長で一日に数十回の世代交代をさせたらしく、品質については折り紙付きだ。
効率的に魔法を発動させる触媒が必要とかで結構な費用がかかったが、逆に言えば資金力によるゴリ押しで何とかなった。
公爵家お抱えの業者を総動員して、リーゼロッテがイメージする通りの食器もできた。この上に蕎麦を置けば、誰がどう見てもざるそばだ。
パトリックの方が順調だったのを見て、超特急料金を上乗せして作らせたのだが。うん、こちらもやはり、金の力で何とかなった。
そして俺たちは再び蕎麦作りに挑んだ――のだが、現在俺たちは王宮にいる。
正確に言えば王宮の厨房に。
「よーし、やるわよ!」
「料理か……野外訓練以外で作るのは初めてかもしれない」
王太子様を巻き込んで、城の一角を占領してのクッキングだ。
占領という言葉に間違いは無く。近衛騎士十名と侍従が五名、お付きの方々も十名がスタンバイする中でのお料理教室である。
刃物を扱うこともあり、近衛騎士たちの目線が怖い。
怪しい動きをすれば背後から剣を突き立てられること請け合いで、気が散るというレベルじゃない中での作業となった。
「なるほど、
「懐かしいわね。調理実習でやったわコレ」
非番であるはずのラルフが何故かエプロンを付けて参戦しており、これまた何故かメリルも蕎麦作りに参加している。
リーゼロッテ曰く、「故郷の味を分かち合う」とのことだ。
決闘の後、なんやかんやあったものの、関係は修復されたようで何よりだ。
「魔法が使える人間がこんなにいるんだし、どこかで魔法を一つまみ……」
「変なアレンジをするな。それは失敗の素だ」
「分かったわよもう。今度こそ美味しいはずだから、そんな目をしないの」
ということで、一部の騎士も料理に参加しつつ、なんとかかんとか蕎麦らしきものを作ることに成功した。
ワイワイガヤガヤと蕎麦を食べた感想を交換しているのだが、概ね好評のようだ。
「十割そばよりも、
「そうだな……。個人的には十割でもいいが、そちらの方が万人受けしそうだ」
研究者組は持ってきた品種を食べ比べして、ついでに蕎麦の作り方についても真面目な研究がされている。
クリスとパトリックは王宮の料理長らと共に、更なる改良を加えるべく議論を重ねていた。
「リーゼがソバを食べると聞いた時は驚いたけれど、夏には良さそうだね」
「でしょ? でも冬には温かいお蕎麦もいいわよ」
「あー、年越しそばなんて、もう五年くらい食べてないわねぇ」
思い思いの感想を抱きながら飯を食っていれば――北東の方角から殺気を感じた。
素人の俺が気づくくらいだから、近衛騎士たちも一瞬にして厳戒態勢に入ろうとしたのだが。
「……随分と、楽しそうなことをしているな」
「なんだ、サージェスかよ」
ハブられて悔しそうな顔をしている第二王子。もとい、レオリア公爵であった。
一応誘ったのだが、仕事があると断られていた。
断った手前、そんな恨みがましい顔をされても、とは思うのだが。
「仕事中じゃないのか?」
「……昼食の時間だからな」
「じゃあ参加してくれよ。どれが一番美味いか投票するから」
「……フンっ。くだらんな」
とか何とか言いながらテーブルに着いたあたり、素直じゃないところは健在のようだ。
調味料はアレをよこせコレを寄越せと細かく注文を付けて、お供たちではなく何故か俺をコキ使う様を見て。
「やっぱりサー×アラ? でも、主導権はアランにあるっぽいし、誘い受け……」
と、メリルがブツブツ言っているのを聞かなかったことにしながら、俺は黙って働いた。
「これなら十分食べられるし、救荒作物にはいいかもね」
「そうね、寒いところでよく育つらしいし、冷害対策にはいいんじゃないかしら?」
「うん。北部は荒地も多いし、国策として検討しようか」
と、単なる試作会から国の農業政策の話に飛ぶ辺り、ハルとリーゼロッテも大人になってきたということだろう。
それは喜ばしいのだが。これがまた厄介な事件に繋がるとは、まだ俺には予測できていなかった。
「え? 栽培計画?」
「そうよ。あの後ハルと話したんだけどね、生産量を少し上げようって」
「引き続きアランに任せようと思うんだ」
後日のこと。王宮で働くハルとリーゼロッテから呼び出しを受けた俺には、人間が食べる用に改良したソバの実を普及させていくという任務が追加された。
パトリックに対するゴリ押しのカードはもう使ってしまったので――今度はマリアンネの方にお願いをしにいくハメになったのだが。
「おかしいな。関係各所にどんどん借りが増えていく……」
周りにいる有能な人間は、誰も彼もお金に困っていないどころか金銭欲そのものが薄い。だから働いてもらうかわりに、報酬以外の形で何らかの要求が返ってくることが多いのだ。
借りが積み重なり、俺はじわじわとマズいことになっていく予感を味わっていた。
「そろそろ俺も、お金だけで動く部下を増やすべきなのかもしれない」
と、痛切に悩むことになった。
スラムのチンピラたちは金で動くが、頭脳労働や内政のお手伝いなどできるはずがなく。
差し当たり、望まれているのは北部の食料事情改善なので――金に困っている貴族に狙いを定めて、札束でぶん殴れば言うことを聞いてくれそうな人物のリストアップを始めることにした。
「まあ、結局金か……」
最低なことを言っている自覚はあるが、俺の手札がそれしかないのだから仕方ない。
――本当に今さらなことを思うが。
こんな男がメインヒロインとどうこうなる可能性もあったのだから、本当にこの世界はどうかしていると思った。
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