カイゼル髭のおっさんと
「くそっ、もうパトリックをコキ使う手は使えないか!」
王国北部地域でのソバの実栽培計画を持ち込んだところ、パトリックが本気でキレそうになっていた。
『おーいパトリックー! 今度は栽培の方を』
『は? キレそう』
と、言いながらマジ切れしていたのだから、もう撤退するしかなかった。
彼がやってくれたのは品種改良までであり。その後育てる場所をどうするかなどは北部にツテの無い俺が、一人で進めることになってしまったのだ。
普及させるにしても、協力者が要る。
公爵家は娘の入学式参列を邪魔された恨みなどをまだ引きずっているので、どこか別な家に紹介してもらおうとしたのだが。
「どうにも上手くいかねぇな……」
俺に友好的な貴族はほぼ、元々第一王子派閥に所属していた人間だ。
中央に近い人間は北の人間と全力で敵対しているので、橋渡しなど望めない。
もう、立っている者は親でも使えの精神で。宰相辺りなら誰かいい人知らないかなと、俺は王宮を訪れていたのだが。
「陛下も王太子殿下も、かなり先まで予定が埋まっていますねぇ」
「何とかならないのか! こちらの事情は話したはずだ!」
「そうは言われましても、ねぇ?」
「ええ、順番待ちは規則ですし」
王宮内にある宰相の執務室を訪れようとしたところ。謁見を管理している役人と思しき男たちが、いやらしい笑顔でニタニタと笑いながら、一人の男を門前払いしようとしていた。
「ああいうのは、見ていて気分がいいもんじゃねぇが……今は俺も手一杯だしな」
下級貴族の陳情がクソ役人に握りつぶされることなど珍しくも無い。
大っぴらにやれば問題になるのだろうが。陛下も大雑把というか、内政よりも戦争が好きというか。大問題が起きない限りは習慣にうるさく言わない。
多少汚い習慣として、役人に
「だから、それを何とかする方法を尋ねているのだ!」
「貴方も大人なら……分かるでしょう?」
「ぐっ……! 確かに我々は中央の方針に反発することが多かったが、王国貴族の一員なのだぞ!」
大人の事情、という言葉をどういう風に取ったのか。
男は怒りと悲しみが半々くらいの表情で歯ぎしりをしていた。
まあ、大っぴらに「ワイロを渡せ」とは言えないだろう。
役人の意図を察せないカイゼル髭のおっさんサイドにも、読解力の問題はあると思う。
しかし俺は、一つ疑問を抱いた。
「ハルが王太子になってからは、一枚岩だと思っていたんだが」
サージェスを推す勢力が元気だった頃は、派閥争いが激しかった。
第二王子派の息がかかった下級貴族は、地方から嫌がらせのような陳情を送ったりしていたこともあるそうだが。
まだそのことを引きずっているのか? と、俺が首を傾げていれば。
「グラスパー伯爵。別に我々も、北部貴族を冷遇しようなどとは考えていませんよ」
「左様左様。ただ、大人の事情がね……分かるでしょう?」
「ぐぬぬぬ……! こ、この、腐れ役人どもめらが!」
腐れ役人どもめら、などという罵倒を正面切って言える胆力は見事だが。
カイゼル髭の男は全身を震わせながら、血が出るほど強く拳を握りしめて、殴りかからないように耐えていた。
「……ほぉーう」
野次馬根性丸出しで足を止めていたが。
どうやら彼は北部貴族の、しかも伯爵のようで。
陳情に来ているということは何か困っているのだろう。
ならばこれは好機だ。
「やあ、何かお困りですか?」
「レ、レインメーカー子爵!?」
「……む、貴方は?」
元攻略対象の圧倒的な見た目を活かし。
にこやかに笑いながら、俺は揉めている三人の間へ割って入った。
役人の方は俺を知っていたようなので、伯爵に自己紹介をしつつ。
「私はレインメーカーと申します。グラスパー伯爵へお目にかかるのは初めてですね」
「あ、ああ。それで、何か?」
「いえ、私はこのあと王太子殿下と一緒に昼食を取る予定でしたので。内容次第では直接――」
「是非、頼む!!」
俺が最後まで言い切る前に、グラスパー伯爵はガッシリと俺の手を掴んだ。
が、握力が強い。
しかも血がしたたっている。
視野が狭いのか、色々と大問題な握手となっているのだが。
万力のようにギリギリと音を立てて締め付けた結果、俺の指が悲鳴を上げていた。
「あ、いだだだだだ!?」
「これは失礼した。……申し訳ない、少し焦っていたようだ」
「あはは……お、お気になさらず。私に解決できそうならご協力致しますが、本日の御用件は?」
このガッツキ具合を見る限り、相当焦っているのだろう。
そして、困りごとの九割は財力で解決できる。
さあ、恩を売って北部へのツテを作ってやろう。
と、意気込んだ俺に対し、咳払いをしてから伯爵は言う。
「その、言いにくいのだが。北部への税を減らしてほしいのだ」
「ほぉぉおう。それはまた、どういったご事情で?」
にやけた顔を見せれば役人たちと同列に見られてしまうだろう。
なるべくポーカーフェイスを維持しながら、俺は聞き返す。
「ご存じだろうが、今年も不作でな。例年通りに税を納めれば民が飢えてしまう」
「ふむ、食糧難」
「私が面倒を見ている寄子たちが、どこも窮状を訴えてきているのだ。家財を売り払い援助はしたが、もう限界に来ている!」
ここまで話を聞いた俺は――もうニコニコだ。
北部へのツテが見つからずに数日悩んだが、俺の悩みを根こそぎ解決してくれそうな人が目の前に居る。
彼は本気で困っているようだ。
しかし厳つい面をしているカイゼル髭のおっさんですら、今の俺には天使に見えるくらいに有難い。
「では、ご紹介できそうですね」
「え? ほ、本当にか!? 己でも、無茶な頼みだとは思っているのだが」
「ちょうど新しい救荒作物を研究中でして。……もしも減税が通らなかった場合は、私の方から個人的に支援させていただきます」
内政面での実権はハルとリーゼロッテに移りつつあるので、あの二人ならあっさりと減税を約束しそうな気もするが。まあ、どう転んでも恩は売れる。
「家畜のエサを人間が食えるように広めろ」という難題を達成するためには、伯爵のコネクションをフル活用してもらう必要もあるだろう。
「おお……おお! 何卒、よろしくお願い致す!」
カイゼル髭の男――グラスパー伯爵は希望の光が差したような顔をしているが、俺にとっても同じことなのだ。
おっさんと再び握手を交わしてから、俺は茫然とする役人を尻目にハルの元へ向かう。
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