最高の素材を求めて



 俺がリーゼロッテから、マズい食材を使って美味いものを作れという、頓智とんちのような命令を受けた翌日のこと。

 何故かアルバート様とキャロライン様からも連名で、食材の調達には全力を尽くすようにと命じられた。

 モチベーションの低い俺を動かすため、お嬢様がご両親におねだりをしたらしい。



「パパとママに手料理を作ってあげたいの。材料の調達が難しいんだけど、アランに頼んでもらえない?」



 などと言われた娘溺愛夫婦が拒否するはずもなく、俺の仕事がまた増えた。どうやら最高の素材を手に入れなければいけないらしい。

 農家や問屋から変人扱いを受けそうな気もするし、難易度も高そうなのだが。


 まあいつも通りだ。仕事な以上、やるしかないことなのだ、これは。


 やると決めたからには、この公爵夫妻からの命令書も存分に使わせてもらう。

 許可を取った日から二日間を下準備に宛てて、万全の態勢で俺は動き出した。



「つーことで、品種改良を行う」

「いや、あの、義兄さん? それでどうして僕らのところに来るのさ」

「愚問だぞパトリック。アラン様がいらしたということは、我々の力が必要とされているということだ」



 俺がやって来たのはレインメーカー商会の魔道具・・・製造部門だ。

 場所は王都の二等地で、危ない実験をしても周囲に被害が無い広めの敷地であり。元々はどこかの貴族が持っていた屋敷を改装して使っている。


 クリスが研究の拠点をここに定めてからというもの、在学中のパトリックも放課後はここに来ている。

 分かり切ったことを言うクリスだが、俺が捕まえたかったのはパトリックだけだ。



「パトリック。お前、樹木の魔法が得意だよな?」

「うん、まあ。それが一番得意かな」



 この世界が創世される際にベースとされた乙女ゲームでは、彼の得意な魔法は樹木系であり。各種のバフとデバフを自在に操る人間だったのだ。


 それで数十の魔物を薙ぎ払う描写などもあったので、一般人と比べれば異次元チート級の力量があることだろう。

 そんな彼に何をしてもらいたいのか、そんなことは決まっている。



「……ソバの品種改良、手伝ってくれ」

「えっと、義兄さん? ボク、新型魔道具の開発中なんだけど」

「ではアラン様。僭越ながら私が」

「クリスは樹木魔法なんて使えないだろ。……そうだな、別なことを頼もうか」



 本当はクリスに用事など無いのだが。不要な存在、役立たずのレッテルを貼られたと言わんばかりの顔で。

 ヤンデレ風味の混じった絶望の表情を浮かべられたら、頼らざるを得ない。


 これ、逆に俺が脅されてるんじゃないか。

 と、錯覚したものの、まずはパトリックだ。



「ウィンチェスター侯爵から、こっちを優先で手伝えって手紙を預かってきたぞ」

「……根回し済みかぁ」

「そりゃあな。お前のスケジュールがキツいことなんて知ってるし」



 公爵夫妻からの要望で、お宅の息子さんの協力が必要なんですよ。

 ご機嫌取りのためにも、ちょっと口添えいただけませんかねぇお義父さん。


 という連絡を入れたところ、ウィンチェスター侯爵からは二つ返事で了承が返ってきた。


 この作業が終わるまで他の作業が止まるのだ。

 さっさと片付けるために、パトリックは全力を尽くしてくれることだろう。



「アラン様。私の仕事ですが」

「えーっと…………クリス。お前がこの計画の責任者だ。お前に任せる。お前が責任を持って成功に導け」

「この身命に代えましても、必ずや最上のソバの実を作り上げて見せますッ!」

「……頑張ってくれ」



 現状では家畜のエサでしかない作物の改良に、命まで懸けられると引くのだが。

 パトリックはぐいと肩を引っ張って、俺の耳元で囁いた。



「最近義兄さんに会えないからって、また暴走気味なんだけど」

「……お、おう」

「仕事は分かったけどさ、これ以上うちの上司を制御不能にしないでよ。こうなったらポンコツ化するんだから」

「今のは仕方ないだろ、流れ的に」



 癒し系子犬キャラから、厄介な上司を抱えた社畜系毒舌研究者にジョブチェンジしたパトリックは、少し疲れた様子だった。


 むしろ彼に癒しが必要なレベルだが、高い給料を貰いながら自由に研究はできているのだし。最近ではたっぷりと休暇も与えたはずだ。



「まあ細かい面倒事はクリスに任せて、とにかく味のいいソバを作ってくれ。頼む」

「はぁ……分かったよ、もう」

「ボヤボヤするなパトリック! 第三試験場を更地にして、実験農場を作るのだ!」



 やる気全開のクリスとモチベーションがゼロのパトリック。非常に対照的な二人は動き出した。

 二人とも有能なので、品種改良は任せておけば大丈夫だろう。


 ……こっそりと醤油をベースにした麺つゆの作成もリストに入れたのだが、そこはバレなかったようだ。


 こちらも大豆の品種改良から始まり、完成した麺つゆの味の調整まで全てを丸投げしているのだが。

 どうやらパトリックの頭は目の前にあるソバの実にしか意識が行っていない。



「よし、それじゃあ頼んだぜ!」



 ボロが出る前にさっさと退散した俺は、二人からの研究報告を待つことにした。


 ……部屋を出る直前に、パトリックが「あっ!」と何かに気づいたような声を上げた気がしたので、この撤退判断はベストだったのだろうと思う。


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