第百三十四話 やっちまえ! お嬢様!!



 令嬢二人の殴り合いは続き、体力的にはそろそろ終盤に差し掛かって来た頃。

 両者の戦い方がハッキリと別れてきた。


 まずリーゼロッテは投げ技と打撃。とにかくダメージを与える方向で進めている。

 完全にノックアウト狙いで、中盤を過ぎても大技を連発だ。


 対してメリルは関節技が増えた。

 防御と回避を封じてからの一撃必殺を狙っているようで、今は足を重点的に攻めていた。



「ほら、ぶっ潰してあげるわ!」

「あらっ、しまっ――」

「どりゃああ!!」



 が、ここで不意打ちとばかりにメリルがリーゼロッテの頭を鷲掴みにして。

 そのまま勢いをつけて、マットの上に顔面を叩きつけた。



「フェイスクラッシャー! リングの外では不敬罪必至の、強烈な一撃だぁー!」

「迷いの無い、いい攻撃だな」



 実況のラルフは興奮して、解説の陛下は頷いているが。

 公爵夫妻が座っている辺りからまたドサリと、誰かが倒れるような音がしたし。

 この技には流石に、一部の冷静な観客も引いている。


 公爵家令嬢の顔面をマットに叩きつけるなど、後先を考えれば絶対にできない芸当だ。



「リングの外なら不敬罪よりも、傷害とか殺人未遂が先じゃないかな?」

「地面がマットじゃなければそうだろうよ」



 パトリックが冷静に言うが、そんなことはどうでもいい。今は非常時だ。



「メリル、関節技で執拗に攻める! アキレス腱固め!」



 さて、スタンというか何というか。

 メリルはふらついたリーゼロッテに追撃をかけていったのだが、体力バカのお嬢様はすぐに立ち直って反撃した。

 流石にもうそろそろノックアウトだと思い油断していたのだろう。リーゼロッテの動きに、全く反応できていなかった。



「え、ちょ、どこに……え? 背中?」

「大技いくわよ! さあ、く、た、ば、れぇぇええええええ!!」

「う、うわぁあああ!? ふぎゅっ!?」



 リーゼロッテが気合を込めた直後。

 ズガン! という、人がマットと衝突したとは思えない擬音が響く。

 繰り出したのは最高レベルの大技だ。



「流石リーゼロッテ! 一瞬の隙を突いてカナディアン・デストロイヤーだーッ!」



 メリルを飛び越えて、背後から両脇の下に足を突っ込み。

 逆さまに張り付いた体勢から勢いをつけて前転・・して、メリルの頭部をマットへ全力で叩きつける。


 別名360°パイルドライバーとも呼ばれる技だ。

 両腕が使えず受身が全く取れないため、メリルの頭と地面がモロに激突した。



「あれは効きそうですね、アラン様」

「……メリルさん、生きてるのかな?」

「レフェリーが止めないんだから、まだ息はあるんだろうよ」



 これはガード不能技であり、これ一発でノックアウトになるケースもあるらしい。

 というよりも。もし着弾地点がただの地面なら、下手をすると死人が出ただろう。


 誘拐犯にこの技を仕掛けた娘の将来を心配して、公爵夫妻が無理矢理にでも教育係を育成しようとしたからこそ、俺が公爵邸へ来た。

 ある意味あれは、俺にとって因縁の技である。



「はぁ……はぁ……これで終わらせるわ!」



 さて、それは置いておき。

 メリルの体力はまだ尽きていないようだが、ほぼ白目を剥いている。

 言うまでもなく連続攻撃のチャンスどころか、トドメを刺す好機だ。



「さあ、リーゼロッテがコーナーポストへ登る! 足元がふらついているが、果たしてフィニッシュホールドは出せるのか!?」



 執拗に膝の関節技を極められた後、足を使った大技を繰り出したせいだろうか。

 リーゼロッテは足元がふらついている。

 今までの戦闘を考えれば、立っているのもやっとの状態だろう。



「うっ……痛たた……」

「リーゼロッテがポストから動きませんね。どうも、左足を痛めているようです」

「トドメを刺すだけなら、寝ているメリルの脳天に蹴りでもくれてやればいいものをな」



 確かに、解説の陛下が言う通りだ。

 もうメリルは動けそうにないのだから地味な締め技でもいいし、適当に殴るだけでもレフリーが止めるだろう。

 ほぼほぼ勝ちは決まっているのだから、派手な見せ技など要らない。


 それに無理をすれば後遺症が出るかもしれないし、普通なら今すぐに止めて医者に見せるべきだ。



 だが。俺は知っている。

 あのお嬢様は、格闘技界のスターになりたいのだ。

 この大一番を、地味なフィニッシュで決めるなど納得しないだろう。


 そして、俺は知っている。

 あのお嬢様が、どれだけの鍛錬を積み重ねてきたのかを。


 七年間だ。

 あのお嬢様は一日もトレーニングを欠かすことなく、ひたすらに鍛え上げてきた。

 下半身の強化メニューなど、何千回、何万回繰り返したか分からない。


 貴族のご令嬢が、そんなに鍛えて何になる。

 そんなことを言われつつ、そんな視線を送られつつ、それでも鍛え続けたのだ。


 その日々が今、リーゼロッテを支えている。

 気合と根性でポストへは登り切った。後はもう跳ぶだけだ。



「行け」



 リーゼロッテは膝の痛みに顔をしかめているが。

 何をもたもたしているんだ。行けるだろう。と、俺はヤキモキしていた。


 公爵夫妻が気を揉んでも、エドワードさんが心労で倒れても、公爵家の使用人たちが何度静止しても、それでも鍛えることをやめなかったのだ。


 そこまで鍛えたのは何のためか。

 ――全ては今、この時のためだろう。



「行けよ!」



 やれよ。大舞台で派手に技を決めるのが、夢だったんだろうが。

 やれないわけがないだろう。その夢は今、叶うのだから。


 もどかしい気持ちがどんどん大きくなり。

 気づけば俺は、右手を振り上げて叫んでいた。



「やっちまえ! お嬢様!!」



 俺の目の前のコーナーに登ったリーゼロッテは、一瞬俺の方を向いて微笑んだかと思うと――トップロープを蹴り、宙を舞った。



「うぉぉおおおおっラァッ!!」

「ぐふぇ!?」



 これはムーンサルトプレスという技だったか。

 後方宙返りをする身体が弧を描き、足が三日月の軌跡をなぞっていく。


 そして、受け身のことなど一切考えないような速さで落下し。ボディプレスがメリルの腹部に激突した。



「リーゼロッテが、翔んだぁーッッ!!」

「見事! ようやった!」



 技が完璧に決まったことで、実況解説の二人どころか、観衆が大歓声を上げた。

 ここまで派手な技を見せたのだ。観客も立ち上がり、スタンディングオベーションをしている。

 リーゼロッテは間違い無く、今日のメインを飾ったと言っていいだろう。



「レフリーが確認に入りますが。……ああ、これは流石に戦闘不能のようですね」

「うむ、綺麗に入ったからな!」



 そもそも前段階で既に戦闘不能に近かったのだ。

 最後の一撃は、むしろオーバーキルだろう。

 俺がそんな感想を抱いたのと。レフリーがリーゼロッテの勝利を宣言したのは、ほぼ同時だった。



「メリル選手、戦闘不能!」

「決まりました! この果し合い、制したのはリーゼロッテです!」



 勝利をもぎ取ったリーゼロッテは、両手を高らかに掲げて声援を浴びている。

 勝ち名乗りを上げて、人生最高レベルで嬉しそうな顔をしている。



「試合前は、リーゼロッテの楽勝だろうという声が圧倒的だった中で。メリルも健闘したものだな」

「そうですね、陛下。惜しくも敗れましたが、その戦いぶりに大きな拍手が贈られています!」



 会場の様子を実況したラルフは、次いでVIP席の方を見て叫ぶ。



「観客席のクライン公爵家当主、アルバート様も感極まっているようです。最高の果し合いでした!!」



 実況と解説は大満足しており、騎士団員は皆興奮している。

 最後の大技で観客も沸いた。……興行としてはまあ、大成功なのだが。


 実況の視線の先を追うと。

 気絶して崩れ落ちた妻と執事長の横で、右手で目元を覆う旦那様の姿があった。

 何か呟いているのが気になったので、俺は公爵家使用人の奥義である読唇術を――



『強くなったね、リーゼ。でも、なぜだ。どうしてこう育った。どこで教育をまちがえ』

「ああ、うん」



 この先は見ることもないだろう。

 と、俺は目を逸らす。



「ま、まあ、結果として王妃の地位も確定したことだし。育成成功ですよ、旦那様。うん、きっとそう」



 そう言えば俺は、あのお嬢様がハチャメチャをやって、公爵家の評判を落とさないようにと雇われたのだった。

 請け負った仕事を完膚かんぷなきまでに完璧に失敗したのだが、それはどうしようか。

 今さら打ち首もないだろうが、公爵直々の依頼に失敗したのだ。ペナルティは恐ろしい。



「……まあいいや。陛下でも抱き込めばどうにかなる」



 決闘イベントで悪役令嬢が勝った場合、その後はあっさりとエンディングに直行するだけだ。まさか俺が打首獄門になることはないだろう。

 しかし。この後待ち構えているであろう色々な後始末を想像して、俺は溜息を吐いた。


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