第百三十五話 いつものこと



「まあリーゼロッテが勝ったのはめでたい……が。それはさておきお前ら、仕事だ」

「へい親分」

「……畏まりました、アラン様」



 周囲から歓声が飛ぶ中、当家のお嬢様は謎のチャンピオンベルトを受け取り、満面の笑みで試合後のマイクパフォーマンスをしようとしたのだが。

 流石にそれはダメだ。

 リーゼロッテは常日頃から迂闊な言動が多いというのに、興奮している今は特に、何を言い出すか分かったものではない。


 例えばまかり間違って、「リベンジマッチはいつでも受け付けるわ!」なんて言い出そうものなら、先の展開が総崩れである。

 そうなったら乙女ゲームの神が怒り出すかもしれない。


 何よりこれ以上波乱の展開が続けば、クライン公爵家の当主までショックで倒れるかもしれない。

 背後にはいくつもの爆弾が埋まっているのだから、この場は速やかに撤収するべきだろう。


 俺はマリアンネ率いる黒服たちを向かわせて、騎馬戦のような恰好でリーゼロッテを担ぎ上げさせ。強引に花道を引き返させた。

 まあ、本人が派手な退出に喜んでいるのだから、あちらはよしとして。


 これでメインヒロインが第一王子を落とす可能性は完全になくなった。

 全てに決着がついた……が、メリルの始末はどうしようかと悩む。



「このままだと平民落ちだけど、公爵夫妻が始末・・にかかる可能性もあるしな」



 いいだけ公爵家令嬢の顔面を狙った、メインヒロインさんをどうするか。

 俺の初期目標は悪役令嬢もメインヒロインも攻略対象たちもハッピーエンドを迎えることだ。

 周囲の人間が全員幸せになることを目標に掲げた以上、放り投げるだけでは後味が悪い。


 だから俺は善後策を考えてみたが、現実的にいい案が、ぱっと出てこなかった。

 試合内容が酷すぎたので、どう足掻いても彼女が生き残る未来が見えないのだ。


 目の前で愛娘をボコボコにされた夫妻が、黙って見ているとも思えない。

 しかし、新たな悩みのタネを抱えた俺が腕を組んで唸っている間にも、展開は先へ進もうとしている。



「え、うそ……なんで? ステータス、最大まで、上げたのに」



 意識を取り戻したメリルは、バッドendが確定したことに呆然としていた。

 そこへ何故か、実況席から降りたラルフがリングの上に登っていく。



「よう、お疲れ。立てるか?」



 貴族のご令嬢が本気で殴り合うという修羅場を終えた直後だというのに、普段と全く変わらない態度でリングに上がり、彼はメリルの前に立った。



「……何の用よ。笑いにきたの?」

「違う。誰がそんなことをするか」

「どうだか、略奪愛が失敗してざまぁ見ろとでも思ってるんでしょ」



 もうやけっぱちなメリルは、ラルフから目を逸らして悪態を吐いている。


 そして、どうでもいいことだが。レフリーをやっていた女性騎士が集音マイクを持っているため、二人の会話は会場中にダダ洩れだ。

 衆人環視の中で、ラルフが何を言うのかと思えば。



「まあ聞けって。……俺はつい先日まで、メリルのことを浅ましい奴だと思っていた。何の努力もせずにへらへら笑って、男を漁ることしか頭にない女だろうと」

「……喧嘩売りに来たなら買うわよ。今なら勝てそうだし」



 これだ。俺の周りには、デリカシー皆無な人間しかいない。


 そして確かに、メリルはもう原作終盤くらいの強さだと思う。

 二年目の半ば。まだ低レベルだろう今のラルフが相手なら、現実的にぶちのめせるのかなと思って見物を続ける。



「違うんだ。今は、誤解していたって思うんだよ。そりゃあ、第一王子への付きまといは許されないけど、見方を変えれば一途で一直線なだけだ」

「……で?」

「方法はどうであれ。全力を尽くしたお前を誰が笑うってんだ。笑う奴がいたら俺が許さねえ、相手が誰だろうとぶっ飛ばしてやる」



 どうやら今日のラルフは元祖アニキ系キャラの本領を発揮しているらしく、爽やかで力強い笑みを浮かべていた。

 かと思えば神妙な顔になり、そのまま深々と頭を下げた。



「……いつぞやは、手荒に扱って済まなかった。病室で謝ってくれた時に言えたらよかったんだけど。遅くなって済まない」



 ハルへ近づこうとするメリルに対して、初対面でジャーマンスープレックスを食らわせた件についてだろう。

 確かにやり過ぎだと思ったが、このタイミングで謝るとはどんな心境の変化だろうか?


 原作だとこの後、公爵家に喧嘩を売ったオネスティ子爵家は没落していくはずなのだ。平民として生きる、町娘エンディングが待っているだろう。


 もう終わりだと、失意のどん底にある中で。最後の最後に怨敵おんてきから謝罪されたメリルは、肩を震わせ始めた。



「どうして今、謝るのよぉ……。普段はあんな・・・だったくせに……」



 今までいいだけジャーマンスープレックスやら魔法攻撃やらを食らわせてきた宿敵が、いきなり優しくなったらいたたまれないだろう。

 いっそ口汚く罵ってもらえた方が、まだ楽だったのではないかと思う。



「ラルフさんにも考えはあるんだろうけど。いやぁ……流石に、謝るタイミングが、ねぇ?」

「止めますか? アラン様」

「この雰囲気で介入できるかよ。少し待て」



 観客はおろか、貴賓席の貴族たちや陛下まで興味深そうに見ているのだ。

 現状で打つ手はないのだから成り行きに任せてしまえ、と思い黙って見ていれば。

 とうとう涙目になったメリルの前に跪いて、ラルフは目線を合わせながら話す。



「逃げ隠れしないメリルのことは尊敬している。ええと、だから、俺も自分の気持ちと正直に向き合おうと思ったんだよ」

「……ぐすっ、何よ。これ以上何だってのよ……」



 ラルフはポリポリと、気恥ずかしそうに頬を掻いてから。

 咳払いをして、メリルに言う。



「出会いは良いものでは無かったけどさ、いつからかメリルのことが気になっていたんだ。良かったら俺と付き合ってくれないか」

「…………ん?」

「俺と付き合ってくれ!」

「え?」



 どうやらラルフは、いつの間にやらメリルに惚れていたらしい。

 失恋した直後の彼女を励ましに来たついでに、勢いのまま告白と洒落込んだようだ。



「ふーん、公開告白ってやつか」

「そうだね義兄さん。初めて見たよこんなの」

「ラルフも意外とやりますね」



 俺とパトリックは感心してしまい。ラルフと仲のいいクリスも、思い切りの良さに目を丸くしている。


 ――そして数秒経ってから、脳の理解が追いついた。


 決闘イベントがまだ終わってもいないのに。

 決闘と関係無い攻略対象から、メインヒロインへの告白イベントが起きている。



「……えぁ!?」



 突然の出来事に、俺たちだけでなく観客たちもざわめきだす。

 国王陛下など、ガタッ! という音が聞こえてきそうなくらいの勢いで立ち上がり、解説席を蹴飛ばして前傾姿勢だ。

 全力でこの状況を楽しもうとしている陛下はさておき、リング上ではメリルも絶賛混乱中だった。



「え!? ちょっ……え!?」

「返事は後でもいい。急がないし、断ってもらっても構わない。嫌われているというのなら、これから好いてもらえるように努力するだけだ」



 テンションが振り切って告白まで突っ切ったラルフは、急に冷静になっていた。

 一方のメリルは予想外の展開にポカンとした顔を晒している。



「あ、あの、そんな急に……こ、心の準備が……!」

「今度ゆっくり話でもしよう。で、返事はその時に聞かせてくれ。まずは医務室に行かないとな」

「ちょっと……!?」



 告白が終了した後、返事も聞かずにメリルを抱き抱えて。ラルフはすたすたとその場を後にしていく。


 これは一体何のイレギュラーだと戦慄せんりつして、背筋に悪寒が走ったが。数秒して腑に落ちる。


 イベントスチルが出るようなイベントはこなしていないものの。初代王の遺産事件の時に、ラルフは騎士の誓いを捧げていた。

 これは「お前のことを一生守ってやるよ!」的な宣言である。


 冷静に考えれば、あの時点で告白は完了している。

 経緯はどうあれ、【ラルフ】ルートのクリア条件は満たしていたことになるだろう。

 だから理屈は何となく分かるが、しかし理解は中々追いつかない。



「ゲームオーバーよりも、ラルフのルートが優先されるってか? え、いや、けど」



 辻褄は合いそうな気がするものの、もうこれはイレギュラーどころか大暴投だ。

 照れているメリルの顔は満更でもなさそうだったが。さてどうなるか。


 ……何となく、波乱が待っていそうな気もするのだが。



「まあ、ここで作戦だの何だの言うのは野暮か。……俺はハッピーエンドを願うだけだ」



 最後の最後で、やはりひと悶着あった。

 しかしあの二人が上手くいけば全員ハッピーになれるのだ。


 まあ、解説席の陛下が手を叩いて笑っているところを見れば、下手なことにはなるまい。

 公爵夫妻や周りの貴族たちがどう動くかは分からないが。お望み通り決闘イベントに一枚噛ませたのだから、陛下には最後まで防波堤になってもらうとしよう。


 何はともあれ、これでリーゼロッテとハルの婚約はほぼ確定となった。

 もう邪魔が入ることもない。


 俺の仕事・・はここまでだろう。


 変な因果に囚われて色々と足掻いたものの、終わってみればあっという間だった。

 感慨深いものすらある。



「さて、行くか」

「アラン様、どちらへ?」



 もうメインヒロインも悪役令嬢も消えて、残ったのは外野だけだ。

 今なら俺が出ても問題は無い。そう信じて、俺は立ち上がった。



「ラルフが消えたんだから、閉会式の司会がいなくなっただろうが。俺がやるよ」



 そしてこの閉会式が終わったら、まずはハルと落ち合おう。

 この惨状を見た公爵夫妻が、俺へお嬢様教育失敗のお仕置きを課して来る前に。撤収のどさくさに紛れてかくまってもらうのだ。


 会場のことはクリスたちに任せればいいし、公爵家一同のことはアルヴィンにでも任せておこう。今はとにかく逃げの一手だ。

 よくよく考えれば公爵家から与えられたミッションを完全に失敗しているので、下手をすれば俺が消されてもおかしくはない。


 公爵夫妻がハルと共に来るようなら、その時は外で売り子をやっているサージェスでも捕まえるとしようか。

 唯一無二の友である俺が「しばらく泊まらせてくれ」と言えば、まさか断りはしないはずだ。


 ほとぼりが冷めるまで、少なくとも今日は公爵家へ帰りたくない。

 公爵夫妻からの制裁が恐ろしいというのもあるが、執事長のエドワードさんと、礼儀作法のマーガレット先生からボコボコにされるのは想像に難くないところでもある。



「はぁ。……どうして最後までこうなったかな」



 決闘関連の問題は綺麗に片付いたというのに、よく考えれば俺の身柄が危ないではないか。


 締まらないな結末だなと思いつつ。

 まあいつものことかと思い直して、俺は実況席へ歩いて行った。





― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 ラルフのチョロインっぷりは、初登場時に指摘されていました。

 彼は好感度マックスに上がった段階で、エンディングが約束されます。各種イベントも不要。

 そんな事実については、初対面の段階でアランから確認が入っていたりします。


 まあ、ラルフが選択肢に上がると思わなかったアランは、完全に忘れていたわけですが。


 何はともあれ。一話挟んで、次々回で本編完結。その後は後日談を掲載予定となります。

 最後までお付き合いいただければ幸いです。

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