第百二十七話 なんで居るの?



「はぁ……」

「何よアラン。決戦の時が来たんだから! もっとテンション上げなさいよ! そう時は来た! それだけだ!」

「見方によっては崖っぷちなのに、よくもまあそんなに元気な……」



 クリスの裏金問題&大量破壊兵器製造の件やら、王族とのアレコレやらを終えて。公爵邸に戻った俺を待っていたのは執事の業務だ。


 メインヒロイン妨害作戦のために色々と手を打ったが、もう商会は俺ナシでもある程度は回る。

 だから、本来の未来・・・・・からは外れた本来の俺の役目である、執事の仕事を始めようとしたのだが。



「リーゼロッテ。もっと腰を落とせ。それでは効かんぞ」

「あら。集中集中……っと」

「……うん、そろそろ聞いてもいいよな」



 リーゼロッテの身の回りの世話は、毎年入ってくる後輩に少しずつ引き継いではいたのだが。

 今日、俺がトレーニングルームに来るまでリーゼロッテの面倒を見ていたのは。



「なんでサージェスがここにいるんだよ」

「……フン、面白そうなことになっているようだからな。陣中見舞いというヤツだ」



 俺の方を見向きもせず、真剣にリーゼロッテのトレーナーをしている第二王子だ。


 ハルとの決闘騒ぎ以降、サージェスも身体を鍛えることが増えたとかで、器具の使い方を一通り理解してはいるようだが。自重トレーニングや体幹トレーニングまで、しっかりと学んでいるようだ。


 聞きかじりにしては、指導がサマになっている。


 ……まあ、この道六年の俺よりも上手く指導ができるとは思えないが。などと、謎の対抗意識を燃やしかけた時。



「素直に、友達の家に、遊びに来たって、言えないのかしら」

「なっ……!」

「……ほう」



 リーゼロッテの発言が図星だったようで、サージェスは動揺で肩を揺らした。


 そう言えば、「原作」での彼はヤンデレ担当だそうだが。脳筋の里に入植した結果いくらかは爽やかになっていたはずだ。

 今のリアクションを見ても、精々がツンデレ枠だと思うのだが。



「ああ、そういやそうだな。俺の身柄を奪い合って、実の兄貴と大喧嘩したくらいだもんな」

「……バカなことを言うな奴が一番嫌がることをしてやろうと思っただけだ」

「動揺すると、早口になる、タイプなのね!」



 相変わらずデリカシーの無いお嬢様ではあるが。ここはサージェスをからかう場面だと判断して、俺も主人と同じく、ニヤニヤした笑みを浮かべることにした。


 徐々に頬を赤らめてきているのだが。まさかクリスに続いてサージェスから俺への好感度もカンストまで行けるのだろうか?



「いや、クリスの好感度が見えるわけじゃないけど。どう考えてもマックスだしな。もしかすると俺がメインヒロイン――」

「何の話だ」

「ああ、こっちの話だ。……で、遊びに来たってんなら茶菓子でも出すが」

「要らん。用事があっただけだ」



 そう言いながらプイっと顔を背けたのだが。彼のキャラが完全に崩壊してしまった件はどうしようか。


 まあ、メリルが見ていない範囲なら問題無いか。


 と、友人の人格形成の問題を放り投げて。彼が持ってきた案件とやらを聞くことにした。



「で、話が何だって?」

「……ククク。聞いたぞ、面白いことになっているようだな。エールハルトを巡り、リーゼロッテとメリルが決闘するとか」

「おう。で?」



 俺がそう言えば、彼は羽織っていた漆黒のゴージャスなジャージを翻して言った。



「なに、貴様らの決闘。俺が立会人となり、後腐れなく――」

「あ、それなら陛下が立ち会うことに決まったぞ?」

「なんだと!?」



 釣り目をくわっと見開き、心底意外そうな顔をしたサージェスだが。


 服装と言い性格と言いリアクションと言い。本当に原型が残っていない。



「王宮から帰ってくる時に、陛下からそんな提案があってな。リーゼロッテもそれでいいだろ?」

「うーん、でも、原作に、レフェリーなんて、いないし。仕切って、もらう、だけでいいかな」

「それもそうか。それじゃあ……開会式の宣言とかやってもらおうかな」



 ショックを受けている第二王子を放っておき、俺たちは淡々と話を進めた。


 「原作」がどうのという話はサージェスから理解不能だろうが、何かを言われても完璧に誤魔化す自信がある。

 六年もこの話題に振り回されたのだ。イレギュラーさえなければ、言い訳は相当なハイレベルになっているはず。


 陛下にはなるべく派手な役回りをさせなければな。

 などと考え、サージェスから一瞬目を離していると。



「ぐ……ぬぬ、ちち、うえぇ……!!」

「おおっ!」

「ひえっ!?」



 次の瞬間。歯を食いしばり、憎しみの炎を燃やすかのような顔をしている男に驚くことになった。


 見せ場を一つ取られただけで、ヤンデレに戻るの止めない?

 

 とは流石に言えず。



「わ、分かったよ。お前にも何か仕事を用意しておくから」

「本当だな! ――っと、まあ、どうしてもと言うのであれば、考えておこう」

「はいはいどうしてもどうしても」

「誠意が足りんぞ」



 こうして俺の周りには、扱いにくい奴がどんどん増えていくんだよなぁ。


 などと思いながら。俺は彼に振る仕事は何にしようかと、早速頭を悩ませる。



「実況はダメだよな。そんなキャラじゃない。……セコンド? いや、そもそも種目がまだ――」



 そこまで頭を回して。ふと、ラルフやクリス、陛下や目の前に居るサージェスの顔が順番に脳裏へフラッシュバックしてきた。



「……おかしいな。皆、善意で協力してくれているはずなのに。どうしてか俺の仕事が増えていくぞ?」

「身から出た、錆びよねぇ」

「何か言ったか?」

「い、いやぁ。アランの、人徳だなって」



 スクワットをしているご令嬢に呆れられながら。威圧して発言を撤回させながら。


 俺はトレーナーをサージェスに任せたまま。計画書の中で、各自に振れそうな仕事を再び探していくことになった。


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