第百二十六話 それは反則です
「出ろ、レインメーカー。全く貴様はいつもいつも……!」
「はは、ご迷惑をおかけします」
怒り心頭の宰相に見送られて、俺とクリスは王宮を後にした。
資金を不正に流用した件については。研究の費用を帳簿に載せ忘れていたという、「うっかりミス」でカタがついた。
その分の罰則があるかと思いきや、先の戦いでは騎士団の年間予算に届くほどの支援をした後だ。
開発した技術がお国のためになったこともあり、ギリギリで全面無罪を勝ち取れた。
……まあ、お義父さん方とアルバート様が口添えをしてくれた結果ではあるので、方々に借りが増えたのだが。
「何はともあれ、三日のタイムロスは痛いな。いや、裏金問題と謀反の疑いが三日で晴れたんだから、短い方ではあるけど」
「申し訳ございません、アラン様」
「気にするなよ。あの兵器が無きゃ助からなかったんだし」
俺の足を引っ張ったかと。クリスは、今にも切腹しそうな雰囲気を漂わせていた。
しかしまあ、彼の発明で大勢の人間の命が助かったのも事実だ。
だから俺は、励ますことにしたのだが。
「いえ。……
彼は
さてはコイツ、全く反省していないな?
そんなことを思いつつ王宮の廊下を歩いて行けば、向こう側からハルが歩いてきた。
お付きの人数も増えてはいるが、中核メンバーのガウルやちょび髭は相変わらずのようでもある。
「よう、久しぶり」
「ああ、アラン。丁度良かった、少し聞きたいことがあるんだ」
「何だよ改まって」
「……どうして僕は、決闘の景品になったんだろう?」
確かに「原作」ではハルがヒロインのことを熱望して、相思相愛になったからこそ決闘になっている。
しかし彼からすれば。今のメリルはただの友人で、恐らく恋愛感情は薄い。
それどころかリーゼロッテとラブラブなのだから、相当不自然な状況に見えていることだろう。
「リーゼロッテからは何も聞いていないのか?」
「うーん、全部私に任せておけばいいから。とだけ」
「説明が雑かよ」
やはりあのお嬢様に説得を任せるんじゃなかったと後悔したが。ハルは苦笑いをするに留まっているので、怒ってはいないようだ。
そこは一安心なのだが、もう一押し必要だろう。
「あー、なんだ。リーゼロッテの将来の夢ってさ、格闘家だろ?」
「そうだね。それは知っているよ」
「まともに真剣勝負を受けてくれるのが、メリルしかいなかったんだ」
「ああ、なるほど。そういうことだったのか」
……彼が相手ならば本当のことを話してもいいかと思い、
王子が決闘のダシにされたというのも、それはそれでどうかと思うが。
まあ、彼さえ納得すれば何とでもなる。
「リーゼロッテの晴れ舞台ってやつだ。ここはひとつ応援してくれると助かる」
「それは構わないけど。メリルが決闘を受けたのは……やはり僕に、恋愛感情があるからなのだろうか」
「そりゃそうだろうよ。何のメリットもナシに決闘を受けることもないだろ」
乙女ゲーム云々を抜かせば、「ガチで格闘技がやりたい」というアホらしい理由で喧嘩を吹っ掛けられたことになる。
これは流石に断ってもいいし、むしろ受けて立たない方が評判は上がるくらいだ。
それを差し引いても決闘を承諾したのだから、そこは当然だろう。
「僕はリーゼだけで満足だから、側室は考えていないのだけれど……」
と、ハルは笑うが――彼は勘違いしている。
メリルが狙っているのは側室の座ではなく、正室の座だ。
メインヒロインが側室で収まる乙女ゲームなどあってたまるか、とは思うが。
現実的に考えれば公爵家のご令嬢を差し置いて、子爵家のヒロインが正室の座を狙うなど考えられない。
しかしそこを話せばややこしいことになるので、これは敢えて訂正もしなかった。
――この話題に深く触れるとヤブヘビなので、話題を変えた方がいいだろう。
「ああ、そうそう。そう言えばハルに、色々と頼みたいことがあるんだ」
「おいおいアラン。これ以上殿下を巻き込むんじゃねぇよ」
ガウルは渋い顔をしているが、ここまで来たら存分に巻き込まれてもらいたい。
そんな考えで、いくつかお願いをしようとすれば。
「面白そうな話だ。詳しく聞かせろ」
と言いながら。
王宮の植え込みから、陛下が姿を現した。
「え? ……ひえっ!」
脳がその情報を処理するまでに、少しばかりのタイムラグがあったのも無理は無いだろう。
何にせよ、身長が百九十近い大男が茂みをモソモソと掻き分けてくる様は。中々にシュールな絵面ではある。
「あの、詳しい話をとおっしゃいましても……」
「王族を賭けの具にしたのだ。不敬罪でしょっ引いてもいいんだぞ?」
「……それは反則です」
面白いことが大好きな上に、恋愛話にも興味深々な陛下は。何とかして決闘騒ぎに一枚噛もうとしているらしい。
面白おかしく引っ掻き回してやろうという意思が、顔面全体にありありと見える。
「……で、どうだ。計画ついでに、俺からも提案があるのだが」
ここで首を横に振ったら、彼は何の遠慮もなく俺を牢屋にぶち込むだろう。
イエスと言うまで拘束されることは目に見えている。
「……お聞きしましょう」
「難しいことではない。いっそ王族主導の公式行事にしてやろうと思ってな」
「え?」
「ち、父上、それは流石に……」
つまりは、王族が主催で決闘をさせるという話のようだが。それをやると、メリルが一気にハルの結婚候補に躍り出てしまう。
今は「身分差を弁えずに暴走するご令嬢」が、第一王子を狙っているという状態だが。この決闘に陛下のお墨付きを与えてしまえば、話は変わる。
勝敗によってはハルとメリルがくっ付くのを、半ば認めることになるだろう。それが分かっているから、ハルも否定的な意見を出そうとしたようだ。
――しかし、それをあっさりと遮りながら、陛下は言う。
「真剣勝負をやりたいと言うのなら、背水の陣でいけ。……それを受け入れるなら、変な邪魔が入ることも無くなると思うが。どうか?」
これは別に、陛下が妨害を仕掛けるという話ではないはずだ。
一枚噛ませてもらえるなら、余計なことをする貴族たちを黙らせるという意味だろう。
ラルフが警護に就いているとは言え。これまでに起きた数々の事件を思えば、保険は確かに欲しい。
――馬鹿な貴族がメリルを襲撃して、メインヒロインが行方不明。
そんな展開もあり得るので、ここは否定しない方向で進めることにした。
「……では。リーゼロッテ様のご承諾が得られましたら、その通りに」
「うむ、素直なのはいいことだ。俺の方からも、アルバートに話しておこう」
「まったく、もう。アランも父上も……!」
最終決定権を持つ国王が提案をしてきたのだから、王子であるハルにも覆せない。
しかし、なし崩し的に決まってしまったが。元々俺に拒否権など無いのだ。
向こうが譲歩した様子を見せたのだから、今のうちに了承しておくのが一番いいだろう。
そう思い首を縦に振ったのだが。また一つ仕事が増えたなと、俺は頭を悩ませることになった。
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