第百二十五話 どうしてそうなった
「よし、これで会場のセッティングは何とかなった。後はリーゼロッテ次第か」
誰も居なくなった夜の迎賓館で、俺は一人、計画書の仕上げに入っていた。
マリアンネには、主人たっての願いだから、何としてもこれだけは通してくれないと俺のメンツが立たない――と、土下座までして頼み込んだ。
部下に土下座をしている時点で威厳も何も無いとは思うのだが、貸し一つということで決済は降りた。
だから商会の従業員が全員帰った後まで、計画を詰めにかかっていたのだが。
「もしもーし! アラン、居ないのかー?」
「この声……ラルフ?」
公爵家には絶対に現れないはずの男が、陽が落ちた頃に訪ねてきた。
ラルフには特に頼むこともないし。彼と公爵家の間には一切繋がりが無いので、何の用事で来たのかと気にはなったのだが。
俺は扉を開けて、廊下をウロウロしていた彼を部屋に引き入れた。
「悪いな、こんな時間に」
「いや、構わないが。一体どうしたんだよ」
俺が紅茶を淹れながらそう聞けば、ラルフは焦ったような素振りをするばかりだった。
「いや、あのな。一体どうしたってセリフは、俺が言いたいんだが」
「そりゃまた、どうして」
「どうしてって言われても……。なんでメリルとリーゼロッテ嬢が、決闘なんてすることになったんだよ。どうしてこうなったんだ?」
言われてから彼の立場を考えてみた。
将来はハルの護衛騎士となるべく、今も学園内に居る時はずっと護衛の任務に就いていたし。主君の家族になるからと、リーゼロッテのことを守るとも宣言していた。
最近では頻度が減ったとは言え。メリルが度を過ぎた行動をすれば、ラルフによる鬼のガードが発動する仕組みにもなっている。
それらを組み合わせれば――何となく訪問の理由が見えてきた。
「護衛対象が警戒対象に喧嘩を売ったんだから、ラルフが言いたいことも分からなくはないんだが……」
「いや、そもそもだ。あの二人の争いって、まだ続いてたのか?」
入学式の直後は盛大に揉めたが。その後悪役令嬢絡みのイベントは、全て俺が代打でこなしていた。
リーゼロッテが直接出てきた嫌がらせシーンなど、数えるほどしかないのだから。表面上は互いに、何のアクションも起こしていないように見えただろう。
それどころか、メリルは俺の婚約者であるエミリーの親友で、俺たちとパーティを組んでいたくらいだし。夏には仲良く海へ旅行に行った。
事情を知らない人間からすれば。ハルの親友で、かつリーゼロッテの執事でもある俺が仲立ちをして、関係が改善されたとでも思っていたのではなかろうか。
「ああ、まあ、メリルの奴がハルを諦めなかったからな。リーゼロッテも我慢できなくなったんだろ」
「…………そうか」
ラルフからすれば全てを懸けた戦いをするほど、劣悪な関係には見えなかったのだろう。
ようやく落ち着いてきたと思った矢先に、突然に。何の前触れもなく二人の間で戦争が勃発したように見えたのかもしれない。
いつになく真剣な表情をした彼は、身を乗り出して俺に聞く。
「決闘までするんだ。お互いに引けない理由があるんだろうが……どうしてアランは後押しまでやるんだよ」
「メリルが、リーゼロッテの望む形で決闘をするって言ったんだよ。そしたら興行したいって話になって。……それが主人の望みだったら、仕方ないだろ?」
仕方ない。
という部分にも少し嘘が混じる。
いくらこの国が武を重んじると言っても、王妃が総合格闘技やムエタイの試合に出られるわけがない。
リーゼロッテが学園を卒業すれば、ダンジョンに潜ることすら無くなるだろうし。そもそも彼女が勝てば、メリルはバッドendに直行だ。
戦う機会は、これで最後になるかもしれないのだ。
だったら最後くらい、好きなようにさせてもいいかな。というのが本心だ。
……もちろん、「面倒事はこれで最後にしたい」という思いも込もっているが。
言外に、俺が言いたいことを感じ取ったのか。
ラルフは溜息を吐いてから、ドカリとソファにもたれ込んだ。
「ああ、そうだな。お前はそういう奴だったよ」
「はは……すまん。ラルフにも迷惑をかけるな」
「いいさ。当人たちがそう決めたなら、外野の俺が言うことはない」
俺が淹れた美味い茶をすすってから、ラルフは諦めたように頭を振った。
そして、いつも通りの笑顔を浮かべて言う。
「まあ、メリルが勝ったとして。エールハルトには近づけさせないから安心しろよ」
「……どうかな。最近のお前、割りと素通りさせていた気がするけど」
「えっ、あっ、いや。そりゃあ……だって、アイツ。まだ友達がいないようだから」
確かにハルは友達が少ない。
ラルフと俺は友人枠でいいと思うが、その他には仲が良さそうな人間はいないように見える。
メリルが友達になってくれるなら、それでも構わないと思っていたのだろうか。
まあ、初代王の遺産で好感度を稼がれたから、ガードが甘くなったというのは否定できないと思うのだが。ラルフもつくづく難しい立場に居るようだ。
「ま、まあ、そんなことは置いておきだ。アランが居ない間は、俺がメリルの護衛に就くことにしたんだ」
「……えっと、どうしてそんな話に?」
「王宮の連中がどう出るか分からないからな。念のためさ」
メリルが勝ったとして、他の女性までハルにアプローチができるわけではない。
あくまで、「メリルがハルと仲良くなるのを邪魔しない」というのが約束だ。
自分の娘にもリーゼロッテ嬢と決闘をさせて、王妃の座を狙わせるんだ! などと考える、馬鹿な貴族がいるとは思わないが。
しかしメリルに嫌がらせをして、公爵家に媚びを売りたい奴なら大勢いるだろう。
そういった輩からメリルを守り、正々堂々と勝負させたいというのは。相変わらず騎士道精神に溢れた行いだと思う。
ただ、俺が聞きたいのはそこではない。
「いや、俺が聞きたいのはそっちじゃなくてだな」
「ん? そっち?」
「だから、どうして俺が不在の前提なんだよ」
俺は俺で、全部に決着がついた。
別件を抱えていないし、怪我も不調も完璧に直したし。何なら今まさに、決闘の準備を進めているところだったし。不在になるような案件など特に無いのだ。
俺がそう言えば、ラルフは「あっ」と漏らした後、頬を掻いて言う。
「ああ、忘れてた。本来の用件はこっちなんだ」
「今のが前座かよ。何があったって?」
俺が紅茶を飲みながら聞けば。
「アランとクリスに逮捕状が出そうなんだ」
「うえっ!? ごほっ、ごほっ!」
吹き出しそうになって、俺は咳き込むことになった。
「任意同行になるとは思うけど……クライン公爵からは何も聞いてないのか?」
「は、初耳だよバカ野郎! 罪状は何だ、どうしてそうなった!?」
アルバート様からはもちろん何も聞いていないし、今回ばかりは全く、何も身に覚えがないのだから焦った。
しかし
「えっと、脱税の疑いだな。この間の戦いでクリスが用意した大量の兵器が、どこから出てきたんだって話になって。事務方が調べたら、明らかに帳簿がおかしいって話になったらしい」
そう言えば、パトリックはクリスの秘密兵器を「開発リストで見たことがない」と言っていた気がする。
あれがクリスの私費ではなく、裏金を使ったものだとすれば。二重帳簿で手に入れた不正な金を使い、大量破壊兵器を製造していたことになる。
事実関係は一切把握していないが、事実だとすれば相当マズい。
しかし。
「え、それで、何で俺まで?」
「アランの会社だろ? 関与を疑われて当然じゃないか」
それはそうだ。ごもっとも過ぎて何も言えない。
唖然とした俺の肩にポンと手を置き、ラルフは、励ますように言った。
「そういうわけで。メリルの方は万事、俺に任せておけ!」
今俺が心配しているのは、メリルのことよりも自分の明日なのだが。
ともあれ、ラルフはいい笑顔だった。
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