第六章 ハッピーエンドを掴みたい

第百二十四話 決闘の企画書



 リーゼロッテとメリルの間で話がついてから二週間後。


 この日の俺は旦那様――公爵家当主のアルバート様――に対して、頭を下げていた。



「アラン、君が付いていながら、何故このようなことに……」

「申し訳ございません」



 さて、悪役令嬢のリーゼロッテが決闘を仕掛けるのは、俺たちとしては当然の流れだったわけだが。

 公爵夫妻を始めとした周囲の人間は、突然の出来事に当然驚いていた。


 王子二人の決闘騒ぎが終わり、魔物の氾濫が片付いて。一息つけるかと安堵したところでこの騒ぎだ。

 公爵夫人のキャロライン様は既にダウンしているし。執事長のエドワードさんも、白目を剥いて気絶した。


 ノックアウト寸前になりながらも耐えている旦那様に、当主としての意地のようなものを感じながら。

 それでも俺は、計画書を手渡さざるを得なかった。



「こちらを」

「……それは?」

「決闘の企画書です」

「決闘に企画書!?」



 そんな事務的な決闘があるのか!? と叫んだ後、旦那様は書類に目を通した。


 そして、読み終えた頃。

 椅子に深々と腰を掛けて、少しずり落ちながら溜息を吐いた。



「……ああ、なるほど、そういうこと、か」

「……左様でございます」



 旦那様にも得心がいったらしい。

 この決闘は、どうしても格闘家になりたいお嬢様が、自分でマッチング・・・・・をしたのだと。



「……どうにか、止められないか」

「……私からは、何とも」

「……そうか」



 止められないどころか、今回の俺は後押しする立場だ。

 むしろプロモートは、レインメーカ・・・・・・ー商会・・・で行う予定になっていた。


 会社の名前は「魔道具屋(仮)」なのに。建築やら牧場経営やら、鉱山開発やら、お菓子屋さんやら。手を広げ過ぎて、魔道具製造が一部門に成り下がった。

 だから屋号を変えて、レインメーカー商会として再スタートしたのが先週のことだ。


 まあ、興行というからには観客が必要になる。


 リーゼロッテが「でっかいハコでやりたいの! 伝説を作るわよ!」などと言い出し始めたので、会場は五千人規模くらいで探している。


 ここまで来たら赤字でもいい。

 これでリーゼロッテが勝てば、全てに決着がつく。

 今までに使った金額を思えば、仮に観客がゼロだったとしても安いものだ。


 そんな考えで、盛大にやってやる予定でいる。


 決闘の・・・収益予想・・・・まで書かれた企画書は、もう完全に一大イベントの企画書である。



「しかし、これは殿下もご了承の上なのか?」

「無許可でございます」

「駄目じゃないか」



 ハルが知らないところで、勝手に勝負の景品にされているのだ。


 メリルが勝った場合、ハルを狙うことを邪魔しないという条件が付いているのだが。彼がこれを知れば、困惑することは間違いないだろう。



「そちらはお嬢様が話を付けるそうですが、何をお話しされるのかまでは……」

「頼むよ、アラン。近ごろは、私たちまで胃薬の世話になっているんだ。これ以上の問題は……」



 俺は俺で問題を抱えていたのでスルーしていたが。

 よくよく考えれば王子たちに決闘をそそのかしたり、学園の礼拝堂を爆破する際に騎士団へ喧嘩を売っていたり。


 そうでなくとも入学初日からメリルにジャーマンスープレックスをかましたり、護衛も連れずにデート三昧だったりしたのだ。



「……この決闘、中止にはできないのか? オネスティ子爵家に圧力をかけてでも――」

「既に両者が合意して、会場を選ぶ段階に入っております。もう止められません」



 公爵夫妻としても気が気ではないだろうが、ここで勝てば大体の問題にカタがつくはずだ。何をどう言われようと、止める気も無い。


 ――俺でダメならもう駄目だと思ったのか。アルバート様は机に突っ伏して、力の無い声で言う。



「問題は最小限に抑えてくれ。可能な限りでいいから」

「承知致しました」



 何とか話がついたので、俺はさっさと執務室を後にする。


 入院期間をフルに使っても足りなかったくらいに、処理しなければいけない問題が山積みなのだ。


 差し当たり、特設リングの設置は大工の親方に頼むとして。ロープやマットはいつもの御用服飾店でいいだろうか。

 音響設備をクリスに作成してもらう必要もあるし、そもそも会場を押さえる必要がある。


 そしてスポンサーになるからには、何かレインメーカー商会の利益になるような宣伝広告も打たなければいけない。



「マリアンネ、決済通してくれるかなぁ……」



 俺がメリル妨害作戦のために滅茶苦茶やっていた時にも、何も言わずに付いて来てくれた彼女ではあるが。そろそろ本格的に怒っているようだ。


 王都での決戦はスラム街の連中を動かしたので、彼女は蚊帳の外。


 クライン公爵家の迎賓館で待機してもらっている間に戦闘が終わったので、彼女が全てを知ったのは終戦後になった。


 それだけでも機嫌を損ねそうなものだが、俺が再入院することになったのだからもう大変だった。

 見舞いに来るなり俺のベッドから枕を取り上げて。顔を真っ赤にしつつ、涙目で何度も叩いてきたくらいだ。


 ――決闘は月末の予定なので、もう三週間しか猶予は無い。


 彼女の協力無しだと、厳しいものがあるのだが。



「……ご機嫌取りの方法、考えてから行くか」



 マリアンネに何かを頼む前に、彼女が喜びそうなことを考えねばならない。


 問題を解決する以前の問題が出てきたので、俺は公爵家の庭園に設置してあるベンチに座り、一人頭を悩ませることになった。


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