第百二十三話 最後の勝負



「くくく……いいでしょう、いい加減。この因縁に決着をつけてあげるわ!」



 俺が止める間もなく、リーゼロッテは挑戦状を叩きつけた。



「……今やっても、意味ねぇだろ」



 俺の呟きは拾ってもらえなかったようで、メリルは嬉々として挑戦を受けた。



「いいわ。ボッコボコにしてあげる」



 闘志を燃やして決闘を承諾した彼女の目には、いつにない野望の光が輝いているのだが。俺にだって言いたいことはある。



「それが、本来のイベント通りだってのは知っているし。いつかはやらなきゃいけなかったことだ。時期的にもそろそろだってのは分かるよ。……ただ、なぁ」

「何よアラン!」

「何か問題でも?」



 息の合った連携を見せる二人に対して。

 俺は十分ほど前から思っていた、あることを口に出した。



「別に俺の病室でやらなくてもいいだろ」



 俺の見舞いに来たはずの二人の間で、唐突に戦争が始まったのだ。


 もう、俺そっちのけで盛り上がっている。



 ――おかしいだろ。



 そんな感想を抱きながら、俺は短めの回想をスタートさせた。















「アラーン、生きてるー?」

「ただの胃潰瘍で死んでたまるか」



 まず現れたのは、リーゼロッテだ。


 先輩執事のジョンソンさんを引き連れて、果物を山盛りにしたバスケットを持って見舞いにやってきた


 入院しているのはVIP御用達の――以前俺が、屋上を焼野原にした――病院だ。


 王族が入院するだけあって、スタッフの対応も回復魔法使いの腕もいい。


 医者の話では、休養がてら二週間ほど入院すれば済むだろうという話だった。



「まったく、アランもよく入院するわね。筋肉足りてないんじゃないの?」

「公爵家の令嬢が吐いていいセリフじゃねぇぞオイ」

「アラン。……一応、公の場だぞ」

「今更ですよ、ジョンソンさん」



 ジョンソンさんはバリソンのいい声でそう言うが、手遅れだ。


 俺からリーゼロッテへの言葉遣いが粗いことなど、もう学園の生徒には知れているし。陛下やハルまで認めているのだから、本当に今更だ。



「そうね、ジョンソンはちょっと下がってて」

「……お嬢様」

「いいからいいから」



 ジョンソンさんは寡黙な方なので、リーゼロッテのスピードには全くついていけていない。

 何か口ごもっているが。ぐいぐいと背中を押されて、いいように押し切られて退室してしまった。



「さて、アラン。本当に大丈夫? 何かの病気だったりしない? ちゃんと精密検査は受けた?」

「ただのストレスだよ。気遣ってくれるなら、もう少しおしとやか・・・・・にしとけ」

「むぅ……」



 彼女も前世ではずっと入院して、闘病していたと聞く。


 入院の辛さが誰よりも分かる分だけ心配になっているのだろうが――原因の一つは間違い無くリーゼロッテだ。



 とは言えイレギュラー展開も片付いたし、ウォルターを始末するついでに、最後の妨害作戦も実行された。


 メリルがハルの好感度を稼ぐ手段は完璧に潰したはずなので、これ以上彼女の快進撃が続くことはないだろう。



「しかし計算してみたんだが、王都襲撃イベントを乗り切った分の好感度上昇まで含めると、下手すりゃハルのルートに入れるんだよな」



 本当にギリギリのところで推移しているが、デートスポットのほとんどが使用不可で、プレゼント攻撃もできない中。


 メリルは予想外の追い上げを見せていた。


 厳密な数字は分からないが、必要な好感度に届くか、届かないか。

 恐らくルート分岐の瀬戸際にいる。


 しかし俺が唸る横で、リーゼロッテは腕を組んで頷いていた。



「まあ、なるようになるわよ」

「お前はもう少し危機感を持てよ」



 恋人を略奪されるかどうかなのに、彼女は余裕の表情を見せていた。

 ハルから愛されている自信があるからなのだろうか。


 それはそれでおめでたいことだが。初代王の遺産を食らったことがある俺からすれば――この世界の好感度システムは、思っている以上に強制力があると感じている。



 さあどうしたものかと。寝ころんでから数秒後、話題の本人が病室に姿を見せた。


 ガタイのいいジョンソンさんを押し切って、メリルが病室に現れたのだ。



「見舞いに来たわよ――って、あら。リーゼロッテさんも一緒なのね。ちょうどいいわ」



 リーゼロッテの姿を認めた瞬間、メリルはにっこりと笑い、そのままツカツカと歩み寄ってくる。


 俺の方に果物が入ったバスケットを放り投げてから、メリルはビシっと人差し指を突き付けながら、リーゼロッテに言う。



「決闘よ」



 最近、よくよくこんな騒ぎと遭遇するが、しかし何だって、いきなりこんな話になる。


 突然のことで、流石のリーゼロッテも面食らっている。



「……なんで?」



 俺が素直にそう聞けば、メリルはニヤリと笑いながら言う。



「王国決闘法第一条、名誉を懸けた戦いは、最大限にこれを尊重する。第二条、勝負は両者が合意の元――とか、色々書いてあったけど。要するにこの世界では決闘って合法なのよね」



 現代日本知識に照らせば、決闘罪という罪があるようだ。


 数人が集まって乱闘しただけで逮捕される日本と違い、この世界では決闘は合法的に、後腐れなく物事を決める手段として普通にある。 


 俺には一ミリも理解できないが、むしろ貴族的には名誉なことらしい。



「で、それが何だと?」

「例えば決闘で婚約破棄を認めさせれば、乙女ゲームとか関係なく。合法的に別れてもらうことができるのよ。それが、ここの・・・ルールだから」



 いやまあ確かにそうなのだが、それでも不文律はある。


 子爵家の令嬢が公爵家の令嬢に決闘を挑めば、それ単品ではどうにかなっても、後で他の報復が待っているだろう。


 爵位の剥奪まで普通に持っていかれる気もするし、平民にまで落ちれば王族と結婚などできない。


 それくらいの頭はあると思っていたのだが――と、メリルの狙いが分からないでいれば。


 彼女は自分の考えを高らかに告げた。



「だから私に決闘を申し込んでよ。私が負けたら二度とエールハルト近づかないし。私が勝ったら、私がエールハルトを攻略するのを認めて、アランや周りのまで含めて。もう一切妨害させないっていう条件で」

「それを受ける義理はないわよね?」



 婚約者を奪い取るには、正当な名目が必要だ。


 例えば両者が愛し合っていて、望まぬ婚約だとか。周りが納得しそうな理由だ。


 一方的にメリルの利益にしかならないのだから、この場合なら決闘を突っぱねても何ら問題は無い。



 そもそも悪役令嬢との決闘は、いくつかのフラグを建てた後のランダムイベントだったはずだ。


 ハルのルートに入ればどこかでは起きるが、今は決闘をする必要などまるでない。


 が、メリルも考えなしではなかったのだろう。



「決闘の場所は特設リングの上、観客を動員した上での、遺恨マッチ・・・・・でどうかしら?」

「え」

「遺恨マッチ!?」



 このセリフを聞いた瞬間、リーゼロッテの方が身を乗り出した。


 格闘家になりたいという夢は公爵夫妻も知っているが、危ないから止めてほしいという願いを持っているし。


 現実的に。公爵家の令嬢とまともに戦おうとする人間などいないのだから、試合は組めない。



「ルールは武装無しの何でもありバーリトゥード。種目は総合格闘でもプロレスでも、何でもいいわ」



 普通は相手が空気を読んでわざと負けにいく八百長展開になると思うのだが。

 メリルが相手ならば、彼女は本気で来るだろう。


 彼女からの決闘を受ける――いや、提案を受けたリーゼロッテが決闘を申し込めば、幼い頃からの夢が叶うのだ。


 格闘家としての興行。


 それをエサにされたリーゼロッテはと言えば。



「くくく……いいでしょう、いい加減。この因縁に決着をつけてあげるわ!」



 嬉々として、メリルに決闘を申し込んだ。



「……今やっても、意味ねぇだろ」



 やるならせめて「原作」通りに、学園の中庭で決闘を申し込まなければ意味がない。勝手に争ったところで、本来の流れから外れては意味がないのだ。



 回想はこんなところだろうか。



 まあ、要約すればだ。


 王国の法律に・・・・・・則り、決闘をやる。

 メリルが勝てば、もう俺たち妨害はしない。

 リーゼロッテが勝てばゲームオーバー。


 決闘の内容は素手喧嘩ステゴロで、観客を動員して興行する。




 果し合いイベントも、いつかはやらなきゃいけないことだったのだろうが。

 まさかこんな形で来るとは思わなかった。


 どんな結末になるにせよ、二人の間で話がついたのだからもう止まらない。

 これが最終決戦になるだろう。


 かくして、絶対に負けられない戦いが。


 悪役令嬢VSメインヒロイン。最後の戦いが始まろうとしていた。





―――――――――――――


 次回から最終章に入ります。


 最後までお付き合い、よろしくお願いします。

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