第百二十八話 決着
「義兄さん、ちょっとこれどういうこと?」
「どうも何も、商会が主催する大会なんだから、機材を用意するのは当たり前だろ」
最近、本当にせわしない。
もう何度目になるかも分からない逮捕劇と、怒涛の王族ラッシュを乗り切った俺は決闘の会場を整えるべく準備をしていたのだが。
今度は備品の作成を頼んでいたパトリックが、仕様書を片手に乗り込んできた。
彼の後ろにはマリアンネも居て、ウィンチェスター兄妹が揃って抗議しにきたようである。
「違うんだよ。何で決闘にこんな機材が必要なのさ」
「五千人規模の会場は取れました。取れましたが、しかし……」
根っからの貴族である二人には、名誉を賭けた神聖な決闘で興行をするというのが引っ掛かっているようだ。
それで一度ストップがかかったのを、マリアンネには土下座。パトリックにはクリスをけしかけて、強引に推し進めてきたという経緯はあるのだが。
「なあ、本当に頼むよ。今回だけは何も言わずにさ」
「前回も前々回も。というか義兄さんが絡む事件では、毎回そう言われてきたよね」
「そうですね。……そもそもアラン様。今回ばかりはリーゼロッテ様をお諫めした方がよろしいのでは?」
人に無茶なことを頼む時は、信用を消費して頼むものだと思っている。
いくら貸しがあり、部下である二人とは言え。今回に至るまでに無茶振りをし過ぎただろうか。どうやらお願いの残機はもう残っていないようだ。
そう後悔するが、もう退路は無い。
ここまで来たら前に進むしかないのだから、俺は再び土下座を――
「あ、土下座とかはいらないからね?」
「ええ。そういう問題ではございませんので」
「うぐっ……」
もう泣き落としも通じない有様だ。
かと言って、彼らには嫌と言われても働いてもらわなければならない。
魔道具の作成はクリスだけで間に合う代物ではないので、パトリックの助力は必要だ。
そもそも、会場の設定から当日の手配から運営から、マリアンネがいないと開催すら怪しい。
なんでこんな大々的にやってしまったかと後悔するが、それこそ今さらだ。
「じゃあ、ボーナスを……」
「義兄さん、忘れたの? ボクも歩合給だから、クリスさんほどじゃないけど結構な額を貰ってるよ」
「私も、お金には困っていませんね」
それはそうだ。パトリックの収入は伯爵家の領地収入と同じくらいの給料になっているはずだし、マリアンネも最大手商会のナンバーツーという高給取りだ。
はした金で釣られる、スラム街のチンピラとは違う。
「……それならどうしたらいいんだよ」
「そうだね。ボク、これが終わったら休みが欲しいかな。バカンスに行きたいんだ」
彼は「研究で忙しいから学園に行きたくない」と言っていたのを、俺が無理やりにねじ込んだのだったか。
学生と研究者、二足の草鞋を履かせたのは俺だし。確かに休む間もなく開発だ戦闘だと扱き使っていた面はある。
「分かった分かった。ちょうど公爵家の方で今年も旅行に行こうって言ってるから、休みを合わせて参加させてやるから」
「一回だけじゃ足りないなぁ……。それに、研究費はもっと欲しいし、助手も増やしてほしいんだよね」
「ここぞとばかりに足元を見やがって……。じゃあ一ヵ月の有給と、予算の増額な。研究費は五割増しとかでいいだろ?」
そう提案すれば、彼はにっこりと笑って手を差し出してきた。
どうやら労使交渉は成功のようだ。
――しかしマリアンネは違う。
「私は休暇も必要ありませんし。部下にも困っていません」
「なら……えっと。本格的にどうしたいんだよ」
彼女に対しては交渉材料など何もないな。と思っていれば、マリアンネは手にした書類の束から徐に、一枚の紙を取り出した。
「そろそろ、決着をつけようかと思いまして」
「……それは?」
「王宮に提出する、婚姻の届出書です。サインをいただければすぐにでも働きます」
「えっ」
思いがけないものが出てきて、動きを止めた俺ではあるが。
「よし分かった。……ほら、サインだ。これでいいな」
「えっ?」
二秒で結婚を承諾すれば、今度はマリアンネの方が呆気に取られていた。
紆余曲折あったが、もう本格的にハルのルートへ進み始めているので。もう俺が誰と結婚しようが許される段階にはなっている。
勘違いさせたのも悪いし、今さら他の相手を探せというのも酷だろう。
それに、彼女なら気心も知れているし。俺には勿体ないくらいの女性でもある。
「散々引っ張って悪いとは思ってたんだよ。好きなタイミングで提出してくれ」
「アラン様」
「……なんだ?」
だから覚悟を決めて、俺は結婚を承諾したのだが。
逆プロポーズが成功したというのに、何故か彼女は肩をわなわなと震わせてから。俺が差し出した書類を乱雑にひったくった。
「分かりました。ええ、分かっていました。アラン様にデリカシーが無いなどということは、最初から存じておりましたとも!」
そして彼女は、明らかに怒っている。
「な、なんだって?」
「約束ですから仕事はやります。やりますが……もう、う……うわぁああん!」
そのままターンすると、凄い速さで部屋を出て行ってしまった。
後に残された俺はポカンとするばかりなのだが。パトリックは、やれやれといった風情で肩をすくめていた。
「こういう時は、一度受け取って。いい雰囲気のレストランとか、二人の思い出の場所で改めてプロポーズするものだよ。義兄さん」
「それが貴族の常識か」
俺が公爵家に来て習ったカリキュラムは、貴族を相手に粗相をしないようにという教育が主だった。
貴族と結婚するための作法など知らないので、そこを期待されても困るのだが。
「仕方ねぇな。じゃあ、考えとくよ」
「待って義兄さん。放っておくと、またとんでもないことを仕出かす気がするんだ」
「信用しろって、思い出の場所だろ? えっと」
マリアンネと出会ったのは、彼女が逃亡中にスラム街へ逃げ込んだのがきっかけだ。その後は仕事をするために、共に執務室に籠ったり。見舞いに来てくれたり面会に来てくれたり――。
思い起こせば、仕事以外では特殊な場面でしか会っていない気がする。
「留置所は当然ナシだよな……。病院にも嫌な思い出しかないだろう。てことはスラムの連中を動員して、出会った場所でフラッシュモブでも」
「義兄さん」
「……おう」
「ボクが考えるから、余計なことはしないでね?」
「…………おう」
俺でも分かる。今言ったのは何か違うと。
「義兄さんの権限で、予約をねじ込めそうなレストランはある?」
「この間買い取った、タワーマンション近くのところなら……。確かVIP席はいつでも空けとくとか言ってたな」
「分かった。マリアンネが決裁した物件なら問題はないだろうけど、念のため下見はしておくね」
こういう方面では、本当に信用が無いと思うが。残念ながらスマートにエスコートなど、俺にはできそうにもない。
しかしまあ、侯爵家の御曹司に任せておけば大丈夫だろう。
俺はパトリックに更なる借りを作りながら、去って行く彼も見送った。
明けて次の日。早速パトリックから、「この店ならOK」という連絡がきた。
結局、俺は自分が経営するレストランの一つ――メリル妨害作戦の際に買い取った物件――で、後日改めてプロポーズをすることに決まったのだが。
親代わりだからと、何故かノリノリでついて来ようとした公爵夫妻と。状況の説明を求めてきたワイズマン伯爵からのお手紙に胃をやられそうになりながら。
どうにかこうにか、話はついた。
メインヒロインと悪役令嬢が決着をつける前に、宙ぶらりんだった俺の婚約者問題にカタがついて、すっきりした。
「本当に、もう、何の問題も起きてくれるな。頼む……!」
と頭を抱えた俺を、公爵夫妻がものすごくいい笑顔で見ていたようなのだが。
それはさておき、これでようやく準備が終わる。
本当にやっとの思いで、決闘の舞台が整おうとしていた。
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