第百二十二話 そう言えば
「ふぅ、これで一件落着、と」
瓦礫の山と化した時計台跡地を見て、俺は安堵の息を吐いた。
塔は内側へ折れるようにして崩壊する予定だと聞いていたが、いくらか北側に倒れながらの倒壊となった。
格好つけたものの、一歩間違えば自分も巻き添えになるところだ。
「後は外がどうなったかだな」
スラム街の防衛には失敗したので、アランルートであればバッドendを迎えるのだろうが。メリルが選んだのはハルだ。
第一王子ルートの進行上でスラム街に寄ることも無いので、この点では特に問題はないはずだ。
それに怪我人多数の中でも死者は出ていないようなので、復興は容易だろう。
このまま礼拝堂を守り抜けば目標達成だ。
問題は、騎士団の本体が戻ってくるまでここを防衛できるかどうかだが。
「武器も防具も無ければ魔道具も無い。エミリーのところの私兵が頼りか」
「いえ、そろそろいらっしゃる頃かと」
「……誰が?」
そう聞くのと、曲がり角から走ってくる金髪の女を見つけるのは同時だった。
彼女はいつも通りにダンジョンへ潜る恰好をしていて、その後ろにはぞろぞろと騎士を引き連れている。
「待たせたわね、アラン!」
「……屋敷で待ってろって、アルバート様が言っていなかったか?」
「そんな場合じゃないでしょ? さ、行くわよアラン!」
そう言えば、王都襲撃とスラム街の防衛で頭がいっぱいになっていたが。
今回はリーゼロッテに手綱を付けるのを忘れていた。
確かに、「原作」で王都が襲われた時に、悪役令嬢がどこで何をやっていたのかなど一切描写は無い。
どこで何をしようが自由だ。
――だからと言って。
「近衛騎士を率いて出撃する悪役令嬢があるか!」
「あだだだだ! 痛い、ちょ、アラン!?」
相変わらず、目を離したらやりたい放題だ。
俺は折檻の意味を込めて、主人にアルゼンチン・バックブリーカーを極めてやった。
メリルは王都を離れているとは言え、悪役令嬢が将軍よろしく指揮を執っている姿などあり得ない。
うわさ話程度でも相当マズい。
公爵家令嬢をしばき倒す男に、流石の近衛騎士も目を見開いているが。
一団を率いている男は楽しそうに笑っていた。
「相変わらず、誰が相手でも容赦が無いな、お前は」
「……サージェス、何でリーゼロッテを止めなかったんだよお前」
「近接格闘なら俺たちよりも使えるだろう。今は少しでも戦力が欲しいところではないのか?」
ニヤニヤとしながらそう言うサージェスだが、絶対に嘘だ。
サージェスを守る近衛騎士が総出撃しているだろうし、一般の騎士も城を空にする勢いでやって来ていることだろう。
衛兵隊も王子の手前でサボるわけにはいかないし、引き籠っている貴族たちもいくらかは参加してくるはずだ。
戦力は確実に足りているのだから、わざわざリーゼロッテを引っ張り出す理由がない。
「で、本音は」
「その方が面白そうだろう」
「原作」のサージェスが絶対に言わないようなセリフが出てきたのだが。
リーゼロッテがタップしてきたので、俺は地面に降ろしてやった。
「ここまで来たら仕方ねぇ。参戦には目を瞑るが、絶対にバレないようにしろよ? 王宮で保護されていたことにするから、怪我一つ負うな」
「ね、ねぇ……もう、アランの攻撃で腰が痛いんだけど」
確かに少しやり過ぎたかとは思うが、一応加減はした。
回復魔法も要らない程度のダメージだろう。
そして、そうこうしているうちに、戦力は整った。
騎士団に提供していた武器弾薬もいくらか持ってきてくれたようなので、補給を受けた俺の私兵たちが少しは戦えるようになったのだ。
「よし、それじゃあ後始末と行くか」
「ねぇアラン。私、貴方の主人よね? 私たち、そろそろ一度お話が必要だと思うの」
腰をさすって恨みがましい目を向けてくるリーゼロッテを尻目に、俺も装備を整えていく。
見た目は一般騎士Aのような姿だし、疲れている上に手傷も酷い。
が、もうひと踏ん張りだ。
「俺たち十分働いたよな?」
「もう休みてぇよ」
などとボヤいている部下たちを金で釣りつつ、俺は騎士団と共に再び出撃した。
「お、終わった、か」
「やっぱり実戦は違うわね……」
半日ほどで、残りの魔物も全てカタがついた。
指揮官であるウォルターが消えてしまったものだから、狂おしいほどの戦意は既に失われていたように思える。
高笑いをしながら敵を切り裂く第二王子や、相変わらず空中殺法を使いこなす悪役令嬢には、この際目を瞑ろう。活躍していたことは間違いない。
街のあちこちで黒煙が上がり、消化活動なども行われている最中ではあるが。
主だった敵は全て打ち取ったし、敗走して外に逃げていった魔物を討伐するのは騎士の仕事だ。
長い戦いだったが、これでようやく終わりか。
と、安心した次の瞬間。視界がぐにゃりと曲がり始めた。
「あ、あれ?」
身体が平衡感覚を失って、立っていられない。
戦争のストレスから解放された新兵は、緊張の糸が切れた瞬間に脱力するというが。今そんな状態なのだろうか。
一瞬そう思ったが、違う。
ぼんやりしていく意識の中で、腹がじくじくと痛んだ。
「ちょ、ちょっとアラン!?」
「アラン様!」
「おい、どうした!」
リーゼロッテが倒れて行く俺の肩を支えて、エミリーとサージェスも血相を変えて駆け寄ってきたのだが。
この状態は、執事長のエドワードさんから聞いたことがある。
今、俺の身体に起きている異変を冷静に分析すれば、ストレスで胃に穴が開いた時の症状とよく似ていると感じる。
火事場の馬鹿力が切れたのだろう。
よくよく考えれば全身傷だらけだし、腹を中心にして、節々が物凄く痛い。
公爵邸に来たばかりの頃は、お嬢様が
「ねぇアラン、大丈夫?」
目の前で武装を固めて、最前線で指揮を執る悪役令嬢の姿を見て、俺は悟る。
「…………俺の胃に、穴が開く方が早かったか」
そんな悲しい現実を見ながら、俺の意識は黒く染まっていった。
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