第百十九話 思った通りです



「くそっ! しつこいんだよ! 氷結の牢獄コキュートス!」



 目ざとく俺を見つけて背後から追いすがって来るウォルターに向け、俺はたまに振り向いて、魔法を叩きつけていた。


 俺の方が土地勘があるので、路地に入ったり裏道を抜けたりして撒こうとしていたのだが。

 流石に空を飛べる相手から逃げ切るのは難しかった。


 それに、俺の魔法が効いている様子も無い。

 今も一瞬だけ氷漬けになったが。氷塊はすぐに粉々にされて、再び追撃してくる。



「無駄だ無駄だ! 貴様如きの魔法など、私には通じんよ!」

「明らかに借り物の力で威張ってんじゃねぇ! 火炎の槍ファイア・ランス!」



 俺が放った炎の槍も直撃したが、こちらもまるで効いた様子は無い。


 クリスはウォルターから改宗させられたことで邪神に憑りつかれたが、あれが邪神の本体というわけでもないだろう。


 悪魔の姿に変貌したウォルターの姿を見れば、あの力の恩恵を強く受けていることなど容易に想像が着く。



 生半可な攻撃では足止めにもならない。

 であれば、俺が持つ最大の攻撃魔法をぶつけるしかないだろう。


 そう思い、俺は路地を左へ曲がって、狭い方に逃げ込んだ。



「私はあのお方・・・・の意思によって、この力を得た! 矮小わいしょうな貴様如きが敵うか!」



 逃げ場が無くなってきたと見たウォルターは随分と饒舌に語っているが。今の俺にとっては、その油断こそが最もありがたい。



「意味深なことを言っているところ悪いが――これなら効くだろ。広域破壊魔法スプレッド・デストラクション!」



 最早お馴染みの攻撃魔法を、不意打ちで発動する。

 もちろん攻撃範囲が広域なので、俺も効果範囲にはバッチリ入っていた。


 両サイドには家が建っており、空いているスペースは俺の前か、反対側。そして上しかない。


 今さら回避し切れるわけもないのだが、ウォルターは空間の広い上に逃げた。

 そこが発想の限界だ。



 俺がアイツの立場なら、家の壁をぶち抜いて横に逃げる。

 それなら攻撃の威力も多少軽減できるだろうし、次に何を仕掛けてくるか、俺からは見えないのだから。



「スペックは凄まじいが、戦闘慣れしていないな」



 ざまあ見ろ。上に飛んだところで、広範囲爆撃からは逃れられねぇぞ。


 そんなことを考えた次の瞬間、隕石のような炎の塊が頭上から降り注いだ。



「ぐ、おおお!?」

「ははは! 流石にこれなら効くだ、ぐあっ!」



 もちろん俺も余波を食らったが、ウォルターには間違いなく直撃した。


 俺も地面を転がったが、本日二度目の受け身で素早く体勢を立て直して、再び逃走の体勢に入る。


 しかし背を向けた次の瞬間――奴は上空から急降下をしながら、即座に攻撃を仕掛けてきた。



『この程度で怯むと思ったか? クハハハハ!』

「邪神より硬いんじゃねぇのかコイツ!?」



 結局大した足止めにもならず、次は何を仕掛けようかと意識を逸らしたのだが。


 背後から迫って来ていたはずのウォルターが何故か前方から現れて、腕を伸ばしながら飛び込んできた。


 どうにか回避をしようとしたが、鋭い鉤爪かぎづめが俺の脇腹を切り裂いていく。



「うお!? 痛ってぇ……なんだよそりゃあ!」

『本気を出せばこれくらいは動けるのだが。まさか、遊ばれていることに気づいていなかったのかな? 無様に逃げ惑いながら、必死で策を練る貴様の姿は滑稽だったよ』

「チッ、イチイチしゃくさわる奴だな」



 憎まれ口を叩いてはみたが、絶体絶命だ。


 こんな速さで回り込まれては、逃走もままならない。



『引導を渡してやろう』



 ウォルターは右にいたかと思えば左へ。上にいたかと思えば下へ。

 瞬間移動と見紛うような動きを見せ始めた。


 そろそろ仕留めてやるとでも言わんばかりの動きだ。


 致命傷は回避しているが、逃げる隙が無ければ反撃する余裕も無い。じわじわと体力を削られてジリ貧になってきたのだが。


 しかし数分の間、ノロノロと逃げながら粘っていたところ。突然俺の身体が光り出して、傷がいくらか消えていった。


 別に覚醒したとかそういう話ではなく、遠方から回復魔法が飛んできたのだ。


 誰がやったのかと、俺もウォルターも光が差す方を見たのだが。



『貴様、ワイズマンの娘か!』

「ええ、ここからは私もお相手致します」



 エミリーが参戦したことで、ウォルターの意識は完全にそちらに向いた。


 隙を突いて極光の剣を突き刺してみるも――硬い皮膚に弾かれて刃は通らない。


 恐らく俺は苦しい表情をしているのだろうが、ウォルターはそんな俺を見て、邪悪な面をニタリと歪めて言う。



『何をしても無駄だが……ちょうどいい。あの娘を貴様の前で殺してやろう』

「止めろ! おいエミリー、早く逃げろ!」



 俺は悪あがきに攻撃を重ねるも、一向に通る気配は無い。


 ウォルターは俺を無視してエミリーに攻撃を仕掛けようと飛び上がったのだが。

 狙われた当の本人は、にっこりと笑っていた。



「私が現れたら、アラン様の前で惨たらしく殺そうとするでしょうね。……ええ、思った通り・・・・です」

「……なっ!?」



 彼女が手を挙げれば、クリスが作ったと思しき魔道砲が路地から十数基も出てきた。


 何人かは顔を見たことがある。大砲を押しているのはワイズマン伯爵家の私兵たちだ。



「ふふっ、まさか本人に使うとは思いませんでしたが。作ってもらった甲斐がありましたね」



 俺は驚いたが、ウォルターはそれ以上に驚いている。


 地上からの砲門は既に、全てウォルターに狙いを定めており――。




「撃ちなさい」




 エミリーが号令をかけた瞬間。魔道砲が一斉に火を噴いた。


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