第百十八話 戦闘開始
「おい、そっちから上がってきてんぞ!」
「手投げ弾を寄越せ! ぶっ飛ばしてやる!」
魔道具の一斉射撃から始まった戦端は、泥沼の様相を呈していた。
いくら倒しても屍の山を踏み越えて、敵は一直線にこちらを目指してくるのだ。
防衛拠点にいる俺たちが有利のはずが、怒涛の進撃を前に押され気味だった。
「南側の第一防壁、突破されます!」
「自爆させろ!」
「東側は第二まで来ましたぜ!」
「そっちも自爆だ! 東側が崩れそうなら出城を捨てる!」
スラム街は王都の東側にある。
そのスラム街から更に東へ行った丘の上に城を築いたのだが、想定よりも早く突破されそうだ。
俺が伝令を出してからすぐに、南と東で派手に爆発が起きた。
これでいくらかは足止めできるだろうが、防衛機能が低下したことは間違い無い。撤退の判断は間違わないようにしなければ。
当初の想定では一日ここを守る予定だった。
敵の数を見てからは半日ほど防衛する予定に切り替えたが、この分では持つかは怪しい。
どういうわけか南北へと続く迂回路には全く敵が流れず、五千近い敵のほぼ全てが真正面から殺到してきているのだ。
「王都の防衛隊が遊んじまってるな」
「全部突っ込んでくるとは思いませんでしたが……狭い道に殺到してくれる分、戦果は凄いことになっていますね」
身動きが取れないほど密集して攻めてきているので、こちらの被害が大きい分だけ敵の被害も甚大なようだった。
しかし「原作」ではヒロインがアランと共に五連戦して終わりなのだが、目の前にいる敵は大体五千くらいだ。
何の備えも無くこんなものが流れ込んできたら、スラム街など防衛する間も無く飲み込まれるだろう。
「原作」では敵を倒した後にいくつか復興イベントがあるくらいの被害で収まることを考えても、この状況は絶対におかしい。
そう思いつつも、今は戦うしかない。
「魔法部隊はそろそろもう一度出るぞ。退却前にデカいのを食らわせてやる」
本格的に戦い始めたのは昨日の夕方だが、東の空から朝日が昇りつつある。
どうにか夜間の退却は避けられたので、それは良しとしよう。
後の作戦は、魔法が使える奴らと魔道具が使える奴らを搔き集めて、大規模な打撃を与えて戦列を乱す。
その後少しばかり敵を防いだら、城に火を放って退却だ。
「千くらいは削れたな」
「……厳しいですね。退却の時に何匹巻き込めるかが勝負か」
突貫工事で作った城にしてはよく持った方だが。
当初はスラムに築いた防壁で、数百体の魔物を迎え撃つ算段だった。
それでもギリギリな計算だったのだから、四千近い魔物が押し寄せてくれば耐え切れない可能性が高い。
「後は王都の守備隊がどこまで動けるかに期待するしかない、か」
「アラン様ァ! あっちの方で主砲の設置が終わったとか言ってましたぜ!」
「よし、親分は発射のタイミングを指示してください。残りの奴らは攻撃を仕掛けた後にすぐ退却だ」
「本当に、なんでこんなことになったんだか……」
本来であれば最後までお蔵入りさせておきたかったところではあるが、クリスから受領した大砲をスラムまでの道すがらに持って来させた。
以前マリアンネが脱走した研究所の近くにある林に隠して、伏兵として置いておくことにしたのだ。
魔物が追撃に来たら、先頭から順に跡形も無く消し飛んでもらう。
……半径五百メートルが灰になるなら、相当の被害を出せるはずなのだが。魔物は整然と行軍してくるわけではないので、果たしてどれだけ巻き込めるか。
「まあいい。それじゃあ親分、後はよろしく」
「おう、そっちも気をつけろよ」
最後の攻撃を仕掛けるべく俺は東門へ向かい、親分は西へ向かった。
色々と読めない部分が多く、上手く指揮ができているかは怪しい。
だが、俺は騎士でなければ指揮官でもない。ギャングスターにこんな役割を任せることがおかしいのだ。
ここまで本来の流れから外れているなら、物語の神様が降臨して八割くらいの敵を薙ぎ払ってくれないかなぁ。
なんてことも考えたが、イベントが起きること自体は「原作」通りなのだ。恐らくクロスからの介入は無いだろう。
東門に到達した俺は、諦めて魔法の準備に入った。
「なんだっけコイツ! 腕が太いゴブっふぁ!?」
「おい、何かデカいのが来てるぞ!」
ホブ・ゴブリンにぶん殴られた私兵の一人が空を舞う。
スラムを囲う防壁まで退却した俺たちは、白兵戦を強いられていた。
街を囲うほどの広さは無いが、敵は一直線に攻めてきているのだ。
ただ矢倉が付いた壁があるだけでも十分に防衛効果はあったのだが、依然として敵の勢いは衰えないでいた。
「新入りは小物を狙え! デカブツは……親分、お願いします!」
「こき使い過ぎだ! 年長者をちったぁ敬えってんだ!」
戦闘力が攻略対象並みのアルバート様と組んでいただけあって、親分はそれなりに戦える。クリス謹製武具を装備した親分をフルにこき使い、何とか劣勢くらいで収めているのだが。
「本格的にマズいぞおい」
王都の守備隊はロクに動かず、市街地の方を守り続けているし。王都に残った貴族と私兵たちはもちろん引き籠っている。
当初は俺の私兵と守備隊を合わせて四千対、魔物が千くらいの想定だったが。蓋を開ければ三百対五千になっていた。
いくら何でも戦力差に開きがあり過ぎて、対処が効かなくなってきた頃だ。
「アラン様ァ! 右の方で弾薬が底をつきましたぜ!」
「後方部隊は右に弾薬を送れ!」
「あ、違う! オイラから見て右です!」
訓練をした騎士ならばこんなやり取りもないはずだが、俺たちは高性能な武器を持っただけの素人だ。
こうしたロスタイムが積み重なる度に、戦況は悪化していった。
「えっと、左。いや、西の方向に送れ!」
「アラン! 避けろ!」
「は? ぐあっ!?」
指揮のためによそ見をしていた俺の前で、派手に火花が散る。
敵軍からの魔法攻撃が飛んできたのだろう。爆発を伴った熱風に吹き飛ばされて、私兵たちに続いて俺の身体も宙を舞うことになった。
「痛ってぇ……何だってんだ畜生」
日頃から受け身の訓練をしてきただけあって、素早く体勢を立て直すことはできた。しかし、魔法攻撃ができる魔物は相当なレベルのはずだ。
どこから撃たれたかを確認しようと辺りを見渡せば、太陽を背にして浮かぶ、漆黒の悪魔がニタリと笑っていた。
「
「原作」で言えば、推奨レベル70ほどの敵だ。
――今の俺ではまず間違いなく勝てない。
俺どころか、今の段階でアレに勝てるとすれば陛下かガウルくらいのものだろう。
私兵の攻撃を集中させて、二十人がかりくらいでならどうだ。と考えていれば、その悪魔は俺に向けて嘲りの表情を見せた後。
『いいザマだな、レインメーカー』
「……その声は」
『覚えていてくれて嬉しいよ。本当にね』
姿や恰好、喋り方は全く違うが。声はウォルターのものだった。
この状況でこんな奴が出てくれば、俺だって流石に察する。
今回の件は、コイツが糸を引いていたのか、と。
「なるほど、どこまでも祟ってくれるな」
『こちらの台詞だ。余計なマネばかり……まあ、問答は必要あるまいね?』
「ああ、そうだな」
俺は変わり果てたウォルターと対峙して、数秒後にウォルターが攻撃用の魔法陣を出現させた瞬間。
振り向いて、全力で走り出した。
わき目も振らずに一直線に、奴とは反対側に走る。
全力の逃亡である。
『なにっ! レインメーカー、貴様!』
「テメェなんざ相手にしてられっか! 野郎ども、撤収だ! 全部起爆しろ!」
選んだ道は逃走だ。
下手に上級悪魔なんぞと戦えば一気に戦線が崩壊するのだから、こうなったら王都の市街地まで引きずり込んで、敵を衛兵隊や貴族の私兵になすりつけるしかない。
どれだけ敵が憎らしいと言っても、勝ち目が薄い戦いに、敢えて挑むことはないだろう。
俺の私兵とスラムから応援に来たチンピラたちが武器を全部放り投げて、数秒後に敵陣で大爆発が起きた。
持ち場を放棄して逃げ出した私兵たちに紛れながら、俺も真っ直ぐに礼拝堂へ向けて退却を始めた。
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