第百十七話 究極の自爆戦術



「戦闘準備は終わったぞ」

「ありがとうございます、親分。急ごしらえですが……何とか形にはなりましたね」

「形にゃなったが、こいつは酷いな」



 王宮から討伐令が宣言されてから一週間が経った。


 王都の貴族たちも私兵を率いて魔物討伐に出発したし、その中にはハルとラルフ――そしてメリルの姿があった。


 メリルは結局ハルと一緒に戦うことを選んだようだが、下手に妨害すれば戦いそのものに影響を与えかねない。だから泣く泣く見送った。


 こればかりは仕方がない。

 「原作」通りの流れでもあるので、送り出すしかなかったのである。



 そして、その後数日も経たないうちに。快勝の報告が続々と届いた。

 ラルフの実家であるシルベスタニア家が指揮を執り、順調に魔物を撃退しているとのことだ。


 今となっては「原作」と違う部分も沢山あるので、敵を野戦で全滅させてほしいところではあったのだが――やはり、そこまで甘くはない。


 スラムに築いた出城のやぐらから郊外を見渡せば、そこには雲霞うんかの如き魔物の大群が姿を見せ始めていた。



「あの数は予想外だな。千や二千じゃきかんぞ」

「……エミリーの想定よりも大分多いですね」



 しかし、やるしかない。世界の法則システムが乙女ゲーム準拠だろうと、現実は現実。


 死んでしまったらおしまいだ。


 当初の目標通り、主要人物の死亡を避けることはもちろん、大怪我すら負わせずに完全勝利を目指す。


 とは言え格好つけすぎたところはある。


 群れの規模は思ったよりも大きいので、支援に回す分は少し減らすべきだったかもしれない。



 敵の数は目算で五千を下らない勢力だが、王都に残った守備隊は三千ほどと聞く。


 俺を含めた貴族の持つ私兵も三千ほど居るはずだから、数はやや優勢なのだが。


 困ったことに私兵は主の館を守ることだけを考えているようなので、王都の守備隊と俺の私兵くらいしか戦力に数えられない。


 せめてクライン公爵家の私兵団がいればと思うが、そちらは遠征部隊に組み込まれた。

 使える駒は全て出揃ったので、後は総力戦である。



「しかしこんな大群を見落とすか。見張り役は何をやってんだろうな……現実的に」

山間やまあいからいきなり出てきたらしいぞ。衛星都市は素通りで一直線に向かってきているらしい」

「王都に美味しいエサでもあるんですかねぇ」



 魔物の知性など軒並みお察しなので、普通は目の前の獲物へ全力で突進していくものなのだが。

 このイベントに限っては何故か、周囲へ目もくれずに王都へ殺到してくるのだ。


 王都襲撃の報は前線にも届いた頃だろう。


 三日ほど粘れば一隊は帰って来られそうなものだが――守備力ゼロの王都で戦うのだから、どうしても短期決戦になる。



「メリルも案の定ハルの方に行ったみたいだし。こんなことならクリスとパトリックも呼び戻せばよかった」

「一人や二人増えたところで焼け石だろ。ほら、今のうちに飯でも食っとけ。戦いが始まったら休憩なんてねぇぞ」



 それもそうかと思い、俺は親分の後に付いて行く。


 少し歩いて、スラムの女性陣が炊き出しを行っているエリアにまで引っ込むことにしたのだが。そこでは老若男女問わず、忙しく動き回っていた。


 手当を出していることはもちろんだが。住み家を失う寸前とあって、今までに無い団結を見せている。


 普段からこれだけ働ければスラムから抜けられるだろうに。というのはさておき。



 食材の手配も設備の用意も設営も、全ての費用が俺持ちだ。


 大金を稼いではバラ撒いてすっからかんになるのを繰り返しているが、もう何度目だろうか。


 卒業後の進路は分からないが、貴族の結婚は早い。もしかしたら卒業と同時くらいには結婚するかもしれないのだ。


 エミリーと結ばれた後はこんなに無駄遣いはできないし、マリアンネの件も来年中には決着を付ける必要があるだろう。



「終わった後もやることばかりか……」

「戦う前から事後処理のことを考える奴は大体すぐに死ぬんだよ。ほら、スープだ」



 スラム名物、具なしスープかと思いきや。中には肉と野菜がギッシリと詰まっていた。

 兵糧に手を付けるなど裏切りにも等しいので、今日ばかりは材料を盗んだりする者もいなかったようだ。


 腹ごしらえを始めた俺の前で地図を睨んでいる親分は、最終確認とばかりに。丸が付いた出城を指して言う。



「開幕は本当にあの戦法でいいのか?」

「ええ。出城で叩けるだけ叩いて、侵入されたら城中に仕掛けた爆薬に火を付けて。とにかく遠距離攻撃の時間を稼ぎます」

「小せぇとは言え、城を使い捨てにするなんてなぁ」



 建築費金貨二万枚の建物を、一日で使い捨てにするというスケールの大きい作戦だ。築き上げた防壁も、各種武装も建物にも何もかも、用意した全ての物に自爆機能が付いている。


 壊されそうになったら、むしろ自分から破壊して魔物を道連れにする仕様。


 これが究極の自爆戦術だ。


 今日まで準備してきたものは、今日明日で全て使い切るつもりでいるのだ。

 生きてさえいれば金はまた稼げるので、なりふり構わず勝つことだけを考えればいい。



「親分、勝てばいいんです。それが全てです」

「自称裏社会の帝王が、小悪党みたいなことを言うんじゃねぇよ。……ん? おい、アラン。婚約者のお出ましだぞ」

「え?」



 親分が指す方向を見れば、エミリーが居た。


 掃き溜めに鶴のような清楚さで佇んでいるのだが、彼女もダンジョン攻略用の装備である。言い換えれば戦闘用の装備だ。



「何してんだ! ここは危ないから家に居ろよ!」

「安全な場所など、王都のどこにもありませんよ。私も、私にできることをします」

「それでも、ここよりはいくらかマシだと――」

「後方支援に徹しますから。ね?」



 最近になって知ったが、彼女も意外と頑固だ。


 もう用意を整えているようだし、今更追い返すのは無理だろう。


 諦めて首を振ってから、俺は一応の念押しだけで終わらせることにした。



「はぁ……危ないことはするなよ」

「もちろんです。アラン様も危なくなったら大聖堂に避難してくださいね」

「大聖堂?」



 デートスポットを粉砕するべく解体する予定だったが、この騒動でメリル妨害計画もストップしている。


 確かに作りは頑丈だろうし、スラム街と大通りの中間くらいにあるので、逃げ込みやすくもあるのだが。



「そちらにも備えをしておきました。ロベルトさんが協力してくださいまして」

「……おう、確かにやったな。色々と」

「うーん……まあ、エミリーと親分がやることなら間違いは無い、か? 分かった。何かあればそこに逃げ込ませてもらおう」



 にっこり微笑むエミリーと、何とも言えないような渋い顔の親分が対照的な顔を作っていたが。


 そうこうしているうちに、敵襲を告げる鐘が鳴る。



「そろそろ始まるか。行きますよ親分」

「……色々言いたいことはあるが、そうだな。後のことは後で考えりゃあいいか」

「そうですね、うふふ」



 後方にエミリーが居るなら、なおさら魔物の群れは通せない。


 クリスが作り上げた最高の武装を手に、俺は私兵団に向けて宣言をする。



「野郎ども、時間だ! 死にたくなけりゃあ死ぬ気で持ち場を守れ! ――始めるぞ!」



 あちこちから上がる野太い掛け声と共に、俺も前線へと移動を始めた。


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