第百九話 そう言えば、そんなものもあったな



「えー、では。その、なんだ。乾杯しようか」



 戸惑った様子のアルバート様から、何とも言えない乾杯の挨拶があった。


 今日は公爵邸に、陛下と王子二人を迎えてパーティを開いているのだが。

 これが何のパーティかと言えば、俺の出所祝い・・・・だ。



「まさか本当に逮捕されるとはなぁ……」

「やり過ぎだよアラン。また寿命が縮む思いをした」



 数々の暴言に加え、王子にジャイアントスイングをかますなどという暴挙に打って出た俺は、不敬罪にて本当に収監されることになってしまった。

 だが、結果だけを見れば二日間拘留されただけなので、意外に早く出て来られて何よりだ。


 本来なら執行猶予付きの懲役に科せられるところだったのだが、五年前に貰った、ある紙が役に立ったのだ。 











 今回も貴族用の牢屋に入れられた。

 練兵場から王宮の地下に直行して、俺の身柄は騎士から看守に引き渡されたのだが。看守は誘拐事件の時と同じ、例の気安い若手騎士だった。



「ああ子爵、お帰りなさい」

「……ただいま」



 こんなやり取りがあったのだから、もう俺も苦笑いするしかなかった。


 ……ちなみに部屋の鍵は陛下が握り潰したまま、修理がされていないようだ。

 騎士と共に俺を護送しに来た宰相からは。



「独房内に限りフリーパスで出歩いて良い。今のうちに他の囚人と交流でも深めたらどうか」



 という、有難いお言葉をいただく始末だ。

 言外に「どうせまた戻って来るんだろ?」と言われた気がするのだが。

 俺もそうなりそうだと思っているので、これには何も言えなかった。



 さて、一日置いて裁判が始まったのだが。



「審理を開始する。被告人のアラン・レインメーカー子爵から、第一王子エールハルト殿下への暴行。及び、第一、第二両殿下への暴言についてだ」



 と、宰相が審理の開始を宣言した瞬間。会場内の意見が真っ二つに割れた。


 忠誠心が薄いはずの北部貴族から処刑嘆願が出て、忠誠心が篤いはずの中央貴族からは減刑嘆願が出るという、謎の状況に置かれたのだ。


 王子に無礼を働いたのだから、普通は逆になると思うのだが。


 北部貴族にはウォルターの件で恨みを買ったのだろうし、中央貴族は第一王子派閥の中核である俺に媚びを売りたいという思惑が見えた。


 特に、昨日まで敵対的な関係だった第二王子派閥の貴族からは熱い弁護が飛んできたのだが。

 これはハルを中心にした国造りが始まりつつあると考えても良いのだろうか?



 さて、三十分ほど侃侃諤諤かんかんがくがくの議論が交わされたのだが。


 執行猶予付きの懲役刑で話が纏まりそうになった時――ふと、陛下が口を開いた。



「アランよ。素直に罰を受けようとする姿勢は殊勝。だが、アレは使わんのか?」

「アレ……で、ございますか?」



 何のことだろうと思い、記憶を辿る。

 陛下と俺の間にあるエピソードは、数こそ多くないが強烈なものばかりだ。


 この場面で使えそうなものを考えた時――正解にはすぐに思い当たった。



「あっ! 諫言御免状!」

「ようやく気づいたか」



 陛下はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているが――五年ほど前、俺は彼から一枚の免状を貰った記憶がある。


 そう言えば、そんなものもあったな。

 と、俺自身、貰ったことを全く忘れていたわけだが。


 いついかなる時、どんな身・・・・分の者・・・に対しても、好きな形で・・・・・文句を言っていいという権利書を所持しているのだった。

 クローゼットの肥やしになっているが、別に有効期限があるものではない。今現在も問題なく使えるだろう。



「ですが、これは適用範囲内なのでしょうか?」

「対象は誰にでも・・・・だぞ。当然余も含まれておるのだから、息子が含まれぬはずがあるまい」

「では、免状の権利を行使するということでよろしいですかな?」



 ウィンチェスター侯爵が確認してきたので、俺は首を縦に振る。


 いつでもどこでも誰にでも、どんな方法であっても諫言を許す。だったか。

 説教をするために言葉遣いが粗くなり、ハルには強めの折檻を行ったという解釈ならば、確かに免状の範囲内だと思う。

 詳しい文面は忘れたが、陛下が許可するなら使わせてもらおう。



「陛下、それはいくら何でも。あの免状一枚で不敬罪が許されるなどと……」

「馬鹿な息子を諫めるため、体を張った忠臣を罰しては暗君が生まれるぞ」



 横で見ている宰相が、今にも怒鳴り出しそうな顔をしているのだ。

 この処置には明らかに不満を持っている。


 これ以上の抗議が飛んでくる前に、さっさと終わらせてしまえとばかりに。

 その後は淡々とした、流れ作業で審理が終了した。


 こうして俺は、免状を盾にして難局を乗り切ったのだ。









「あんな紙切れ一枚で罪が許されるとはなぁ……」

「本来は、リーゼと殿下に絡んでくる高位貴族を撃退するために与えたんだけどね……」

「そのようなご事情が」

「まあ、アランが無事なようで何よりだわ……」



 俺がポツリと呟けば、公爵夫妻は疲れた様子で答えた。


 俺が不在の三日間で、派閥間の融和を図るために走り回っていたそうだ。

 ついでにリーゼロッテが決闘を扇動した件なのだが。



「ね? 殴り合った方が早かったでしょ?」

「そうだね。これが拳で語るというものなのかな」

「……公爵家の令嬢が言うことではないが、な」



 彼女が何故そんなことを提案したのかと言えば……まあ、そういうことらしい。


 ストレスを溜め込むくらいなら、いっそ殴り合え。

 文句があるなら拳で語れ。拳こそ言葉だ。

 己の魂を載せた拳は、口よりも雄弁に物語る。とのことだ。


 実際に多少の友情は生まれたようなので、結果だけを見れば正解と言えるが。もう少しで国が滅びる事態に発展するところだった。

 それに、何だかサージェスまで脳筋の里に入植してしまった感がある。


 全身に包帯を巻いてはいるが、いつも通りの爽やかな笑顔を浮かべたハルと。

 捻くれ具合が一周して、ただのツンデレと化したサージェスを見れば、ガス抜きが成功だったのは理解できるが。



「……やり過ぎだ。あのバカ」



 模擬戦とか試合とか。もっと穏当な手段は取れなかったのだろうか。


 俺がそんな感想を抱いていれば、ワイングラスを片手に陛下がやって来たので、こちらも会釈をして出迎えた。



「丸く収まった。というところか」

「これから先は、少々荒れそうですが」

「その程度は些末なことよ。……アラン。今回の件は感謝している」



 ワインを飲みながら感慨深げな表情をしている陛下の、視線の先にはリーゼロッテたち三人がいる。



「あの様な光景が見られる日が来るとは、な。全く、貴様がおると退屈せん」

「私は何もしていません。いつか、自然とこうなる時が来ていたはずです」

「そうかな。リーゼロッテの影響も大きいが、貴様が与えたものも少なくはない」



 評価は嬉しいのだが、このお方から評価をされ過ぎると、大抵は後で酷い目に遭う。

 評価が上がるほど苦難も増えるのだ。


 ……俺、名目上は子爵だから、もうこれ以上出世しなくていいし。

 金も稼ぐだけ稼いだから、そろそろ引退したいと思っているところなのだが。


 目の前で楽しそうに笑う王様の様子を見る限り、俺の受難はまだまだ終わりそうにないようだ。



「人の評価などそれぞれだ。……自分がどう見られているか、実感してくるといい」



 そう言って陛下が俺の背中を押し、三人の方に押し出されることになったのだが。




 ――どうしてこのタイミングなんだよ。




「王になれば使用人などいくらでもいるだろう。奴は貰っていくぞ」

「アランは必要な人材だよ。リーゼの執事でもあるしね」

「……次はアランの身柄を賭けて決闘するか?」

「おっ、いいわね。アラン争奪戦! 私も参戦する!」



 三人は俺の身柄を誰が所有するかで揉めているところだった。

 誰も彼も、俺を便利にこき使うことしか考えていないように見えるし。ここで俺が登場したら確実に藪蛇だ。


 ……しかし、このまま放っておけば俺を巡って、また決闘が始まってしまう。


 このまま話が進むとロクなことにはならないと確信した俺は、ヒートアップする前に止めようとしたのだが。



「アラン、俺と共に来い。王宮は窮屈だぞ?」

「重要なポストは、信頼できる人間に任せたいんだ」

「アランは渡さないわ。私のトレーナーなんだから!」



 矛先が一斉にこちらへ向いた。

 若干一名、俺に期待している役割が違う奴がいるのだが。



「これじゃあ俺がヒロインじゃねぇか」



 止めて、俺のために争わないで……ってか?

 馬鹿を言うな。それはメリルの立ち位置ポジションだ。



 俺は、そんなことを思いつつも。

 アラン争奪戦とやらの計画を潰すためにはどうしたらいいか、いつも通りに考えを巡らせ始めた。



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