第百十話 大団円なのだろうか?
「そう言えば、結局決闘の要求って何だったんだ?」
「あら、アランは知らなかったの?」
「生憎、途中で牢屋にぶち込まれたもんでな」
決闘の要求は何があろうと叶えられなければいけない。
「何でも一つ言うことを聞かせる」という何でもアリの約束をしたのだから、その後は非常に気になるところだ。
「要求は王位の辞退だね。僕が王位を継ぐことになったよ」
「ま、順当な結果だな。変な要求を突き付けなくて何よりだ」
「アラン様。口よりも手を動かして下さい。ほら、作業が遅れていますよ」
「へーい」
俺とリーゼロッテとハルがどこで話をしているのかと言えば、魔道具屋の事務所――公爵家の迎賓館――だ。
俺たちは帳簿と格闘し、書類仕事に追われていた。
メガネをかけたタイトスーツ姿のマリアンネから、時折ダメ出しを食らいながらのお仕事である。
「殿下。都市国家の有力者に宛てた手紙なのですが、進捗はいかがでしょうか?」
「それなら午前中に全部仕上げたよ。処理済みのカゴに入れてある」
「では次の案件ですが……」
何故俺だけでなく、王位継承が決まった王子と公爵家のご令嬢まで働いているのかと言えば、まあ、ただのバイトである。
ハルは俺から押し売りされたポーションを弁償するために。
リーゼロッテは暇潰し……もとい、「資金力」のパラメータを鍛えるため、とでも言おうか。
王子をその辺のパン屋でバイトをさせるわけにもいかないので、俺の会社で雇ってみたのだが。流石に英才教育を受けている王子は有能だった。
俺の仕事がみるみるうちに減り、普段の倍速くらいで片付いていくではないか。
「なあ、ハル。お前俺の秘書になる気ない?」
「うーん、もしサージェスとの決闘で負けていたら、それも良かったかもしれないね」
「……今からでも物言いを付けたいくらいだ」
ハルがフリーになるのなら、是非スカウトしたいと思うのだが。
そう言えば、サージェスの今後はどうなるのだろう?
「サージェスは公爵になるんだよな?」
「僕が王になってからの話だから、二年後くらいにはなるけどね」
二公五侯爵のアイゼンクラッド王国が、三公五侯爵の体勢に変わるのだが。
「バランスが悪いから侯爵家も一つか二つ増えるんじゃないかって、どこも殺気立ってるわね」
「クライン公爵もそこは無関係ではないからね。できればワイズマン伯爵辺りに昇格してほしいのだろうけど」
政治のお話など、俺には分からない。
会計の書類ですら、遅い仕事をした末にやり直しを食らうレベルの頭脳なのだ。
不得意分野はプロに任せよう。
差し当たり、俺には交渉窓口になってくれるマリアンネがいるのだから、彼女に任せれば問題はないはずだ。
そう思い彼女の方を見れば、プイと顔を背けた。
「……ご機嫌斜めだね、どうも」
「そりゃあ、逮捕されて入院して、また逮捕されてを繰り返したんだもの。心配かけ過ぎよ」
「リーゼロッテからそんな説教を食らうレベルか……」
エミリーにもそうだが、彼女にも世話になりっぱなしだ。
……近いうちに何らかの形でお返しをしておかないと、利息がエライことになりそうだな。
などと思っていれば、ノックもせずにサージェスが現れた。
「ここがアランの城というわけか」
「殿下。関係者以外立ち入り禁止となっております。ご用がおありでしたら、まずはアポイントをお取り下さい」
「ふっ、俺を誰だか知った上での物言いか。アランの部下なだけは――」
「やり直しです。守衛。一度摘まみ出しなさい」
「へへっ、合点でさぁ」
サージェスが大物ぶっていれば、マリアンネは無情にもチンピラたちを
両サイドを強面のスキンヘッドの男と、派手なモヒカンの男に抑えられ。
両手を持ち上げられて、サージェスはずるずると引きずられていく。
「遠慮が無いな、貴様も」
「ここはアラン様の城ですので、
「くっく、なるほどな。では、
「あの……マリアンネさん? 俺の名前を使って王族に喧嘩を仕掛けないでほしいんだけど」
俺がそう言えば、彼女は頬を膨らませていた。
少し子どもっぽくて可愛らしいのだが、「怒っています」という意思表示だろうか。
「アラン様。ご友人とお話しになるのでしたら、職場の外でお会い下さい」
「へいへいっと。んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「あ、少々お待ちを。襟が立っています」
今日は少し冷えるので羽織物を着たのだが、襟がめくれていたようだ。マリアンネが直してくれたのだが。
「あらあら、青春ねぇ」
「うん、いい構図だね」
王子と公爵令嬢はニヤニヤしながら見ている。
横からの視線に気づいたのか、マリアンネは慌てて距離を取り、又してもそっぽを向きながら言う。
「ま、まあ。お仕事の話になるようでしたら、ここでお話を伺っても構いませんので」
「早く戻ってきてほしいってアピールかしら?」
「なるほど、そういう見方もあるのか」
いたたまれなくなった俺はとっとと部屋を出たのだが、閉まる扉の向こうからは「あなたたち、仕事をしなさーい!」という、マリアンネの声が聞こえてきた。
……俺の周りにいる人間は皆、階級の意識が薄いようなのだが。
これ、俺のせいじゃないよな? と思いながら、俺は迎賓館の玄関に向かった。
「意外と早かったな」
「王子を待たせるわけにはいかねぇだろ。で? 用件は何だ?」
「せっかちな奴だな。少しは雑談を覚えろ」
「貧乏暇なしなんだよ」
メリルへの妨害作戦で総資産の九割九分を失っているので、今の俺はそこまで裕福ではない。少なくとも預金残高的には。
さて。俺がそう言えば、サージェスは手に持った革袋を差し出してきた。
袋からはじゃらじゃらと音がしているので、中身は多分硬貨だと思う。
「そうか。では、貧乏人にはこれをやろう」
「これは?」
「ポーションの代金だ。金貨が六枚と、銀貨で四百枚ほどだな」
銀貨三十枚で金貨が一枚といったところだ。
金貨四、五枚出せば買える薬なので、金貨六枚だけでもお釣りがくる。
「少し多くないか? いやまず、どうやって稼いだ」
もちろんサージェスにも王子の仕事はあるので、働けるとして週に十時間くらいだろう。
時給で金貨一枚弱を稼げる仕事など、真っ当なものではないと思うのだが。
「怪しい仕事はしていないぞ? 国外から来た行商団が通訳を探していたのでな。間に立って交渉をしただけだ」
「通訳の仕事ってそんなに稼げるのか」
英才教育を受けているのはこいつも同じだったか。確かに技能給があれば、中々の時給になるだろう。
……しかし、それを考慮しても少し早すぎる。
ハルとてそこそこいい給金で働いているが、それでも休日や放課後の短い時間に少し働くだけなので、一ヵ月半くらいで返す予定になっているのだ。
「……怪しい薬の密売とかじゃないよな?」
「普通の貿易商だ。交渉で利益が出た分の一割を要求したら、あっさり稼げたぞ。……まあ、交渉相手もそれなりの商人だ。俺の正体を知った上での価格かもしれんが」
王子から値切り交渉、又は値上げ交渉をされたら、大抵の商人は応じるだろう。
断ったら後が怖すぎる。
「自分から立場をチラつかせたわけでもなし。課題はこれでいいな?」
「釈然としねぇが……働いて稼いだ金には違いないか」
できれば肉体労働で額に汗してほしかったのだが。まあ、仕事のジャンルを指定したわけではない。
……ハルにせよサージェスにせよ、スタイリッシュな方法で金を稼ぐのは何故なのだろうか?
攻略対象の中で肉体労働をするのは、もしかするとラルフくらいかもしれない。
思惑が外れて渋い顔をしているであろう俺とは対照的に、サージェスは意地の悪い笑顔を浮かべている。
「交渉事というのは、中々やりがいがあるな。国王になる道も無くなったことだし、将来は外交官でも目指そうか」
「ま、いいんじゃねぇの? 前向きなのはいいことだ」
俺が革袋を懐にしまうのを見届けて、サージェスは颯爽と席を立った。
ただ椅子から立ち上がり、歩いていくだけで絵になるのだからズルい。
まあ俺も顔面偏差値は高い方だと思うし、あんなに可愛い婚約者と、婚約者候補がいるのだから負けてはいないか――と謎の対抗意識を燃やし始めたのだが。
そう言えば彼の行動で、一つ気になるものがあったことを思い出した。
中々会う機会も無いので、俺は去っていこうとする彼を呼び止めて聞いてみる。
「なあサージェス。どうして地下ダンジョンで、初代王の遺産を壊したんだ? アレを使えば、王にもなれただろうに」
「伝説級の法具があれば、俺を王位に押せる。そんなことを考える奴もいた、ということだ」
サージェスの側近が、一発逆転を狙って初代王の遺産を探していた。そういうことなのだろう。
その目論見を砕くということは、つまり――
「王様、なりたくなかったのか」
「そうだな。最終目標はエールハルトに王位を押し付けて、悠々自適に暮らすことだった」
「……本気で言ってんのかよ」
「まあ、王になりたいと思ったこともあったが、それも小さい頃の話だ」
決闘では負けたが、結果として目標は達成されている。
ハルは王位や期待が重いと言っていたが……見方によってはこの兄弟、国王の座を押し付け合っていたのか? とすら思える。
「これくらいの絵が描けないようでは、外交官など務まらないだろう。……俺は俺なりのやり方で、あの情けない男を支えるとするさ」
「素直じゃないねぇ」
結局のところ、サージェスは派閥争いの道具にされることを嫌い、お兄ちゃんとお父さんにもっと構ってもらいたかっただけのガキだ。
……だが、今の彼を見ていると、少しだけ大人になったのかな。
なんてことも思う。
「そうだ。こちらも一つ伝え忘れていた」
「ん? 他にも何か?」
「ああ、俺の方でアランをレインメーカー
「え?」
今までの会話から、全く脈絡が繋がっていない。
そもそも俺は昇進したいだなどと、ただの一度も思ったことがない。
「ワイズマンあたりが侯爵になれば、エミリーと婚約をするにも箔が必要だろう? 少なくとも名誉子爵ではつり合いが取れないからな。俺の気遣いに感謝しろ」
「あ、ちょっと待て、サージェス!」
このニヤニヤ笑いを見る限り、俺が昇進することによって更なる無茶ぶりをされることを見越しているのだろう。
王子が推薦しただけで昇爵するなどあり得ないが――ウィンチェスター侯爵やら、第一王子の取り巻きになりたい貴族やらが賛同すれば、どう転ぶか分からない。
噂通りに伯爵家が一つ減るのなら、俺の昇格だって現実的に無くはないのだから。
「アラン。お前も一度昇進してみろ。そうすれば、俺たちの苦労が少しは分かるかもしれんぞ?」
「この野郎……!」
「精々頑張ることだな。はーっはっはっは!」
多少成長したかと思ったが、前言撤回だ。
俺があくせく働く姿を想像して、高笑いをしている目の前の男は。どこまで行ってもへそ曲がりで
……多少キャラが変わったことは否めないが。
まあ、一応これで大団円なのだろうか?
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