第百八話 幕引き



 決着がついた瞬間。第二王子派閥と思しきグループの人間が、一斉に動き出した。

 この場にいるのは騎士以上の身分を持つ者だけだが――練兵場の外で待機している私兵を動員するつもりなのだろう。



「旦那様。如何なさいますか?」

「実のところ、全く問題ないと思うよ。私たちの出番も無いだろうね」

「と、言いますと」



 アルバート様の視線の先を追えば、そこには先ほどよりも幾分か機嫌の良さそうな陛下の姿があった。


 が、そのご機嫌は急転直下だ。


 顔が突如として険しくなり、動き出した貴族たちに向けて、視線だけで人を殺せそうな睨みをきかせる。



「貴様ら、どこへ行く」



 別段大きな声を出しているわけでもないのに、全員の動きがピタリと止まった。



「まだ勝者の名乗りも、要求の宣言も無いというのに。無粋ではないか?」

「あ、へ、陛下……」



 何も悪いことをしていない俺まで背筋が寒くなる。

 何かを企んでいた人間は、今どんな気持ちなのだろうか。



「ええい、何を怯んでいる! サージェス殿下が敗北したのだ。今すぐに――」



 威圧感にもめげずに何らかの行動を起こそうとした中年の男がいたのだが。

 陛下は練兵場の入口に向けて、椅子の脇に置いてあった槍を放り投げた。


 投擲された槍は、当然地面に刺さる――というか、地面を根こそぎ吹き飛ばした。


 どういう腕力をしているのか。

 何故、ただ投げられただけの槍が爆発したのかは知らないが。

 綺麗に整地されていた地面に、半径五十メートル、深さは……恐らく四メートルほどの大穴が出現した。


 そう言えば去年の夏に海へ行った時。

 ただの木の棒でスイカ割りをして、砂浜にクレバスを作っていたな。などと、現実逃避の走馬灯が見えた気がした。


 陛下は中年貴族に向けて、底冷えするような恐ろしい声で尋ねる。



「今すぐに――何だと?」



 ただ物を投げただけで、この大惨事だ。

 第二王子派閥というか。この場に集まった全員でかかっても、一瞬で消し炭にされる未来が見える。


 中年貴族の額からは一瞬で汗が噴き出し、恐怖で奥歯をガチガチと鳴らしながら、彼は震える声で言う。



「け、決闘は無事、終わったのですから。い、今すぐに。宴の用意を。その、仲直りの」

「で、あるか。まあ、後にせよ」



 身体強化も使った形跡は無いし、武器に魔法を纏わせたわけでもない。

 つまり、本気を出せばあの数倍の威力は軽く出せるのだから、全員が黙った。


 ……だが、今は呆けている場合ではない。


 リーゼロッテやら陛下やら公爵夫妻やら。

 色々な人間が起こす大事件に散々振り回された俺である。

 誰よりも早く再起動をして、片膝を付いているハルに駆け寄った。



「よう、ハル。お疲れ」

「アラン……えっと、それは?」

「早速だが、まあ受け取れ」



 俺は回復薬の栓を抜いて、ハルの頭からぶっかけてやった。



「あいててて、ちょっとアラン、もう少し優しく……」

「うるせぇ。エミリーからの退院祝いを、こんなことに使わせやがって」



 内輪揉め事件の退院祝いに、エミリーからプレゼントされた高級な回復薬だ。

 傷口には滲みるだろうが、文字通りのいい薬だろう。


 回復薬と回復魔法を併用すれば、効果は少し上がるのだが。薬は継続回復、魔法は単発で大きく回復するといったところか。

 「原作」と比べるとしょっぱい回復量だが、有ると無いでは治るまでの時間が全く違う。


 控えている医療スタッフの方でも、回復薬の類は用意していると思う。

 しかし、何となく。ここで使う方がいい気がした。



「これはマリアンネからの分だ。オラぁ!」

「ごふっ! がっは!? き、貴様。倒れた人間に、容赦が無いな」

「当たり前だこのタコ。あと一歩で内乱が起きるところだったんだぞ」



 仰向けにくたばっているサージェスにも同じように回復薬をかければ、陸上で溺れかけていた。

 まあ、ここで回復薬をかけた意味なのだが。



「婚約者からのプレゼントを使わざるを得なかった。王子が大怪我してるんだから、仕方ねぇよな」

「いや……アラン。回復薬ならあちらにも用意が」



 そう言ってハルは医療スタッフの方を指すが、俺は無視して続ける。



「だが、心が籠ったプレゼントを、自分に使えなかったことが残念でならねぇ」

「……恩着せがましいな。何が言いたい」



 サージェスは何か勘づいたようなので、俺は大馬鹿兄弟に向けて、ビシッという音が立ちそうなくらい、勢いよく人差し指を向けて要求する。



「弁償しろ」

「代わりの物を……という話じゃ、ないよね?」

「おう、てめぇらが稼いだ金で弁償しろ。それだけ力が有り余ってんなら、少しは働け」



 跡目争いが嫌だとか、派閥争いがどうだとか。

 そんなもの、毎日死ぬ気で働けば嫌でも忘れられるだろう。


 この王子たちも、決闘なんてことを考える暇があって、そこに使うエネルギーがあるのなら。それを別の方向に向けるべきなのだ。



「あの、アラン。僕には公務が――」

「俺はそこまで暇ではな――」

「うるせぇ! 公務が無い日にバイトをしやがれ!」



 公務と学業でスケジュールはギッシリ詰まっているのだろうが、そこにバイトの予定も加えてもらおうか。


 回復薬の値段は金貨四枚ほどだ。

 三ヵ月ほどバイトをすれば買い直せることだろう。



「で? 決闘に勝ったわけだが、ハルは何を要求するんだ?」



 俺がそう言えば、ハルは困ったように笑いながら、俺の耳元でこっそりと囁く。



「ああ、いや。それなんだけど……実は、何も考えていなくて」

「……は?」

「あの。売り言葉に買い言葉というか。何となく・・・・決闘を――」

「ふっざけんじゃねぇぇええええ!!」



 乙女ゲーム終了とか戦争とか兄弟のどちらかが死ぬとか。

 色々な不安と焦りをいいだけ煽って、決闘の理由がその場の勢い・・・・・・である。



「《身体強化》……全開」



 何というか。もう沸点の限界まで達していた俺は。ハルの両足を掴んで――ジャイアントスイングの体勢に入った。



「あっ、あらっ。ちょ、やめ……!」

「兄弟喧嘩するなら、人目に付かないところでやれや!」

「わ、分かった! 次から、そうするから!」

があってたまるか畜生!」



 俺のストレスもマックスだった。もう限界だったのだ。

 しかし、俺も暴れてすっきりできたので、十数回転させたところで地面に降ろしてやった。



「ふ、ははは! はっはっはっは!!」



 ……サージェスは爆笑している。

 彼が口を開けて笑うところなど、「原作」の公式ガイドブックですら見たことがない。

 キャラが崩壊しているが、もうどうでもいい。どうとでもなれ。


 俺はやけっぱちになって、やさぐれた態度を取ったのだが。

 彼は笑いを堪えきれない様子で言う。



「いいだろう、回復薬くらい弁償してやるさ。祝いの品としては丁度いいだろう」

「……祝いって、なんの?」

「アランの出所祝いだ」



 未だ笑いが冷めやらぬサージェスの言葉を聞き終わった瞬間。俺の右肩に手が乗せられた。

 ゴツイ成人男性の手だ。


 このパターンは――



「如何されましたか、アルバートさ……ガウル?」

「おう、久しぶりだな」



 毎回公爵夫妻にやられていたことなのだが、今回は何故かガウルに肩を掴まれた。

 このタイミングで、どうしてハルの護衛騎士が出てくるのだろう?


 強面の騎士は呆れたように溜息を吐きながら、流れるように俺の両手へと手錠・・をかけた。



「……へ?」

「アラン。不敬罪だ。現行犯な」

「あ、いや」

「証人がざっと五十人はいるんだ。素直に反省の意思を示した方が――いや、もう陛下のご沙汰次第だな。取り敢えず退場してもらおうか」



 俺が言い訳をする暇も無く、あれよあれよという間に部下の護衛騎士たちが俺を縛り上げた。

 そのままガウルの肩に担がれて、情けない体勢で連行される羽目になってしまったのだが。


 去り際に、サージェスは意趣返しだとでも言わんばかりの笑顔で、俺に向けて叫ぶ。



「アラン。今後のためによく覚えておけ。その場の勢いだけで行動すると、大抵ロクなことにはならん!」



 彼は憑き物が落ちたような、晴れやかな顔をしているのだが。

 ハルもそれに追随した。



「そうだね。そのうち迎えに行くから、牢で反省してみるのもいいかもしれない」



 この二人がコンビを組むのが信じられない。

 昨日までなら、同じ意見を持つというだけで奇跡だったのだから。


 ……雨降って地固まるというやつか。

 兄弟の仲が良くなったようで何よりだ。


 だが、一言だけ言わせてもらおう。




「お前らが言うなぁああ!」




 俺の叫びが練兵場に空しく木霊し、何とも言えない喜劇のような幕引きとなった。



 ……最後にオチを付ける必要は無かったのだが。

 まあ、こうして王子二人の決闘騒ぎは幕を閉じた。


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