第百六話 決闘の終わりを見据えて
互いに初手から大技を繰り出したが、それは相殺という結果に終わった。
「原作」のパラメータから考えるとハルはバランス型で、どのような戦況にも対応できる王道の性能だ。強いて言えば中距離から遠距離に強い。
対してサージェスは、至近距離特化のインファイトが得意という印象だった。
だが、今のハルは騎士団の訓練で接近戦の技術を磨いている。
対してサージェスは、兄へ反目するかの如く魔法技術を伸ばしていたので、本来の得意分野とは真逆の戦いが繰り広げられていた。
サージェスは中距離から連続して闇の魔法を放ち、ハルは剣に魔法を纏わせた属性剣を主体にして攻め込もうとしているのだが。
「迂闊だな。
「……くっ!」
距離を詰めようとしたハルの前に、不規則な動きで漂う機雷が設置された。
いっそのこと、自分に向かってくれば叩き落とすこともできるのだろうが。
ハルの周囲を完全にランダムな動きで跳ね回っているため、一旦距離を取らざるを得なかったようだ。
中距離から削った分。今の小競り合いでは、多少サージェスがリードしたといったところか。
それを見ていた外野から、ひそひそと。
だが、周囲に聞こえるくらいの声量でヤジが聞こえる。
「ほっほ、サージェス殿下の圧勝ですな」
「エールハルト殿下も騎士団で鍛えたようですが……やはりモノが違いますなぁ」
普段から鬱陶しい宮廷貴族たちだが、今日ばかりはイラつきを抑えられない。
二人が何を思って決闘を始めたのかは知らないが、ここまでやるからにはそれなりに重い理由があるのだろう。
そんなことを一顧だにせず。厭らしい笑みを浮かべ、下衆な部分を隠そうともしない奴らには。
「
「うおっ! 何だ!?」
「レインメーカー! 貴様――」
「黙って見ていろ! 次に
見届け人として、氷漬けにしても許されるだろう。
今度は俺と観客の間で不穏な空気が流れたが、間に割って入るようにして、群衆の中からアルバート様が現れた。
「すまないね、アラン。少し遅くなってしまった」
「旦那様……あの、この決闘はお嬢様の仕込みのようですが、何かお聞きですか?」
二人からは目線を切らないようにしながら、俺はアルバート様にこっそり囁く。
すると、感情の籠っていない乾いた笑いと共に、彼は答えた。
「ああ、うん。つい、今しがた……ね」
「事前に聞いていないようで、何よりです」
「私が事前に知っていたらどうするつもりだったのかは……まあ、敢えて聞かないよ」
気まずそうに俺から視線を外した後、アルバート様は俺の肩を叩いて言う。
「いざとなったら、私がエールハルト殿下を止める。アランはサージェス殿下の方を頼むよ」
「承知致しました」
レベルにすれば、今の俺は大体40手前。アルバート様は60後半くらいの力量があると思う。
クリス製の武具を装備すれば話は変わるが、現時点でのアルバート様は、俺よりも強いのだ。
いよいよという時に彼が止めに入るというのなら、最悪の事態は避けられるだろう。
さて、俺たちが小声でやり取りをしているうちに、戦況に変化があった。
「《身体強化》全開! 行くぞ、サージェス!」
「
距離を取って機を伺っていたハルが、突如として前に出た。
機雷や迎撃の魔法を気にせず、全てを強引に突破してサージェスに肉薄する。
ならばと、サージェスも罠の設置を止めて迎撃をしようとしたのだが。
あと一歩で剣が届く間合いだ――というところで。ハルは後ろに飛び退いた。
「閃光弾!」
「なっ! くそっ!」
光の魔法による目眩ましだ。
迫って来るハルの一挙手一投足を見逃すまいとしていたサージェスには、手で顔を覆う暇も無かった。
「終わりだ!」
「させるか!
サージェスが反撃に繰り出したのは、俺もダンジョン攻略でよく使う魔法だ。
広範囲の敵をまとめて爆撃できる、高威力かつ射程に優れた魔法なのだが。それを目の前の地面に叩きつけた。
咄嗟に放ったからか威力はそこまで出なかったようだが、直撃したので効果は十分だろう。
サージェスの方にもハルと同じだけのダメージが入ったようなので、これは痛み分けだ。
「……でも、これはサージェスには厳しい展開だな」
「アランもそう思うかい?」
「ええ。そろそろ止めに入るつもりでいましょう」
ハルは大ダメージを食らいながらも受け身を取り、すぐに体勢を立て直した。
だが、サージェスの方は片膝を付いて、立ち上がるのに少し時間がかかった。
これは、体力の差だ。
パラメータという言い方は野暮だが、サージェスは肉体よりも魔法を鍛えている。つまりは、HPが低くなっているはずだ。
学園に入ってからは図書館に入り浸り、ほとんどの余暇を地下ダンジョンの探索に充てていたとも聞く。
十歳の頃から六年。騎士に混じり体を鍛え続けた男と体力勝負になれば、分が悪いのは自明だ。
「サージェス殿下は短期決戦狙い。エールハルト殿下は長期戦狙いと見ていたんだが」
「ええ」
俺もアルバート様と同じ見立てだった。
ハルの方が戦い慣れしているのだから、時間は彼の味方になるはずだ。
戦いが長時間になるほど、サージェスがボロを出す可能性が高くなる。
だが結果として、遠距離攻撃が主なサージェスは長期戦の構えになり、両者が長丁場を想定して動くようになった。
ハルが仕掛けるとしても、もう少し様子見をしてからだと思っただけに。この展開は俺にとっても意外だ。
「ハルが突然勝負を決めにきた。だから焦って対応が遅れた、という部分はあるでしょうね」
「そうだね。これはエールハルト殿下が戦い慣れていた、ということかな」
これはサージェスの問題ではなく、ハルの戦術が上だったというだけだろう。
実際にカウンターは決まっているわけだし、もう少し早く反応していたら、状態は逆だったはずだ。
ヤジを飛ばした貴族を数人氷漬けにしたばかりなので、あからさまに何かを言おうとする者はいない。
だが、周囲にも既に、勝負あったという雰囲気が流れている。
「サージェス、もう終わりにしよう」
「まだだ……! まだ、終わらん!」
気合で立ったサージェスだが、形勢不利なことは分かっているはずだ。
それでも彼は、前に出た。
「貴様には! 貴様だけには、負けん!」
「この、分からず屋が!」
初手と同じく、サージェスは闇、ハルは光の魔法を展開したのだが。
サージェスはハルが使うのと同じ、魔法剣を手にした。
この土壇場で、彼は真正面から打ち合うことを選んだのだ。
これは、意地だろう。
戦いも終盤だ。
決着がついた時、すぐに飛び出せるように準備しておかなければ。
と、俺とアルバート様は視線を交わして、決闘の終わりを見据えていた。
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