第百五話 見届け人
内乱。国や組織の内部で争うこと。
その言葉を聞いて、俺にもピンときた。
「まさか」
「多分想像通りだ。先ほどエールハルト殿下が、サージェス殿下に決闘を申し入れた」
今まで十数年、溜まりに溜まった鬱憤が爆発したのだろうか。
ここしばらくの様子を見ても、何かは起こるだろうと予想していたが。まさか決闘にまで発展するとは思わなかった。
「決闘ということは、つまり」
「結果によって次の王が決まるかもしれない。流れによってはそのまま、第一王子派閥と第二王子派閥の間で衝突が起きるだろう」
そりゃあ、派閥争いで負けた側の扱いがどうなるかなんてのは想像に難くない。
負けて全てを失うくらいなら、全てを載せた賭けに出るのも無理はないことだろう。
「……サージェス殿下が勝てば、我々はその場で第二王子派閥への攻撃を始める、と?」
「いや。クライン公爵家と王家の関係は良好だ。備えはするが静観だろうな」
ケリーさんの顔には、焦りこそあれ悲壮感は無い。
例えハルが負けたとしても、公爵家へのダメージはそれほど無いと踏んでいるのだろう。
「当家を攻撃すれば、西方と南方から他国が雪崩れ込んでくるだろう? クライン公爵家をどうこうしようなどというのは、土台無理な話だ」
「それでも、いくらか領地を削られるのでは?」
「少なくとも、陛下がご存命の間は心配いらないさ」
確かにハルとリーゼロッテの婚約も、親同士の仲がいいからと決めたことだ。
権力狙いではないので、ハルが王族から公爵の身分になったとしても、権勢は揺らがないか。
「まあ、全く影響が無いと言えば嘘になるが……ともかくアラン。君は今すぐに騎士団の訓練場に向かってくれ」
「そこで決闘が行われるんですね」
「ああ。もう無理かもしれないが、お二人の共通の友人はアランだけだろう。アルバート様より、可能であれば仲裁するように命令が来ている」
ケリーさんも分かっているようだが、この段階まで来たら仲裁は難しい。
もう、俺がどちらの側に立って話をしても止まらないと思う。
ここで振り上げた拳を降ろせば、
「承知しました。すぐに向かいます」
「兵を整えたら、我々もすぐに行く。頼んだぞ」
ケリーさんが俺の部屋を出ていったので、俺はダンジョン探索用の装備に加えて、もしものための治療薬を革袋に入れて持つことにした。
これは退院祝いに、エミリーとマリアンネからそれぞれプレゼントされたものだ。
「使わずに済めば、それに越したことはないんだけどな……」
「原作」では最高レベルのポーションなので、そこそこの回復量はあるのだろうが。これはお守りという側面が強い。
俺がこれ以上無茶をしないようにという、婚約者からの釘刺しでもある。
早速使うことにはならないように祈りながら、準備を整えた俺は騎士団の練兵場に向かうことにした。
「ハル! お前何やってんだよ!」
「アラン」
王城に隣接する騎士団の訓練場に来てみれば、そこには武装を整えたハルがいた。
正確には彼だけではない。王宮で勤めている貴族は皆集まっているし、同じく完全武装のサージェスも、国王陛下もこの場にいる。
「止めるなアラン。これは俺たち二人の問題だ」
「そうだ。僕らなりに決着を――」
「バカ言ってんじゃねぇ! お前らが争ったら国が、二つに割れるんだよ! どこをどう考えたら
衆人環視の中、粗い言葉遣いで王族を罵倒。
これには周囲も騒然としたが、不敬だ何だと言っている場合ではないだろう。
もし本当に内乱など起きれば乙女ゲームどころではなくなる。
それ以前に二人のどちらか。或いは両者が命を落とすかもしれないのだ。
ここは命を懸けてでも、強い口調で止めるところだ――と意気込んだのだが。
何故かサージェスは、楽しそうに笑っていた。
「王族を相手に――いや、俺を相手にそこまでの啖呵を切れる者は、他にはいない。やはり貴様は、俺が見込んだ通りの男だ」
「大物風を吹かせている場合か! そもそも何でこんなことになったんだよ!」
これはハルも含めて問う。
決闘では勝者の望みが叶えられるが、最終手段でもあるのだ。
「原作」では攻略対象同士や、悪役令嬢対ヒロインの戦いもある。だが、例えばハルのルートで決闘――果し合いが起こったとして。
それでヒロインが負ければそのままバッドendに直行だ。
あれは「二度とエールハルトに近づかないこと」と悪役令嬢から要求があり、その通りになるからなのだが。
決闘の要求は必ず守るし、守らせる。それがアイゼンクラッド王国の決まりだ。
「この決闘はね、けじめなんだ」
「けじめ?」
「……詳しいことは、また後で話すよ」
そう言って、ハルは俺を押し退けた。
「お前が怪我でもしたら、リーゼロッテが心配するだろうが。ただでさえ入院したばかりだってのによ」
「ふふっ、大丈夫。この決闘は彼女の発案だからね」
「…………は?」
俺は呆気に取られて、相当ポカンとした表情になっていると思うのだが。
いかん。整理が追いつかない。
当家のお嬢様が、王子に向けて「決闘すれば?」などと
何してくれてんだ!? あのお嬢様!
「え、あ、いや、ちょっと待てお前ら。リーゼロッテの言うことを真に受けるな!」
「いいんだ。いずれ決着はつけなければいけなかった」
「ふっ、リーゼロッテもいい女だ。貴様には勿体ないな……。そうだ、俺が勝ったら奴を貰い受けようか」
「挑発でも、言っていいことと悪いことがある」
一触即発の空気の中で、ハルは俺に振り返って――いつも通りの爽やかな表情で言う。
「アラン。もう止まれないんだ。せめて君には、この戦いの見届け人になってほしい」
「アランの裁定ならば、俺も文句は無い」
「はぁ!?」
止めに来た人間に、決闘の見届けをしろとは。一体何を言っているのか。
そもそも陛下は、この状態を良しとしているのか。
そう思い、一段高い閲兵用の椅子に腰かけている陛下の様子を見れば。別段楽しくもなさそうな表情で、右手を高らかに挙げた。
「いいだろう。決闘の見届け人は余ではなく、そこのアラン・レインメーカーに任せる」
「陛下! 止めなくていいんですか!?」
「譲れぬものもあろう。貴様も覚悟を決めよ」
心の準備が全くできていない俺は、全く狼狽えるばかりである。
だが、ハルとサージェスが決闘の開始位置に着いてしまったので、図らずも俺は中間地点で二人に挟まれることになった。
……今更逃げられないし、二人の意思は固そうだ。
それに陛下が認めたのだから、今更俺が何を言っても無駄だろう。
「……決闘の前に、互いの要求を述べてもらおうか」
「僕の望みは、そうだな……」
「勝った方は何でも一つ、好きな命令ができる。それでどうだ?」
「了承した。それでいこう」
もう、俺には溜息を吐くことしかできない。
王城には優秀な回復魔法使いや、医療スタッフを揃えている。今も横に並んでいるのだから、決闘が終わり次第すぐに回復してもらえるはずだ。
もう俺たちが内輪揉めしたときくらいの……数か月入院するくらいの怪我に収まることを祈るしかない。
「両者、用意はいいか?」
「ああ」
「いつでも」
俺は深く息を吸ってから、あらん限りの声を張って、宣言をした。
「始めッ!」
次の瞬間、ハルは光属性の魔法を。
サージェスは闇属性の魔法をそれぞれ展開し、二人の決闘が始まった。
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