第百四話 修羅場
「ここが学食ね。日替わりを選んでおけば外れないと思う」
「へー」
「混んでいる時はテラス席の方が空いているよ。少し遠いから、行く人が少ないの」
「そうなんですね」
メリルはニッコニコなのだが、やはりパトリックのリアクションが薄い。
言葉に熱が籠らず、適当に相槌を打っているというのが丸分かりである。
「じゃあ次は図書館の方を見てみようか。課題の調べ物でよく使うの」
「そうですね」
メリルを先頭にして歩き始めてから、俺はこっそりとパトリックに近づき、小声で話しかけた。
「おいおい、もう少し楽しそうにしたらどうなんだ?」
「そうは言っても入学案内で地図くらい見ているし、わざわざ下見しなくてもいいと思うんだけど」
「身も蓋もないことを言うなよ……」
確かに、普通に過ごしていればそのうち慣れるだろうし、迷うほど複雑な道はしていない。
アンニュイな雰囲気のパトリックは、更に重ねて言う。
「それにボク、クリスさんと同じように研究棟で過ごすつもりだから。学内よりは魔法研究棟の方が見たいかな」
「そっちは一般生徒立ち入り禁止の区域もあるんだから、俺たちが案内できるわけないだろ」
「え? 義兄さんは研究員だからできるでしょ?」
クリスの魔道具開発を手伝ったり、ショップで販売するアイテムを製作したりと活動をしていたので、俺も一応研究員の肩書は持っている。
だが、クリスの部屋以外は立ち入ったことがないのだから、むしろ俺の方に案内が必要なレベルだ。
「俺も詳しくはねぇよ。その辺は本職のクリスに頼め」
「クリスさんも引きこもりだから、研究棟の道は朧気なんだってさ」
「一年過ごした場所でそれかよ」
クリスは研究がノってくると、二、三日部屋から出てこない時もある。
つい先日も、「自動食材生成機は作れないものか」などと言っていたくらいの筋金入りだ。
……だからって正規の研究者が、後輩に道案内を頼むようなことにはならないでほしいのだが。
「使えそうな設備を見つけたら教えてほしいって言われているんだよね」
「アイツは、もう少し外の世界を知るべきじゃないかな……」
「義兄さんがそう言えば飛んでくるでしょ」
「いやいや、命令とかじゃなくて。自発的に」
彼は興味があるもの以外への興味が薄すぎるのだ。
そこは何とかしないと、今後の人生に影響があるのでは――などと考えているうちに、図書館に着いた。
「図書館には研究に役立つ資料もあると思うよ。魔法研究棟から寄贈された開発レポートとかもあるから」
「ふむ……どんな本があるんですか?」
「テーマによって保管場所が分かれているから、気になる分野を教えてくれたら案内するよ」
「そうですね。では魔力の循環についての――」
メリルも対策は考えていたのだろう。
パトリックが食いつきそうな話題を出すことで、今までの退屈そうな雰囲気が一変。
彼の表情が引き締まり、獲物を探す目になった。
「ああ、まあ。この分ならもう俺はいらないだろ。俺、図書館に詳しくないし」
「アランも適当に本を借りていったら? 帰りに声をかけるから」
「……経営学の本とか、ある?」
「奥の方、歴史コーナーの手前にある、かな」
メリルもそこまで詳しいわけではないだろう。
図書館はサージェスの定位置なので、好感度上げに通っていればまた違ったのだろうが。
などと思いながら二人と別れ、奥に進んでいったのだが――。
「ん? ラルフ?」
遠目ではあるが、ラルフらしき男を見つけた。
脳筋代表の彼が、図書館にいるというのは違和感がある。
少なくとも「原作」の行動範囲外ではあるのだが、調べ物だろうか?
「おーい、珍しいところで会うな」
「げっ! アラン!? どうしてお前はこういう時に来るんだよ!」
「は?」
手を挙げて声をかければ、彼は大変慌てた様子で近づいてきた。
そのまま俺の肩を掴んで、来た通路へ押し込んでいこうとするのだが――
「君の勝手な行動で、どれだけ多くの人が迷惑したと思っているんだ!」
「ふん……勝手に動いたのはお前らだろう。二、三日大人しく待てば、解決した問題だ」
「その言い方はないだろう! 大体君は――!」
ラルフの背後から、言い争う声が聞こえる。
どうやら声の主は、ハルとサージェスのようだ。
「あー……そういうことか」
「王子二人が言い争ってる場面なんて、見せたかないんだよ」
「この間のアレ、まだ続いているのか」
メリルとサージェスが無断で学園の地下ダンジョンに潜入し、第二王子が行方不明ということで、王宮が騒然とした事件。
あれ以降、以前から微妙だった二人の関係は、急速に悪化しているらしい。
「君がもう少し慎重であれば、何も問題は起きなかったと言っているんだ」
「婚約者を危険な場所に連れ歩いている男の台詞ではないな」
「なっ……!?」
「話がそれで終わりなら――ん? アランか」
ハルとの話を切り上げて、帰ろうとしたサージェスではあるが。
ラルフの前で固まる俺の姿を見て、一旦足を止めた。
「アラン。エールハルトを何とかしておけ」
「アラン! 君もサージェスに何とか言ってよ!」
「ええ……」
こんなタイミングで俺に話を振らないでほしい。
……これも派閥争いに入るのだろうか? 立場上は完全に第一王子派閥なのだが、どうしたものか。
サージェスの件はメリルが主体の印象なので、そこまで気にしてもいない。
それに、ハルはリーゼロッテとダンジョンの探索にもよく行くし。入学当初は二人きりでお忍びデートをするために、護衛たちが東奔西走するハメになった記憶もある。
日常的に護衛の精神をすり減らす第一王子と、一回だけとは言え大事件を起こした第二王子か。
「……どっちもどっちなんだよなぁ」
「アランはどちらの味方なんだ!」
「蝙蝠は身を亡ぼすぞ」
「ええ……」
どちらもやらかしているので、どちらの味方という分け方は難しい。
……どう返答すればいいんだよこれ。
と迷っていれば、言い争う声を聞きつけたメリルとパトリックまでやって来た。
「義兄さん。何これ? ……修羅場?」
「エールハルトとサージェスが、アランを巡って……修羅場!?」
パトリックの方は呆れ顔だが、メリルは何故かいい笑顔をしている。
涎でも垂らしそうな顔をしているが、今がどういう場面か分かっているのだろうか。
「外野が増えたな。話はここまでだ」
「まだ話は終わっていな――」
「止めとけエールハルト! 人目に付き過ぎる!」
帰るサージェスを追おうとするハルを、ラルフが制止した。
羽交い絞めにして無理やり抑えつけている間に、弟の方は振り向きもせず姿を消した。
「……義兄さん、大丈夫なの。アレ」
「……大丈夫じゃないだろうな」
「サー×アラは確定として、エールハルトってどっちだろう?」
……現代知識のインストールをされているから、メリルが言っている言葉の意味も分かってしまうのだが。
まあ、下手に突けば藪蛇だろう。
ともあれ、ここでこれ以上できることもない。
少し早いが、パトリックへの学校案内は予期せぬ形で幕を降ろした。
それから二週間ほどの時間が経った。
あれ以来ハルの機嫌は悪く、学内でたまに見かけるサージェスも、普段より一層
「このままじゃ、また何か起きるよなぁ……」
などと考えながら、俺はベッドの上でゴロゴロしていた。
今日は休日で、特に仕事が無い俺は公爵邸使用人寮の部屋でゆっくりしていたのだ。
アルヴィンがメイブルと結婚して以降、ここは俺の一人部屋になったのだが。
こういう時に相談できる相手が居ないというのは、意外と不便なものだ。
「平穏を願うアイツに、王族の喧嘩なんていう王国の闇を見せたらどういうリアクションをするかな」
大っぴらに言うこともできないが、一度言ってみたい。
……上昇志向の強いメイブルに聞かれたら、何かに利用されそうな危ない橋だが。
「しかし、仲裁に入るとしたらどっちかの味方をしないと収まりはつかないよな……」
普通に考えればハル一択なのだが、彼も今では多くの友人と配下に恵まれている。
サージェスの方は――本人が望んだ結果かもしれないが、友達がほぼいない。
俺が人生で初めてかつ、オンリーワンの友人という重い立場にいるので、さあどうしたものか。
「相談するならリーゼロッテか、エミリーか」
まだ話はしていないが、あの二人なら何か察していることだろう。
今日のリーゼロッテは一日トレーニングをしていたはずなので、後で様子を見に行ってみようか。
そんなことを考えていれば、唐突に、そして乱雑に俺の部屋のドアが開いた。
飛び起きれば、そこにいたのはベテラン執事ケリーさんだ。
「ど、どうしましたか。休日に。お嬢様が何かやらかしましたか?」
「真っ先に出てくる可能性がそれというのは、悲しいものがあるが……違う。今すぐ支度をしてくれ」
いつでも落ち着いた雰囲気のあるケリーさんだが、今日は酷く焦っている。
どうやら緊急事態のようだ。
「あの、何の支度でしょう?」
「戦う準備だ。これよりクライン公爵家の使用人は、第一種戦闘配備に移行する」
「え!?」
お抱えの私兵だけでなく、庭師からメイドまで残らず動員して戦うシフトだ。
戦争でも起きない限りは使われない号令だと思うのだが、王都襲来イベントもまだ先で、発令される理由が分からない。
「何が始まるんです?」
「内乱だ」
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