第百三話 新学期
さて、無事に学年末試験が終わり、俺の対メリル用の包囲網も完成しつつあった。
しかしメリルも全力だ。手作りのプレゼント攻撃をしたり、惜しげも無く選択肢の力を使ったりして、ハルの好感度を上げようと躍起になっていた。
ハルの居場所をマークしているメリルは、俺の目を掻い潜って接触を成功させているらしい。
冷血仮面王子状態になっていたハルの態度だが――日に日に軟化しているように感じる。
クラスが違う俺にはどうしても止めようが無い瞬間があるので、ラルフが頼りだったのだが。
以前のようにブロックをしなくていいのかラルフに聞けば。
「まあ、純粋に仲良くなりたいってことなら、止める理由は無いよな。今のアイツからは邪気も感じないし」
などという返答が返ってきた。
……ラルフの直感は異常に鋭い。
俺が彼を、ハルの身代わりに仕立て上げようとした時にも。邪な気配を感じたとかで周囲を警戒した一幕があった。
メリルの好意――ハルを幸せにしたいという思い――が裏表の無い素直な気持ちだと認めたのか、最近はやり過ぎない限り黙認しているらしい。
……ラルフからメリルへの好感度が上がったことも影響していると思うのだが。
権力目当てなどでない分止める理由に乏しく、余計にタチが悪い。
そういった理由で、守護神ラルフの不敗神話は一年ほどで終わりを告げた。
それならば別な手段でイベントを潰そうかと思い、いくつかのプランを実行に移そうとしたのだが。
「これ以上暴れてくれるな。……いいね?」
と、いつの間にか背後に現れたクロスから肩を叩かれたものだから、断念せざるを得なかった。
王道の
そう言えばイレギュラーやら攻略対象全員入院やらで、ヒロインさんが一度もデートをしたことがない。
これ以上イベントを潰すようなことがあればクロスの逆鱗に触れる可能性もある――という、特大の不発弾を再確認しながら、水面下で攻防を続けてきた。
そんな日々が二ヵ月ほど続き、春休みなど無い学園では、今年も入学シーズンがやってきた。
俺たちが入学してから、一年が経ったことになる。
新学期に入ってパトリックが登場したことにより、六人の攻略対象が学園に勢揃いだ。
俺の存在がイレギュラーだとかキャラが崩壊しているだとか、そんなものはもうどうでもいい。
俺が学内でメリルと一緒に行動していることも、クロスが何も言ってこないのだからもう気にしない。
あと数か月でメリルが選ぶ攻略対象が正式に決定し、今後の命運が決まる。
俺としては勝負の年だ。
「パトリックきゅん、来てくれるかな?」
「約束したんだから、来るだろそりゃ」
二年目のイベント一発目は、パトリックの学園案内になる。
病院でアポを取ったこともあり、初週から早速動きがあったのだ。
今日はパトリックを連れて学園内を散策する予定になっているので、俺とメリルは昇降口で彼を待っている。
……多少順番が前後するとしても、パトリックとの出会い関連のイベントが終わる頃には、共通ルートも軒並み終わるはずだ。
二年の中盤辺りから、各攻略対象の個別ルートに入るためのイベントも始まるが。パトリックルートは全体的に流れが早いのが特徴か。
他の攻略対象よりも開始が遅れる分、密度が濃いのだ。
さて。待っている間に俺は考える。
今、俺たちを取り巻く状況がどうなっているのか、各攻略対象の現状をおさらいしておこう。
まず現状で、もうサージェスの攻略は無理だ。
一度も好感度を上げにいっていないのだから、今から稼いでも遅すぎる。
デッドラインである一年の終わりは通り過ぎたので、希望は無いと見ていいだろう。
クリスは謎だ。
今の段階で好感度が40ほどあれば問題はないのだが、デートイベントは一回も起きていない。
世間話でどこまで好感を得られたのかは怪しいし、爆弾の影響がどう出ているのかが全く分からない。
表面上は以前と変わらない態度なのだが、それが逆に不気味でもある。
俺を神と慕ってくれているようなので、万が一の場合はメリルと付き合うように
まあ、彼については保留だろう。
で、俺とラルフは余裕で攻略可能。
好感度が100と70でこうも違うとは思わなかったが、好感度最大状態の俺であれば、メリルにダダ甘になることは分かった。
好感度システムなんぞに負けるか。大事なのは人間性だと啖呵を切った俺ではあるが。あのぞっこん具合であれば、少しプレゼント攻撃に遭うだけで即陥落するだろう。
何ならラルフなんて、来年から攻略を始めても楽勝で間に合う。
悪鬼羅刹モードが終了した今の奴は、それくらいチョロい。
問題は残る二人。ハルとパトリックだ。
ハルの攻略は難易度が高いはずなのだが、「原作」をやり込んでいるメリルは彼の趣味嗜好や、好感度が上がりやすい返答を熟知しているようだ。
最底辺からのスタートな上にデートスポット、店売りの好感度上昇アイテムまで潰したというのに、中々の追い上げを見せていた。
一年目の後半で好感度が0ないしマイナスならば、普通は攻略を諦めると思うのだが。結果としてこのザマだ。
このままのペースでいくと、好感度を上げ切ってしまう恐れがある。
だからこそ、パトリックのイベントには失敗できない。
僅かでも目移りしてくれて、一週間でも、一日でも、ハルに使う時間を消費すれば儲けものだ。
俺のためなら命を捨てると言い放ち、実際に自分の心臓を貫こうとしたクリスは、むしろ粗略に扱えなくなった。
切り捨てるようなマネをすれば、心が痛すぎる。
しかしパトリックはまた少し事情が違う。
領地救済で家にも本人にも貸しがあるし、マリアンネの件での恩もあるだろう。
爵位を込みにしても、政治的なパワーバランスは俺が上だ。
ビジネスライクな付き合いという色が濃いので、貸しを返してもらった上で、多少借りを作るくらいの覚悟でいけば、メリルと縁談も組めると思っている。
だから、いざとなったら有無を言わさず婚姻届けにサインさせるつもりだ。
それくらいの意気込みで間に立ったのだが。
「はぁ……はぁ……合法ショタって、いいよね。熟れていないあの果実感が」
「通報されんぞお前」
面食いなメリルは、向こうから駆け寄ってくる年下の男の子に対して、もの凄く弛緩した顔で、危ない目を向けていた。
……もしかして、このままあっさり自爆してくれるのでは。
という予感もしたが、油断をして何度も足を掬われてきたのだ。
真面目にやろうと考えを切り替えた俺は、軽く手を挙げて彼を出迎えた。
「よう」
「こんにちは、義兄さん……に、メリルさん」
「入学したてで緊張しているのかな? でも大丈夫、私に任せておいて!」
「よろしくお願いします」
さて、メリルの反応は上々だが、パトリックはどうだろうか。
俺の説得による効果は乏しく、あまり気乗りしていないように感じる。
人当たりのいい笑顔は社交用のような気もするが。弱みを握っている以上、ある意味パトリックからの好感度など関係無いと言える。
ウィンチェスター侯爵を呼び出して脅――話を付ければ済むのだ。
嫌いという感情が、普通、又はちょっと好きかもくらいにまで上がればそれでいい。
そして侯爵家から縁談を申し出れば、
掟破りではあるが、こちらにも王手をかける手段はあるのだ。
メリルも妹分とカウントしている俺としては、彼女にも不幸になってほしくはないが……この様子を見る限り、パトリックと付き合えたら毎日ハッピーだろう。
何だかんだ言いつつ、全ては丸く収まるはずだ。
とまあ、意外と何とかなりそうだが。全てはメリル次第である。
メリルはヒロインモードでいい笑顔とは言え、好感度が地の底にあることは自覚していた。
この先どうなるか。
これはもう蓋を開けてみるまで分からない。
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