第百二話 ヒルズをおっ建てるんだ
「学年五位か。まあ、頑張った方だな」
「うう……おお……」
「往来で亡者みたいなうめき声を出すなよ」
俺が公爵家に復帰してからいくらか経ち、俺たちは無事に学年末テストを乗り切った。
一日十時間の講習を行ったところ、リーゼロッテも学年五位という好成績で一年生を終えたのだ。
俺も学年八位につけており、主人よりも少し下かつ公爵家の品位を落とさない順位という、微妙なレベルを維持できたことになる。
「ま、約束だからな。今日からトレーニングの再開を許可する」
「本当ッ!?」
精魂尽き果て、トレーニングの禁断症状が出て呻いていたお嬢様ではあるが。
鍛錬再開のお許しを出せば、速攻で生気が戻って復活した。
……現金なものだ、という感想はさておき。
「んで、サージェスが三位、ハルが二位で……一位がメリルか」
「思ったよりも順位が高いわね」
「ま、それだけ本気ってことだろうな」
パラメータを確認する術はないが、彼女も相当学力を上げてきたようだ。
学年一位を取れば全攻略対象の好感度がそれなりに上がるので、ハルの好感度も上昇しているだろう。
クリスはそもそもテストを受けていないし、脳筋ラルフの順位はお察しである。
メリルの順位以外は、特に波乱も起きなかった結果なのだが。
「くくく……そのいじましい努力に、どれほど効果があるのかな? 無駄だってことを分からせてやるぜ」
「アラン、とっても悪い顔してるわね」
「ああ、これからまた悪だくみに行ってくるからな」
今日は放課後にマリアンネを連れて、同級生の店に遊びに行ってくる。
訪問の目的はハルとのデートで使えるケーキ屋を買収することだが、同級生と母親は既に囲い込んだ。恐らく上手くいくだろう。
……学友の実家を買収したとなれば、俺への好感度というか。学園での評判が下がるかもしれないが。
この際そんなことは気にしていられない。
「熱心なのはいいけど、どれだけ買うつもりよ」
「ん? 今までに買ったのはカフェが三軒に、飯屋が四軒。アクセサリー屋が三軒に、娯楽施設が六軒か」
「まだ買うんでしょ? そんなにお金を使って大丈夫なの?」
元々はリーゼロッテへの誕生日プレゼントとして、公爵家の財布から支払う予定だった。
しかし、今の俺なら王都中のデートスポットを購入できる財力があるのだから、全く問題ない。
確かに思ったよりも費用が嵩み、一時的に俺の貯金がゼロになったが。
どうせ二、三ヵ月後には残高が復活するし、大金を持っていると落ち着かないので、今はむしろ心が軽いくらいだと思っている。
「支払いは全部現金だ。借金を負うわけじゃないんだから大丈夫だろ」
「……アランが調子に乗って破滅しないか、心配だわ」
「縁起でもないこと言うな!」
調子に乗りやすいのは俺の弱点だが、その分は有能な部下たちが補ってくれる。
差し当たり、今日の交渉もメインはマリアンネだ。
「面白そうだし付いていこうかな」
「そりゃ構わんが、仕事の話だから楽しくはないぞ?」
「いいのよ。今日はハルもお仕事だし、社会勉強だわ」
俺も二ヵ月入院して分かったが、ずっと病室にいるというのは存外暇を持て余す。
前世でずっと入院していたリーゼロッテには、見るもの全て――とまではいかないまでも、新鮮に見えるものは多いのだろう。
まあ、付いて来たいというのであれば、拒否をする理由も無い。
「余計な口は出すなよ?」
「任せてちょうだい! さ、行くわよ!」
そう言ってリーゼロッテは駆け出していったのだが――。
「だからどこ行くんだよ。お前店の場所知らないだろ!? いや、まず公爵家の馬車はどうするんだ!」
前世と合わせれば三十歳も越えたはずなのに、彼女はいつまで経ってもわんぱく小僧――もとい、お転婆お嬢様のままだ。
淑女になる日はいつ訪れるのか。
それともずっとこのままか。
入学式前の「三つ子の魂百まで」宣言を思い返せば……このままな可能性が高いだろうな。
そんな考察をしつつ、俺はリーゼロッテの後を追った。
「お父さーん、お客さんだよ!」
「ああ、これは。娘がお世話になっております」
「いえ、こちらこそお世話になっています。……おしゃれなお店ですね。おススメはなんですか?」
いきなり「買収させてください」と言っても怪しい人扱いを受けることが多かったので、今回は同級生の家に遊びに来ました……というところから話をスタートさせる。
俺が雑談がてらおススメを聞けば、パティシエのお父さんはショーケースに並ぶ中から、ショートケーキを指した。
「王道のショートケーキが一番人気ですね。その……それで、後ろの方々はお知り合いですか?」
「ああ、連れです。ショートケーキを十個ほどいただけますでしょうか」
「ほ、ホールでお出しします」
接客スマイルが微妙に崩れたお父さんが俺の背後をチラチラと伺っているのだが、そこには黒いスーツに身を包んだ、サングラスの集団がいた。
全員スキンヘッドでガタイが良く、明らかに裏社会の人たちだと一目で分かる人相の悪さだ。
俺の私兵を六人ほど連れてきたが、そのうち四人はニヤニヤと笑って店主を見ている。
「護衛の方々、でしょうか」
「そんなところですね、最近物騒ですから」
「は、はは。左様でございますね」
娘がお友達を連れてきたというから出てきてみれば――そこにいたのはマフィアである。
緊張で口元が引き攣っている男とは対照的に、早速イートインでケーキを食べ始めたリーゼロッテは、いい笑顔を浮かべていた。
「おいしい! うん、イケるわねこれ!」
公爵家のお嬢様が絶賛するケーキなのだ。やはり味は一級品なのだろう。
さて、俺も座って一口食べてみるが。確かにこれはいいものだ。
「スポンジの焼き加減は絶妙だし、クリームも甘すぎない。苺の酸味は程よく、後味もいい……」
「あ、ありがとうございます」
「ふむ……アラン様。これほどの名店、埋もれさせるのは惜しいですね。……例の物を」
「へへっ、かしこまりやした」
マリアンネが合図をすれば、黒服の一人が三下のような口調でアタッシェケースを取り出した。
鞄を開けば、中には店の経営状況が記された資料がぎっしりと詰まっている。
「なるほど、堅実な経営をされているようですが、最近は少し売上が落ちていますね」
「え、あの、それは一体」
「失礼ながら、調べさせていただきました。このままではあと半年ほどで赤字に転落します」
娘の同級生の従者から、いきなり店の経営状況を暴露されるとは思っていなかったのだろう。
店主は口をあんぐりと開けて驚いている。
「借入の状況からして……打開策を打てなければ、一年ほどで店を畳むことになりますか」
「え、いや、ええと……あの?」
「お父さん。レインメーカーさんがね、味がいいようならお店を買い取りたいって」
店の状態からして、そう遠くないうちに学費が支払えなくなる。
そのことは同級生も母親も知っているし、そちらへの根回しは既に終わっている。
まあ、「原作」でデートの店が潰れることなどないので、実際には何かヒット商品でも売り出して持ち直すのだろうが。
今のところは資金繰りに困っているというのだから、話を付けるのは簡単だった。
事前に打ち合わせした通りのタイミングで、母親の方も厨房から出てくる。
「買い取りだって? 子どもが何を言っているのさ」
「悪いお話ではありませんよ。こちらをご覧ください」
マリアンネが広げる資料には、俺が住宅地に建設する予定の
中世ファンタジー風乙女ゲームの世界に、クリスの技術でエレベーターと冷暖房と各種家電を完備させた、ヒルズをおっ建てようというのだ。
世界観? そんなものはメリルが見ている範囲外ならどうとでもなる。
店の移転先は高級住宅街にする予定なので、
貴族の所有者が出るかは分からないが、上流階級の市民をターゲットにするため、周りにハイセンスな店を出店させよう……という計画である。
まあ、真の目的は言わずもがなヒロインへの妨害だが。
「設備は最新のものを導入する予定ですし、仕入れも当グループの傘下に入れば……三割引きほどに」
「ふぅん? でもウチにはこだわりがあるのよ。提携している牧場から仕入れた卵とミルクを使えないと、この味が出せないの」
「ご心配なく、
店の財布を握っているのは主に奥さんだというので、先週こっそりとアポを取り、既に買収には前向きな返答をもらっていた。
だからネックになりそうなことは、もう全て解決済みなのだ。
奥さんが難癖をつけて、それをクリアして。
「断る理由が無いわね」
「ええ、これ以上の条件を出すところは見つからないと思います」
という結論に持っていくまでが台本である。
この茶番の裏側を知らないのは、パティシエのお父さんだけだ。
「お。おい。そんな急に……」
「あんたは黙ってな! 新しい店だってこっちの希望通りに建ててくれるってんだ。何か問題があるかい!」
「い、いや、でも。かあちゃん……」
「そうよお父さん! 私、まだ学校辞めたくないの!」
一流のパティシエも、一皮剥けばただのお父さんだ。
終始情けない表情をしたまま、マリアンネ、娘さん、奥さんからの集中攻撃を受けて、十分と粘れずに陥落した。
「……ご提案通りに、進めていただければ幸いです」
「では、少なくとも今後
「…………はい」
意外に折れるのが早かったが、まあ、彼も経営に限界を感じていたのだろう。一瞬で話は纏まった。
契約金は金貨が三百枚……九百万円プラス店と土地と設備だ。
この店を建てる時に組んだローンは、まだあと十年はあったはずだが。そちらも今日で完済である。
やったねお父さん。
などと心の中で囃し立てつつ、俺は次の計画はどうしようかと考え始めていた。
これで買収計画も残すところあと数店舗。目標は八割がた達成できた。
時計塔の工事などは時間がかかるが、囲い込みの完成は間近なのだ。
「まあ、メリルの……というか、オネスティ子爵家の財力じゃ太刀打ちできないんだ。後は高見の見物だな」
取り敢えず俺の所有物になった飲食店は、会員権だとか紹介制だとかで、メリルには利用できないように手配をした。
雑貨屋やアクセサリー店にも、ハルが気に入りそうな商品は仕入れのリストから除外させた。
これでデートに使われることもあるまいし、利用されたとして好感度は稼げまい。
俺が安堵している一方で、主人は商談などに全く興味を示さず。ひたすらケーキにがっついていた。
口の端にクリームをつけながら、優雅さなど全く感じられない食べ方をしているのだが……社会勉強はどうしたのだろうか。
「んんー! おいしい! ねえアラン、早速会員になりましょうよ」
「……まあ、そうだな。公爵夫妻もケーキは好きだし、使用人に配る分まで買って帰るか」
「へへっ、親分。俺たちは会員ってヤツになれるんですかね?」
「……考えておこう」
マリアンネが細かい契約を詰めている横で、俺とお嬢様と、マフィア姿の男六人はケーキを楽しんだ。
端から見れば異様な光景である。
俺たちの姿を見て客が何人か引き返していったが……まあ、その売り上げ分くらいは貢献して帰ろうか。
などと思いながら、俺は追加で紅茶をオーダーした。
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マフィアを引き連れ、同級生の実家を札束のビンタで買収する系主人公アラン。
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