第百話 負けられない戦い
「は?」
「エールハルトのあの態度! もう「原作」そのままでしょ!?」
「え、あ、ああ。そうかな」
「やっと……やっと、乙女ゲームの世界に転生した実感が湧いてきた!」
「遅っ!?」
メリルが転生してから一年が経つ頃だし、思い出すタイミングも最悪だ。
憧れの人から冷たくされたことで転生の実感が湧いて、歓喜に打ち震えるとは。
……この女、一体どういう思考回路をしているのか。
俺がドン引きしていることにも構わず、メリルは熱弁を振るう。
「そうよ、私が幸せにしたいエールハルトは
「ええー……」
「燃えてきたわ! どんな手を使ってでも、絶対に私が落としてあげる!」
いかん。これはいけない。
予想外なところで、メインヒロインさんにスイッチが入ってしまったようだ。
「一回くらい失敗したから何だって言うのよ。今からでも攻略は間に合うわ!」
「え、いや、あの。メリル」
「アラン! 私のこと、手伝ってくれるわよね?」
「その状態のお前を後押しすると、絶対ロクなことにならないと思うんだが」
俺が気持ちだけでなく、身体ごと距離を取れば。
メリルは引いた分だけ前に踏み出し――初めて会話した時と同じように、右手で俺の胸倉を掴んだ。
そのまま左手を壁に力強く叩きつけて、俺を逃がすまいと退路を塞いでくるではないか。
戸惑う俺を他所に、いやに熱の籠った声でメリルは力説する。
「そうよ。好感度が0じゃないなら、あの決闘はアランだった勝ちってことでしょ?つまり私への好感度は高いはずじゃない。……私のお願い、聞いてくれるわよね?」
「そ、そうだったかなぁ? ラルフの勝ちじゃない?」
試合に勝って勝負に負けたということで、俺は地面に転がったラルフこそが勝者だと宣言したはずだ。
それはメリルも聞いていたはずなのだが。
「でもアラン。私への好感度0じゃないよね?」
「ぜ、ぜろだよ。義理と人情で、付き合ってんの」
「嘘言ってんじゃないわよ。……もしもアランが私に付き合わないなら、私と
前回の「攻略するぞ宣言」とはわけが違う。
今回はお互いに、やろうと思えばいつでもできるということが分かった上での脅しだ。
しかし、メリルの性格が分かってきた今ならば。こちらにも反論の余地があるというものだ。
「メリル。お前は俺のこと、全く好みじゃないだろ?」
「ええ、「原作」のアランは痛々しくて貧乏で、すぐ詐欺に引っ掛かるダメ男だったからね」
「……事実だけど、酷い言われようだな」
だから俺のことなど歯牙にもかけない――と思っているのだが。
「でも、今のアランは違うでしょ?」
「今の俺?」
「そう。公爵邸で教育を受けたから常識はあるし、ファッションセンスもまあまあ。投資で稼いだお金で何十社も買収して、今や大金持ち。しかも貴族」
確かに「原作」の俺とは全く違うなと思っていれば――彼女はにっこりと笑って言う。
「アランも優良物件だし、変なことをしなければ性格も悪くない。……いいんじゃない? いざとなったらアランでも構わないのよ? 私」
「えっ……」
これは好意なのか駆け引きなのか。何とも判断が付きかねる。
呆然とする俺の胸元から手を放して、くるりと背中を向けて、メリルは歩き始めた。
「そんなわけで、今後ともよろしくね、
後ろ手に手を振って去って行くメリルを、俺はただ黙って見送るしかなかった。
――が、しかし。
「アラン様、これには一体どういった意図が? 大聖堂の時計台改築計画に、郊外の土地の買収計画と、造成に住宅の建築。それに、更なる店舗買収を……?」
「必要なものなんだ。手配を頼む」
俺はマリアンネを呼び、当初立てていたメリル妨害計画を実行に移すことにした。
特に信心深いわけでもない俺が大聖堂の工事を無償で行うことが謎なら、全く進出していない住宅造りの業界に手を出すことも謎だろう。
それに買収予定の店は、ジャンルも立地もバラバラだ。怪訝そうな顔をするのは分かる。
「必要とあらば手配は致しますが、相当の出費となりますね」
「金に糸目はつけるな。大事なことなんだ」
「理由をお聞きしても?」
「何も聞かずに、頼む」
高台の公園から、夕日が落ちる様を二人で眺める。そんなロマン溢れるデートスポットは、時計塔の拡張工事で潰す。
郊外のお花畑も造成して、ただの住宅地にする。
その他にもデートで使えそうな店――特にハルが好みそうな店を全て買収していく計画だ。
「であれば、そのように。財産の半分は使うことになりそうですが、人気店ばかりなのですぐに元は取れるでしょう。時計塔は……信心深い貴族たちへの宣伝と割り切れば、なんとか……」
「上手い事やってくれよ? 俺が現地に行けない以上は、マリアンネに頼るしかないんだから」
俺がそう言えば、マリアンネは口元に手を当てて何かを呟いていた。
「私だけが頼り、私が必要。私を求めている……愛して……」
「おい、どうした? 難しそうならどこか削っても」
「いえ。完璧にやり遂げて見せます」
「そ、そうか。頼むぞ」
メリルからすれば、あの宣言で俺の行動が鈍くなったり、情が湧いて妨害の手が緩むことを期待しているのだろう。
だが、その程度で怯む俺ではないし、いいように揺さぶられるつもりもない。
……確かに状況としては良くないと思う。
まず、俺のルートに王手がかかった。
その気になれば攻略されるくらいにまで追い詰められている。
次に、ラルフからメリルへの好感度が上がったのだから、以前よりもガードが緩むだろう。
ハルへの接触が容易になったと言える。
ついでに「原作」のアイテムが有効だと気づいたのだから、俺が知らない他のアイテムも探そうとするはずだ。
更に言えばハルからメリルへの好感度は元々さして高くもないのだから、彼女には大きなデメリットも無かった。
盤面だけを見れば相当不利な展開だ。
「結局、何が変わっても。俺の基本方針はこれしかないんだよな」
お貴族様の、蛇のように執念深く相手を追い詰めるやり方は不得意だし。好きでもない。
俺の基本戦術は自爆。それしかないのだ。
攻撃されたら、防御を捨てて反撃に打って出るのが俺流だ。
俺が攻略されるリスクが高まった? そんなものは関係ない。
メリルのデート計画を妨害して、ハルの好感度を低い位置で維持できたとしたら。リーゼロッテとハルは今の関係のままゴールインできるはずだ。
この妨害計画については隠すつもりもない。
メリルが街を歩けば、俺が派手にやっているのは嫌でも分かるだろう。
何であれ、どうであれ。俺は初期に立てた計画を実行するだけだ。
……ここからはお互い本気になった。
ただそれだけの話である。
「ルート選択まで半年ってところか。それまでが勝負だな」
初志貫徹だ。
メリルはクリスかパトリックのどちらかと結ばれてもらうし、リーゼロッテはハルとラブラブのまま物語を終えてもらう。
それに俺だって、婚約者と幸せな家庭を築きたいのだ。
全員が幸せになるにはメリルをハル以外の攻略対象と――彼女の意思で、自分から「付き合いたい」と思わせなければならない。
俺の妨害を突破して、メリルがハルを落とすか。
俺が状況を動かして、ハル以外に恋をさせるか。
結末は、そのどちらかだろう。
「いいさ。ここまできたら徹底的にやってやるぜ、メインヒロインさんよぉ」
こうして俺たちの、絶対に負けられない戦いが始まった。
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