第九十九話 仮面王子
「んふふっ、順調ね。ラルフは意外と手早く片付いたし、エールハルトも怒ってないっていうし」
「あー、そうね。まあ、そうね……」
実はパトリックの好感度が激減している。
それに、メリルが狙っていない相手の好感度だけが、どんどん上昇しているところである。
彼女から見れば全く順調ではないし、俺からしてもそうだ。
パトリックへの道が険しくなったので、ハルへの盾が一枚減った。
ハルからメリルへの好感度がそれほど下がっていないのであれば、全くおいしくない。
……にしても、ハルの好感度が下がっていないのは何故だろうか。
彼の好感度はマイナス域に突入しているはずなのだが――と考えていれば、廊下の角から見知った顔が姿を見せた。
「おや、レインメーカー子爵」
「……あ、どうも」
「丁度いいところに。エールハルト殿下からの
現れたのは、ハルのお付きをしている男爵……通称ちょび髭の文官だ。
いつでもつっけんどんな態度を取っているので、俺としては苦手な部類の人間なのだが。
「言伝ですか?」
「ええ、殿下のご予定について、本日の分は全て終了致しましたので。いつお越しいただいても構わないとのことです」
「承知しました。これからすぐでもよろしいですか?」
「……申し伝えますので、少し間を置いてからお越しください」
それだけ言うと、彼は軽くお辞儀をしてから足早に去って行った。
伝えるべきことは伝えたので、もうお前に用はないとでも言わんばかりの態度である。
「アランが敬語を使ってるの、何か新鮮」
「俺だって相手を見て話すんだよ。まあアポは取れたんだし、部屋に向かうか」
少し間を置いてと言われたが、別に持て成しの準備があるわけでもないだろう。
気持ち遅めの足取りで、俺たちはちょび髭の後を追うことにした。
十分ほどかけて病院内をゆっくりと歩き、やたらとセキュリティが厳重な病室の前にやってきたわけだが。
近衛騎士四名が部屋の前で歩哨をしており、中にもガウル他数名の護衛とお付きがいるはずだ。
「準備はいいか?」
「要人の周りをSPがガードしているみたいで、落ち着かないんだけど……」
「立場上当たり前だろ。さ、開けるぞ」
俺がアイコンタクトを取れば、近衛騎士が扉を開けてくれた。
そう言えばハルの部屋には行ったことがないなと思いつつ、病室内を見渡したのだが。
俺の個室と比べて三倍ほどの広さがあり――豪華さもケタ違いだ。そこらの伯爵が用意している応接室よりも立派な佇まいをしている。
何故病室に絵画や彫刻といった調度品が必要なのかはさておき。
部屋の主、ハルはいつも通りに微笑んでいた。
さて、メリルが謝罪をして、ハルが受け入れて。
その後は和やかに談笑……という場面なはずなのだが。
まあ、会話のそこかしこに違和感がある。
「王族の個室ともなると、他の病室とは雰囲気が違いますね」
「そうだね、サージェスの部屋もこうらしい」
「あの絵画も素敵……。あれは殿下がお選びになったのですか?」
「ああ、画商が持ってきた中から選んだよ」
メリルがきちんと敬語を使おうとしているのもそうだが、ハルのリアクションが淡泊と言うか……。
普通に受け答えはしているし、投げ槍な態度というわけでもない。
特別失礼な態度を取っているわけでもない。
だが、小さい頃から知っている俺から見ると、どことなく無機質というか――言葉が冷えているような気がする。
……これ、「原作」の仮面王子に戻ってない?
という疑念を抱くくらいには、愛想笑いをしている印象がある。
この分だと確実に好感度は下がっているだろう。
「はは、まあもうすぐで復帰できるから、これを王宮に持ち帰るのは手間だけれどね」
「そうですね、引っ越しが大変そうです」
「その辺りは近衛にも頑張ってもらおうかな」
内心で相手のことをどう思っているか分からない、ザ・貴族のようなやり取りを見ていると、何故だか俺の胃が痛む。
メリルへの好感度が低いのは、自分の主人と彼の未来を考えればいいことなのだが。
どうにも釈然としないものがある。
「な、なあメリル。今日はこの辺でいいんじゃないか」
「えー……まあ、そうね。まだ入院中だし、今日はお暇しましょうか」
「名残惜しいが……
そんな機会は無いだろうが、という副音声すら聞こえてきそうだ。
メリルはあっさりと引いてくれたが、ハルからメリルへの好感度も最底辺にあると見ていい。
……この事実を知ったら、メリルはどうするだろうか。
またロクでもないアイテム探しを始める可能性も否定できない。
「俺もそろそろ諜報部隊とか持つべきかな……」
「アラン? 何をぶつぶつ言っているの?」
「いやな、少し部下を増やそうかと思って」
「アランは働き過ぎだからね。部下を増やすのはいいことじゃないかな」
差し当たり、マリアンネにオネスティ子爵家を監視するように言い含めておこうか。
そんなことを思いながら、俺たちはハルの病室を後にした。
そろそろ夕方ということで、見舞客もまばらになった廊下を二人で歩いているのだが。
今日のこと、特にパトリックの件については伝えてから解散しなければならない。
玄関まで見送りにきたところだし、そろそろ言わねば。
そう思い、俺は小さく息を吸ってからメリルに切り出す。
「なあ、メリル」
「言わなくても分かってるわよ」
「え?」
「エールハルトに変化があったことくらい分かるって言っているの。パトリックもかな」
これには驚いた。
表面上はいつもと変わらない態度だったので、何も気づいていないものかと思っていた。
「爆弾のせいかと思ったけど……そうするとクリスとラルフ、それにアランの好感度が減ったように見えないのよね」
「その辺も織り込み済みかよ」
「アランからの好感度が0だと思っていたから、一緒に謝りに来てくれるところからして予想外よ」
好感度を抜きにしても。俺は自分の芯たる、スラム街の教えを忠実に守っているだけなのだが。
例え好感度が0だろうと、けじめを付けるのを手伝うくらいの甲斐性はあると思っている。
……しかしそう考えると、クリスは謎だな。
ラルフと俺は計算も合うような気がするが、彼からメリルへの好感度は確実に0のはずだ。
あっさりと許しを得たのは何故だろうか。
まあいい。問題はここからメリルがどう出るかだ。
黙って俯いたメリルは、肩を震わせているのだが。
メンタルが崩壊して大事件を引き起こした直後のこれでは、また何か問題を起こしそうな気がする。
「……い」
「あん? 何だと?」
どういうリアクションを取るか、じっと見つめていたのだが。
ブツブツと呟いていた彼女が、ぱっと顔を上げてみれば――
「最っ高じゃない!」
――どことなく恍惚とした表情をしていた。
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