第九十八話 好感度爆上がり



「アラン、お昼食べなくて良かったの?」

「ああ、今は何も喉を通らねぇ……」

「顔色悪いけど、大丈夫? まさかさっきので傷口が開いたりしてない?」



 打ちひしがれること十数分。

 うずくまって嘆いていても何も変わらないと自分に言い聞かせ、俺は何とか再起動を果たした。


 病院の食堂でメリルと合流したのだが、もう暢気に飯を食っている場合ではない。

 彼女はサンドイッチで手早く済ませたようなので、早速ラルフの病室に向かうことにした。



 元々メリルの中では、一番人気がぶっちぎりでハルであり、二番人気がパトリックだと聞いていた。

 実際に会ってみたらクリスはアリだったと言うが、彼は研究で忙殺されていて、恋愛どころではない。 


 残る最後の光明が、パトリックの存在だったのだ。


 数分前に、全ての希望が潰えたかのような。絶対的な絶望をフルコースで味わった。

 今食事をしたところで、味など分かるはずがない。



「怪我の問題じゃねぇから大丈夫だ。あー、メリル。後で少し相談があるんだが」

「まあ付き合ってもらったわけだし、少しくらいなら構わないけど?」



 メリルは俺の悩みを聞いてあげるというスタンスのようだが、悩み自体は彼女に関することだ。


 お前の問題を解決したいという相談なのに、上から目線で来るとはいい度胸だ。

 と、啖呵を切る元気など残されてはいない。


 全部を一度に解決できる魔法のような手段など無いので、一つ一つ片づけていこう。

 まずは目下もっか一番の難敵であろう、ラルフへの謝罪を済ませるところから始めなければ。



「……まあいい。流れはパトリックの時と一緒だから上手くやれよ」

「あー……やだなぁ。ラルフとか絶対怒ってるでしょ」

「元々がアレだからなぁ」



 初対面のメリルにジャーマンスープレックスをしたところから因縁が始まり、その後もハルを狙うメリルを撃退し続けたラルフである。


 元より好感度は地の底な上に、あの乱闘事件だ。

 本人もそうだが、護衛対象のハルまでノックアウトされたのだから、激怒していてもおかしくはない。


 ハルを攻撃していたのは、主にサージェスとラルフだったはずなのだが。

 その辺の折り合いをどう付けているのかで反応は変わるだろう。



 メリルが緊張した面持ちでドアをノックすれば、すぐにラルフは入室を許可してくれた。



「ん? メリルとアランか。すまんな、汗臭くて」

「おいおい……入院中に筋トレかよ」

「身体が鈍るといけないからな」



 俺やパトリックの部屋と比べれば手狭だが、ラルフも個室に入院している。

 ある程度自由が利くので、各々が勝手に私物を持ち込んでいたのだが。俺たちが持ち込んだのは主に仕事道具だった。


 そこいくと、ラルフの部屋は少し趣が違う。

 部屋中にダンベルやらチューブやらのトレーニング用品が並んでおり、質実剛健を地で行く彼らしい部屋になっていた。



「っと、それでどうした。二人揃って」

「いやな、メリルが謝りたいって言うから連れてきたんだよ」

「謝る? 何を?」

「何をって、俺たちを巻き込んだ事件についてだよ」



 俺がそう言えば、ラルフはきょとんとした顔で――「お前は何を言っているんだ?」とでも言いたげな顔で俺を見た。



「そりゃあ無断で動いて騒動にはなったけどよ、俺たちが苦労したのはウォルター男爵絡みだし。ダンジョンのこともサージェス殿下の問題だろ?」



 ラルフがクリスの行方を追うために、監視が付いている中で相当調査を頑張ったというのは聞いていた。確かに言う通り、主にウォルターのせいで走り回ることになったと言える。


 サージェスが申請用紙に行き先をきちんと記入していれば、ただの課外活動扱いで何の問題も起きなかった。これもその通りだ。


 ラルフは好感度のことを知らないのだし、初代王の遺産で何が起きたのかが分かっていないだろう。

 よくよく考えれば、メリルからは大したことをされていないように見えるのかもしれない。



「怒ってないのか?」

「別に怒るとかはないな。大怪我をしたと言っても、普段の訓練より激しい……実戦形式と考えれば得るものはあったし」

「前向きだなオイ」



 忘れていた。こいつは基本的に脳筋の里の者だ。

 リーゼロッテやハルと同じく、鍛えることに喜びを見出し、どこぞの高みを目指す男だった。

 病院送りを鍛錬の結果と言い切る潔さを、どこぞの侯爵家嫡男にも是非見習わせたい。



「アランこそ、誘拐犯扱いで逮捕までされたってのに普通じゃないか」

「ん? ああ、そういやそうだな」

「一番の被害者が何でもない顔をしているのに、俺が怒ったって仕方がないだろ?」



 それもそうだが、言われてみれば俺は何故普通なのだろう。

 パトリックよろしく、メリルへの好感度がマイナス域に突入しているはずなのだが。



 ……ああ、決闘で最後まで残ったから、俺の好感度減少が爆弾の分だけになったのか。

 とすると、今俺からメリルへの好感度は70――






 ――いやいやいや。待てよアラン。

 これだと、アランルートに入る条件が整ったことになる。


 俺はメリルとランダムイベントをいくつかこなしているし、ダンジョンにだって何度も同行している。

 後は好感度の問題だけだったのだ。

 好感度が50を超えた状態で二年目を迎えて。スラム街でイベントが起きると、俺のルートに突入してしまう。


 ……意外なところでとんでもない爆弾が見つかったが、要はスラム街でメリルと鉢合わせなければいいんだ。


 向こうとしても俺と結ばれることは不本意だろう。

 互いの予定を合わせて、絶対に出会わないように調整すれば大丈夫……な、はず。


 俺が一人で戦慄していれば、メリルが一歩進み出てラルフに頭を下げた。



「この度は、大変申し訳ございませんでした」

「…………なあ、熱でもあるのか?」

「失礼ね! 人が謝ってるっていうのに!」

「ん、ああ。悪い」



 謝罪を受けて訝し気な様子を見せるラルフに対し、ぷんすか怒るメリルではあるが。

 ラルフのリアクションは、予想よりもずっと淡泊であっさりしていた。


 これが元祖熱血系兄貴分キャラの本領か。

 俗に言うサバサバしているというやつだろう。



「サージェス殿下に振り回されて、メリルだって大変だっただろ?」

「え? あ、いや……元々ダンジョンがあるって教えたの、私だし」



 どうしたんだ、今日のラルフは。

 メリルをあっさり許すだけでも予想外だというのに……気遣いまで見せただと?

 休む間もなく更なる戦慄を味わっていたのだが、これは一体どういうことだ。



「そうなのか? まあ過程はどうであれ、目的を達成したっぽいサージェス殿下の一人勝ちなんだ。お前もあまり気に病むなよ?」

「う……うん、ありがと」



 復讐のジャーマンスープレックスが待っていることまで視野に入れていた俺は、ひたすら困惑していた。


 しかし数秒考えて、すぐに答えに至る。

 本当に俺は、何かが起きる前にこの勘の良さを発動させたいのだが、まあいい。



 「原作」のラルフは、好感度が下がりにくいキャラだった。

 何かがあった時の下がり幅は、他の攻略対象と比べれば大体半分。


 つまり、爆弾と決闘によるマイナスは本来120になるが、ラルフの場合は60に収まるので……現在の好感度は40だ。


 元々の好感度が間違いなく0なのだから、あの事件で大幅に好感度を稼いだことになる。

 嫌われたどころか、好感度爆上がりもいいところだ。



 ……これでメリルの好みにさえ合っていればなぁ、と、俺はむしろ残念な気持ちになった。

 甘いところを見せて、ハルへの鉄壁の守りが崩れるようなことにならなければいいのだが。



「まあそんなわけで、俺は気にしてないし……エールハルトも、あまり気にした様子は無かったな」

「本当!?」

「許したからって露骨に喜ぶなよ……」



 やれやれといった様子で首を横に振るラルフだが、刺々とげとげしさは完全に無くなっている。


 どうやらメリルは無事許されたようなので、数分ほど世間話をしてから、俺たちはラルフの部屋を後にした。




 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 アランの考察による、好感度の計算


 パトリックの好感度 100-120

 ラルフの好感度   100-60

 アランの好感度   100-30


 0なのかマイナスなのか。正しい好感度は神のみぞ知るところです。

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