第九十五話 女神だ



 黒焦げになった人物が俺の足元に転がってきたのだが。

 それは久しぶりに見る、物語の神様だった。

 焼死体になりかけたクロスは、倒れ伏したまま俺のことを半目で睨んできた。



「……登場くらい、まともにさせてよ」

「あ……悪い」



 再生能力に定評のあるクロスだが。初めて会った時と同じように、一瞬で身体が元通りになった。


 燃えていた安っぽいスーツも、赤いネクタイも。全てが元通りに修復されてから、彼は立ち上がる。



「久しぶりだね、アラン」

「そういやそうだな。入学式以来だから……半年は経ってるよな」

「まあ神様の感覚からすると二、三日ぶりくらいなんだけど、なッ!」



 世間話をしている俺たちを構わず攻撃してきた影だが、クロスが手刀を繰り出した瞬間に消え去っていった。


 ……どうして現れたのかは知らないが、援軍というなら歓迎だ。

 大いに役立ってもらうとしよう。



「なあクロス。あの化け物、退治できるか?」

「当ったり前でしょ? 神様よ、俺」



 間延びした声で悠長に言ってから、彼が手を翳した先に魔法陣が出現した。

 鎖がジャラジャラと敵を縛っていき、周囲で蠢いていた影がみるみるうちに圧縮されていく。



「しかしバグキャラかと思ったら、キャラクターに憑依するタイプの邪神だったとはね。そりゃ見つからないわけだよ。しかも現地の邪神と融合しちゃってるし……滅茶苦茶だよもう」

「は、離せ! 何だ貴様!」

「俺のことは、全自動バグキャラ処理機とでも呼んでくれ」



 その言い方だと俺とリーゼロッテも処理されてしまいそうなのだが、まあいい。



「状況の説明はしてくれるのか?」

「色々と法律に触れるから、今は無理かな」

「……そうかい。そいつをしょっぴくのは構わないから、先にクリスを治療してくれないか?」



 自分で自分を刺したクリスは、まだ死んでいないようだが虫の息だ。

 このまま放っておけば本当に命を落とすだろう。



「んー、どうしよっかな。今回は色々複雑だから変に手を出すと後が怖いし、やめとくよ」

「冗談だろ? 攻略対象が死んだら物語が終わっちまうだろうが」

「あっはっは、大丈夫大丈夫。微妙に急所は外れているし、今エミリーがこっちに向かっているから。彼女に治してもらいなって」

「は? エミリーが? 何で?」



 全く意味が分からない。

 面会の時間も終わった深夜になって、何故エミリーが病院へ向かっているというのか。



「アランの暗殺を警戒して、マリアンネ……だっけ? それと部下数人を連れて病院を監視していたみたいだな。実はアランにも見張りが付いていたわけだけど、まさか気づかなかったのか?」

「マジかよ……知らんかった」

「まあ、見張りはアランが苦し紛れに撃った魔法の流れ弾で、気絶したんだけどね。すぐに来るから大人しく待ってな」



 そこで言葉を区切ったクロスが、べキリ、ゴキリと拳を鳴らしながら、魔法陣と鎖で簀巻きにされた影に近づいて行く。


 影は逃げようと身をよじっているのだが、一向に前へは進めていない様子だ。

 先ほどまではゆらゆらと実体を感じさせない動きをしていたのだが、今ではただのマリモである。



「あちこち隠れ回って……随分、手間取らせてくれたねぇ」

「貴様、どこぞの神々か! 私をどうするつもりだ!」

「どうって、逮捕するつもりだけど。この世界の全生物に対する殺害未遂だから……裁判にかけたら懲役四千億年くらいかなぁ?」



 懲役のスケールがデカすぎることはさておき。

 どうやらアレはクロスと敵対する陣営のようだ。


 だったらいいだろう。

 俺は邪神とやらを連行しようとするクロスを呼び止めて、一つお願いをした。



「クロス。ちょっとお願いなんだけどさぁ……一発、そいつを殴らせてくれない?」

「いいよ。抵抗するから殴っちゃいましたってことで処理しとくわ」

「何!? 捕虜に対する扱いが――」

「うるせぇ、もう許可は出てんだよ!」



 邪神は驚いたような声で抗議をしてくるが、構うものか。

 この世界を管理している神様から許可を得たのだから、何を憚ることがある。


 言うが早いか、俺は思いっきり腕を振りかぶって。



「歯ぁ食いしばれ」



 マリモと化した邪神を、思いっきりぶん殴った。














 クロスが亜空間を開いて帰っていった直後、完全武装の人間が大量に雪崩込んできた。


 俺の私兵と、ワイズマン伯爵の私兵。そしてウィンチェスター侯爵の私兵。

 総勢三十余名を伴って乱入してきた婚約者たちであるが、状況を見て、まずは傷が深刻なクリスの手当を始めた。


 俺も重傷ではあるが、意識は保てるくらいなので問題は無いだろう。


 俺と邪神が好き勝手に暴れた惨状を何とかするべく、私兵たちが修復作業を始めていたのだが。

 彼らが鎮火作業をしている様を眺めていると、マリアンネが小走りで駆け寄ってきた。



「エミリーお義姉さまが応急手当をしました。クリスさんも峠は越えたようです」



 本当に急所を外れていたようで、恐らく命に別状は無いとのことだ。

 俺もクリスも入院期間は伸びるだろうが、そこはもう仕方がないだろう。



「そうか、そりゃ良かった。……で、マリアンネ。そのおねえさま・・・・・ってのは?」

「エミリーさんが、そう呼ぶようにと」

「ふーん」



 まあ、仲がいいのは良いことか。

 そう思い、治療中されているクリスの様子を眺めていたのだが。



「う、うう……」

「気が付きましたか? 傷は深いですが、もう大丈夫ですよ」



 うなされながらも目を開けた彼は、間近で治療をするエミリーに――



「め、女神……」



 と、呟いた。

 言われた方のエミリーも、目をパチクリとさせている。



「え?」

「流石は、アラン様の、伴侶となられるお方。女神の……如く……がはっ!?」

「あの、喋られては傷に障りがありますので」

「朝焼けに照らされた、お姿の。なんと、神々しい……ことか。おお、エミリー、様……!」



 そんなことを言ってから、再び気絶した。



「……あー、まぁ、大丈夫そうだな」

「……そのようですね」



 俺とマリアンネはそっと目を逸らした後、病院への賠償金がどれくらいになるか話し合っていたのだが。

 その横ではエミリーが一人、何かを呟いていた。



「あらあら。予想外の、いいが手に入りましたね」



 俺は俺で、クリスをいいように使っているという自覚はあった。

 今回の事件を機に少し改めようかと思ったのだが。


 エミリーが、俺の数倍は人使いが荒いということを知るのは……後日の話になる。




「メリルだってもう懲りただろうし、コレ・・もウォルターのせいにしちまえば、当分は大人しいだろ。ああ……疲れた。当分は何もやりたくねぇ」



 ここ数日で、幾度となく命を懸けた。

 王子の誘拐犯に仕立て上げられるわ、業者を呼んでダンジョンを爆破するわ、乱闘で入院するわ、邪神と戦うハメになるわ。もうお腹がいっぱいだ。


 俺が疲れ切った様子を隠しもせずにそう零せば、マリアンネは痛ましいものを見るような目を俺に向けて、切なげに言う。



「アラン様が平穏な生活を送るのは……無理だと思います」

「諦めんなよマリアンネ。いいか、俺は当分何もしない。本っっ当に何もしないからな!」

「事件、起きないといいですね……」



 せめて入院期間中くらいは、だらけた生活を送ってもバチは当たらないだろう。


 そう思いながら、白んでいく空を見上げて。

 そのまま大の字になって、俺は屋上に寝ころんだ。




 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 四章完結。

 次回、閑話です。

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