第九十三話 私の忠義(前編)
「危なっ!? おいこらクリス! 正気に戻れ!」
夜の病院で、俺は刃物を持って追いかけてくるクリスと追いかけっこをしていた。
虚ろな目をして背後から追いすがってくるクリスの姿は、ホラー映画も真っ青な怖さだ。
怪我をしているのはお互い様だろうに。彼は元気に刃を振るい、怪我を全く感じさせない俊敏な動きで俺を追い詰めていた。
脇を潜り抜けて、何とか病室を脱出したまではいいが――こちらは丸腰のため、逃げることしかできない。
「くっそ!
廊下に氷で障害物を作り上げたのだが、それも数秒と持たず破壊された。
妨害して何秒か時間を稼いでは、また追いつかれての繰り返しだ。
このままでは埒が明かない。
「ウォルターの洗脳はまだ続いていたってことか! クソが!」
俺を殺せば世界が滅びる? 何のこっちゃとは思うが、今はツッコミを入れている時間など無い。
土着の神を信仰させるなどと言ってはいたが、要は邪神を崇めさせるような儀式だ。
ウォルターがあっさりと撤退したのは、クリスに対する洗脳が終わっていたからなのだろうか。
回復したと思って油断していたが、精神への支配は根強く残っていたようだ。
「動きを止めなきゃ話にならねぇ」
入院している一般人や、ハルたちに被害を出すわけにはいかない。
中庭か屋上に出て、殺さない程度の魔法で吹き飛ばすしかないだろう。
そう思った俺はどちらが近いか考えて、屋上を選んだ。
階段を駆け上がった俺は勢いのままに扉を開け放ってから、クリスが姿を現す前に上級魔法を展開した。
「
一番使い慣れた、氷の上級魔法だ。
これなら殺す心配は無いし、長時間動きを止められる。
発射待機の状態で待ち構えていたのだが――クリスが追って来ない?
疑問に思ったのも束の間、足元にヒビが入り、次いで岩石のような槍が足元から突き出してきた。
「チッ! 読まれたか!」
直撃は避けたものの、槍の端が左足をかすめていき――俺の機動力は更に低下した。
もう逃げられない。ここで決着を着けるしかないだろう。
「アラン・レインメーカー。貴様を、殺、せば」
「聞き飽きたわ! もういい、一発ぶん殴って正気に戻してくれる!」
穴を開けて這い出してきたクリスを目掛けて、俺は
そのまま
「ガァ!」
「それでこのまま――!」
一瞬怯んだ隙に背後を取り、リーゼロッテ直伝の絞め技だ。
俺は裸絞めを使い、クリスを捕らえた。
「締め落とす!」
「グっ、ガァ!」
獣のような声を出して抵抗するクリスだが、技は完璧に決まった。
徐々に抵抗する力も薄れていき――やがて抵抗は、パッタリと止んだ。
「落ちたか。……ったく、手間をかけさせやがって」
俺もそうだが、クリスの方もダメージは深刻だ。
早いところ医者に手当をしてもらうか、神官を呼んで回復魔法をかけなければ、後遺症が残るかもしれない。
そう思った俺は技を解き、医療関係者を探しに行こうとしたのだが。
「……おいおい。意識が飛んでも、動けんのかよ」
背後を見れば。
ゆらり、と、クリスは立ち上がった。
「アラン……様」
だが、攻撃も無駄ではなかったようだ。
ショック療法が良かったのか、クリスは多少なり正気を取り戻したようだ。
「お逃げ、くださ……い」
「言われなくても逃げるわバカ! いいから大人しくしてろ。今医者を呼んでくるからな!」
今が好機と思い離脱を試みたのだが。
クリスの背後から黒い煙が噴き出して、一瞬で周囲を覆ってしまった。
急激に視界が悪くなったので、俺は一旦足を止めてクリスの方を見る。
「何だこれ……おいクリス! 無事か!」
モヤの中でクリスの姿を探せば、幽鬼のような雰囲気も消え、生気を取り戻したクリスの姿があった。
そして、意識のハッキリした彼は迷いなく――俺を殺しに来た。
猛烈な勢いで距離を詰めてきたクリスは、勢いのまま刺突を繰り出して。
刀が俺の腹部に突き刺さる。
「がっ、は……!?」
「役に立たない宿主だ。直接手を下すことに、なろうとは」
「宿主……? 誰だ、お前」
致命傷一歩手前の傷を負わされたわけだが。頭は変に冷静だ。
クリスの口調に違和感があると気づくくらいには。
口調だけではなく、クリスが決して作らないような――憎悪に満ちた醜悪な表情を浮かべて、ソイツは言う。
「誰でもいい。アラン・レインメーカー。貴様を殺せば、世界は滅びる」
「俺が死んだくらいで、滅ぶような。安い世界があって……たまるか1」
「いいや、滅ぶさ。攻略対象が死ねば、乙女ゲームの世界など簡単に崩壊する」
「……は?」
「原作」のことなど、クリスに話したことはない。
乙女ゲーム? どこでその情報を知った?
俺が困惑していれば、クリスは俺の腹から刀を引き抜いて叫んだ。
「何を、バカなことを。アラン様、お逃げください!」
「抵抗をするな!」
「これしきのことで、負けるものかッ!」
身体を乗っ取ろうとしている何者かと、クリスが主導権を争っているようなのだが。
喋る身体は一つしかないので、シュールな絵面になっている。
正統派イケメンの顔つきと醜悪に歪んだ悪意の塊のような顔つきが交互に出てくるのだから、顔芸を見ているような気分だ。
凄く緊迫した場面だと思うのだが、一瞬気が抜けてしまった。
が、状況は予断を許さない。
黒い影がクリスに纏わりつき、しきりに「アランを殺せ」、「破滅を
クリスは必死に抗っているようだが、旗色は良くないようだ。
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