第九十二話 入院
「はい、アラン様、あーん」
「あーん」
「ほら、マリアンネさんも」
「えっ、私もですか!?」
あの激戦から三日が経った。
今の俺はベッドに横たわり、エミリーが剥いてくれた果物を食べているところだ。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるエミリーに餌付けをされている形になるのだが、彼女はマリアンネにも同じことをさせようとしていた。
顔を真っ赤に染め上げながら、手をプルプルと振るわせて。
目を逸らしつつ、マリアンネも俺の口元にフォークを伸ばす。
「あ、アラン様……あ、あーん!」
「あーん」
殺し合い一歩手前の大喧嘩を繰り広げた俺たち五人は、仲良く病院に救急搬送されることになったのだ。
回復魔法のおかげで治りが早いとは言え、全員が相当の無茶をした。
全員ボロボロであり、俺も最低一か月の入院を申し渡されている。
両腕を骨折して食事に難儀していた俺に対し、手ずから食べさせてくれる二人には感謝の言葉も無いのだが。
「フハハハ! 青春であるな!」
「入院したと聞いた時には驚いたものだが……心配はいらないようだね」
今は陛下とアルバート様が見舞いに来ている。
人目があるというのに、一向に「あーん」が止まらないのだ。
先ぶれも無く、陛下がフルーツバスケットを抱えて登場した時には……病院関係者一同が慌てて列を為した。
『国王陛下の総回診です』というアナウンスが流れそうな規模で人が押し寄せてきたのだから、出入りを食らったのかと思ったほどだ。
その後病院関係者たちに向け、「やかましい。散れ」と言って追い返した陛下は。静かになった頃を見計らって、俺たちに対して言った。
「我々はただの見舞客だ。楽にしていいぞ。いつも通りに過ごすといい」
と。
するとエミリーは二秒ほど置いてから、手元のリンゴに手を伸ばし。
皮を剥いてから俺に差し出した。
「では失礼して、あーん」
「!?」
エミリーがあっさりと平常運転に戻ったことにも驚いたが、アルバート様と陛下はニヤニヤとするばかりで、何も言って来ないのが不気味だ。
今日はマリアンネから、事件の顛末を報告してもらう予定でいたのだが。
雲上人二人の乱入によって、まだ何も聞けてはいない。
さあどうしたものかと、リンゴを咀嚼しながら思案していれば。アルバート様は徐に切り出した。
「先にサージェス殿下からお話を伺った結果なんだが。学園の地下にあるダンジョンに潜っていただけで、行き先の記入不備があった……ただそれだけの話だと証言してくださったよ」
「これで晴れて、無罪放免であるな。はっはっは」
「それは何よりです」
サージェス誘拐の容疑は晴れたらしい。
これで俺も一安心だろう。
だが、最も気がかりなのはウォルターのその後だ。
「ウォルター男爵はどうなりましたか?」
「彼も抜け目の無い男でね、ギリギリのところで切り抜けたよ」
「顛末については、こちらに報告書をご用意しております。お目通しください」
仕事モードに戻ったマリアンネから報告書を受け取ったのだが。
まあ上手くやったものである。
違法行為はいくつかあれど、貴族ならだれしも行っている
無理に改宗させれば罪にも問えるが、クリスは無宗派であり、
クリスについては、土着の神を信仰してもらおうと儀式を執り行ったのだが、体調不良を起こして錯乱してしまった。
だから落ち着くまで外に出さなかっただけで、監禁ではない。などと屁理屈をこねたようだ。
実家のアーゼルシュミット伯爵家に巨額の損害賠償を支払うことで決着していた。
「してやられましたか」
「ただの男爵なら破滅しただろうが、北部貴族からの擁護が激しくてね。……厄介なものだよ、まったく」
アイゼンクラッド王国の北部は、戦争で切り取った領地だ。
元々は他国だったので、何かにつけて中央へ反発している。
何かあれば即反乱の兆しがあるというのだから、ここは政治的判断だろう。
「申し訳ございません。取り巻きは処罰できたのですが、本人までは届きませんでした」
「マリアンネはよくやってくれたよ。アイツの影響力を下げただけでよしとしておこう」
本来ならばウォルター男爵の登場は来年の秋になるはずだったのだ。
来年、予定通りのタイミング仕掛けてきたとして。
敵の戦力が減っているのであれば、それは歓迎すべきことだと思う。
今回はこの辺りが落としどころかと納得していれば――最後に、驚きの報告が目に飛び込んできた。
「ん? んんー?」
「あの、最後に。アラン様が脱獄した罪についてですが」
「待て待て! あれは陛下とアルバート様が手伝ってくれたんだぞ!?」
「おう、手伝っただけだ」
陛下があっけらかんと言うものだから、俺は唖然とした。
国王と公爵家当主が犯罪
「陛下……アランは怪我人ですから、遊ぶのはやめておきましょう」
「つまらんな……まあいい。迷子のサージェスを保護した功により脱獄の罪は免除だ。代わりに奉仕活動を命じる」
そう言われて、俺は胸を撫で下ろした。
奉仕活動とは早い話が社会福祉だ。
持っている財産から貧民の救済などを行えというもので、実質的には罰金刑である。
数か月前から、俺は来年の魔物襲来イベントに備えてスラム街の防備を整えていたところだ。
地区開発で流民に仕事を与えているのだから、今の活動を継続するだけでいいだろう。
つまりお咎めはナシ、という結論のようだ。
「……心臓に悪いですよ。入院期間が伸びそうです」
「北の奴らにつまらん小言を言われたのだ。憂さ晴らしくらいはさせろ」
報告書には「むしろウォルター男爵に被害を与えたエールハルト殿下を罰しろ」とか「騒ぎを起こしたサージェス殿下を罰しろ」とか、そんな要求まであったとの記載がある。
俺に対しても色々と難癖をつけられたそうなので、そちらを跳ね除けてもらえただけで感謝だろう。
アルバート様も、やれやれと言った様子で首を横に振っている。
「彼らは揃って曲者ですからね。まともに使えそうな人材と言えば、グラスパー伯爵とウォルター男爵くらいのものでしょう。まあ、ウォルター男爵はこのザマですが」
「奇貨居くべし。変わった人材は役に立つこともある。アランもそうであろう?」
「ははは、違いありません」
俺の扱いがウォルターの野郎と一緒だと?
いっぺんしばくぞ――と興奮したのが悪かった。
腹の傷口が開いたのか、鋭い痛みが走る。
「からかうのはこの辺りにしましょうか」
「であるな。ゆっくり養生しろ」
「ありがたき……お言葉、感謝の念に堪えません!」
「はっはっは! 相変わらず感謝しているように見えんなぁ」
腹部に滲んだ血を見て、マリアンネはいそいそと病院関係者を呼びに行き、エミリーは回復魔法で応急処置をしてくれた。
……ゲームのように回復魔法でHPが全快すれば、こんな苦労もないのだろうが。
やはり現実は少し厳しいようだ。
その夜。寝付けない俺はベッドに寝転がったまま、一人部屋でぼうっとしていたのだが。
カラカラと音を立てて、病室のドアが開いた。
月明かりを頼りに入ってきた人物の顔を見れば、訪ねてきたのはどうやらクリスのようだ。
元から満身創痍な上に、昨日の乱闘で大ダメージを受けたクリスは、一番重傷だと思ったのだが。
もう出歩いてもいいのだろうか?
「よう、クリスか。こんな時間にどうし――」
用件を尋ねる前に。彼はゆっくりと、手にしていた細身の剣を抜いた。
「は!? え、ちょっと待て!」
俺は慌ててベッドから飛び退いて距離を取ったのだが。
クリスの目はどこか虚ろで、生気が薄い。
明らかに正気ではない様子のまま――
「アラン・レインメーカー。……貴様を、殺、せば。
――とんでもなく不吉なことを口走ってから、俺に刃を振りかざした。
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