第八十三話 共同戦線



 主にダンジョン探索の休憩中。見張りなどでエミリーが席を外したタイミングで、少しずつ。

 世間話程度のものではあったが、アランとは何度も「原作」について話をした。


 そして話す度に違和感が募り……諸々の発言を考察した結果、私はいくつかの情報アドバンテージを持っていること分かった。


 例えば、アランが自分アランのルートしか攻略しておらず、その他のルートは攻略本頼りということ。


 今後起きるであろう事件の詳細や背景。裏事情といったものは理解しておらず、これから先のイベントでは先手を取れる可能性が高い。


 エールハルトのシナリオまでクリアされていたらお手上げだった。

 この点は、アランのルートのみをプレイさせるに留めた、クロスに感謝をするべきだろうか?


 要するに。ラルフがイベント発生前にイベントを潰しているように。

 私もイベント発生前に下準備をして、アランが手を出せない状況を作ってしまえばいい。



 そう考えた私が今回の作戦に踏み切った理由。

 確実に勝ちを拾えると思った理由も、アランたちの情報不足にある。


 断言してもいい。

 リーゼロッテが病室でプレイした「原作」は携帯用ゲーム機だ。


 据え置き版にしか存在しないイベントもあるのだから、リーゼロッテもアランも知らない内容――両者が未プレイの部分――であれば、対策などされているはずもないだろう。


 その最たるものが有料課金コンテンツ。DLCだ。


 据え置き版では追加のデータを買うことで、新しいシナリオや、プレイヤーが有利になるアイテムが手に入った。


 この世界がゲームを基に作られた世界だというのならば、「原作」で手に入るはずのアイテムや、隠しダンジョンも存在しているはず。

 そう思い、実家の事情を理由に単独行動を取って街を調べてみた。


 あまり時間をかけると不自然に見えるだろうから、少し探してダメなら諦めようと思ったのだが。

 意外なほど簡単に、隠しダンジョンの手がかりは見つかった。


 街で一番大きな教会。大聖堂というデートスポット近くにある地下通路を調べれば、ダンジョンに入るための鍵が置いてあったのだ。



「何でも願いを叶えてくれるっていう宝は、別に回数制限も無いでしょ? 私が先に使うっていう条件付きで、連れて行っ・・・・・てあげる・・・・



 そう、鍵は手に入った。

 後は目の前にいる男を抱き込むだけでいい。

 それで計画は成ったも同然だ。


 私は余裕の表情を崩さないように。にこやかに微笑みながら話を続ける。



「尊大な物言いだな。……命が惜しくはないのか?」

「攫って拷問でもしてみる? アランとは約束があるから、アイツは命を懸けてでも私を取り戻しにくると思うよ?」

「……奴と事を構えるのは得策ではない、か。意外と知恵は回るようだ」



 憎まれ口を叩いてはいるが、人生で初めてできた友達……のようなアランと、喧嘩をしたくないということだろう。

 この男はどこまでツンデレなのだろうか。



「とはいえ、何故俺に声を掛けた? それこそアランを連れて行けば済む話だろうが」

「今回は私のワガママだからね。巻き込みたくないのよ」



 適当な理由を言ってみれば彼は考え込んだが。

 そこを深く追求する気はないようだ。



「……まあ、いいだろう。鍵の意匠は間違いなく古代王家の紋章だ。試してみる価値はある。だがな、俺はまだ貴様を信じたわけではない。裏切るようなら即座にくびり殺すぞ」

「まあ、今は情報が正しいってことだけ信じてもらえればいいかな」



 見せたものは鍵一本。

 碌な情報も話していない段階で同行を決めた辺り、彼も結構焦っていたらしい。


 ともあれ。どうやら話は纏まった。

 彼の思考も地下ダンジョン攻略のことにシフトしたらしく、真剣な表情で考え込んでいる。



「伝え聞く限り、地下迷宮の攻略には……少なくとも一週間は要るだろうな」

「短く見積もってもそれくらいかな。でも、できれば二週間は欲しいところね」

「そこまで長期間、不在を隠すのは無理だ」



 第二王子が、二週間も無断外泊するなどあり得ないだろう。


 本来であれば学校に行き先を告げた上でダンジョンへ向かうのだが。

 しかし、地下ダンジョンの存在を明るみに出すことはできない。


 新しいダンジョンを発見したとなれば国からの調査も入るだろうし、初代王の遺産があると知られたら、国中の貴族が私兵を連れて押し寄せる可能性まである。


 そこまで行かずとも、情報がアランたちの耳に入れば警戒させてしまう。


 後者は私の事情だが、サージェスとしても極力目立ちたくはないだろう。

 出発前から難題が出現して、彼は難しい顔をしていた。



「まあ二、三日気づかれなければ、追手も撒けると思うけど? 私たちが入れば入口は閉じるだろうし」



 攻略対象と二人でしか入れないダンジョンだから、アランからの追手がかかる心配もないだろう。

 そもそもの話、この世界で有料課金コンテンツのことを知っているのは私だけなのだ。

 一度地下へ入ってしまえばこちらのものだろう。



「……そうだな、俺が半年探して見つけられなかった地下迷宮を、二週間以内に発見することなどできない。一日か二日行方を隠せば用は足りる、か」



 サージェスの方でも計算はしてみたようだけど。

 現実的に行ける、という試算が立ったらしい。



「すぐ騒ぎになって、狙いがバレたら困るからね。そこは上手くやってよ?」

「誰に物を言っている。細々とした準備は任せるが、そちらこそミスはするなよ」



 そう言ってサージェスは立ち上がり、颯爽とこの場を去ろうとしたのだが。

 私はその肩を掴んで引き留め。

 不快そうに顔を歪める彼の前に、書類を差し出した。



「なんだそれは」

「ダンジョンに潜るために学校を何日か休みますっていう申請書よ。知らないの?」

「……悪いか。俺は課外活動などに参加したことは無い」



 つまりは探索に不慣れで手続きのやり方が分からないどころか、レベルが低いということでもある。


 ……まあ、サージェスは敵とのレベル差や人数差が大きいほど攻撃力が上がる性能をしていたはずだ。

 現実にどう作用するかは分からないが、多少レベルが低くとも、足を引っ張られるようなことはないだろう。



「行き先は空欄で提出するわ。これで足が着く可能性もあるけど、言った通り少しの間だけ行方を眩ませば、後はどうとでもなるからね。……ただしチャンスはこれ一度きり。失敗はできない」

「分かっている。どこへ行ったのかが知れたら、勘のいい奴は探索に乗り出すだろうからな」



 行き先に迷っているとか適当な理由をつけて、仮で提出する予定だ。

 こんなものダンジョンから帰ってきた時にでも、訂正を忘れていましたと事後報告をすれば済むことだ。


 ……何でも願・・・・いを叶える・・・・・アイテムが現実にあれば、血で血を洗う抗争に発展することだろう。

 恋愛のために使うのだから、自分の使い方は至極穏やかな方だ――と自分を納得させつつ、私はペンも手渡す。



「じゃあ、共同戦線成立ってことで」

「……チッ」



 一度席に戻り、記名を終えたサージェスから左手で申請書を受け取ってから。

 私は空いた右手を彼の前に差し出した。



「明後日の放課後、礼拝堂で待ち合わせね。当日は探索用の道具を買って行くから、少し遅めに来て」

「分かった。抜かるなよ」



 舌打ちするサージェスと緩い握手を交わしてからすぐに、私たちは解散して各々の準備を始めた。







 私は廊下を歩きながら、地下ダンジョン攻略の算段を立て始めたのだが。

 一緒に冒険をしていたアランやエミリーの顔がどうしてもチラつく。


 それも当然か。

 ここ数か月、ダンジョンと言えば、三人で潜るのが当たり前だったのだから。



「……大丈夫よ。これくらい。分かっていたことなんだから」



 エールハルトと結ばれたいのなら、いつかは争うことになったのだ。

 ただ、その時期が早まったというだけの話。


 友人たちを裏切ることへの罪悪感を抱えながら。

 私は一人、夕暮れの薄暗い廊下を歩いて行った。


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