第八十二話 隠しダンジョン



 前世では、諦観の中で生きてきた。

 「仕方がない」が口癖で、他人の顔色ばかり伺い。八方美人でやり過ごすことしかできなかったのだ。

 成功体験が無く、自己肯定感が低い人間だったという自覚はある。


 だが。今世は私が主役の世界と分かっているのだから、自由に生きると決めた。

 前世での男運が悪かったので、特に恋愛関係では絶対に妥協をしないと心に決めていたのだ。


 悪役令嬢のリーゼロッテに悪いとは思うが、エールハルトを攻略することに躊躇いは無く。良心を痛めることになろうと、「原作」通りに略奪愛をしてみせるつもりでいた。


 だと言うのに、エールハルトは何故かリーゼロッテと熱愛中だ。

 それにラルフが彼の横で四六時中見張っており、会話をする隙すらない。


 しかし……方向転換をしようと思ってみれば、それはそれで問題だらけだった。


 ラルフは論外、もう論ずるに値しないとして。

 クリスは研究にばかり打ち込み、アランを崇拝している始末。

 サージェスは恋愛ができる気が全くしないし、アランについてはもう……アレだ。


 最後の希望であるパトリックについても、非常に雲行きが怪しくなってきた。 


 アランは「無事にウィンチェスター家を救済できたから、パトリックは予定通りに学園へ通わせる」などと言っていたが。

 私はクリストフと同じ道を選ぶ可能性が高いと見ている。

 研究者として、研究所に引きこもる未来だ。


 アランがいくら頑張ったとして、パトリックの仕事を肩代わりすることなどできないだろう。だから「パトリックは忙しくてデートができない」などという展開も十分にあり得るわけだ。



 そうした状況を踏まえた私は、今。

 この段階で、最悪を想定して動くことを決断した。



「でーんかっ! 何を読んでいるんですか?」

「……」



 ある種の覚悟を固めた私は、放課後の図書館でサージェスに声を掛けたのだが。

 前回声をかけた時と同様に、あっけなく無視をされた。


 念のためというか。一応、放課後に攻略対象と出会って雑談するイベントのセリフを再現しているのだが。

 本来ならば、「機嫌が悪かったのかなぁ?」という私のモノローグで、このシーンは終わりになる。


 だが、この後が本番だ。

 私はめげずに、数秒置いてから再度話しかけた。



「殿下? 聞こえてますよね?」

「…………」



 さて、私が考える最悪のケースとは何か。

 それは、アランが梯子を外し・・・・・た場合だ・・・・


 今は「原作」の真っ最中で、私が『選択肢』の力を使い、エールハルトを攻略できる可能性も残っている。

 

 だが、学園を卒業したらどうなるだろう。


 一介の子爵家令嬢が第一王子と結ばれる未来など、有りはしない。

 そこまで行けば安全圏なのだから、アランが無理にクリスやパトリックとの縁談を組むメリットも無くなるではないか。


 卒業してしまえば、わざわざに気を使う必要など無くなるのだ。

 

 彼だって会社を興しているのだから、重役になるであろうクリスは名門の伯爵家や侯爵家のご令嬢を宛がった方が都合はいいだろうし。

 侯爵家の令息であるパトリックと私との間で縁談を組むのは、相当大変だというのも分かっている。


 「原作」でもバッドendは用意されているのだから、極論を言ってしまえば私が誰とも結ばれなかったとして、彼は全く困らない。

 それでなくても、私に対する妨害計画を立てていたことはクロスから聞いている。


 一緒に過ごしているうちに、アランが友人に卑劣な真似をする人ではないと感じるようにはなったが――将来への不安。


 信じきれない部分は、どうしても残った。


 だから、動くならこのタイミングだと思った。

 大きなイベントが無く、アランが油断している今しかないと思ったのだ。



「サージェス殿下、いつも図書館の奥にいますよね。ここがお気に入りなんですか?」

「…………」



 なおも返答は返って来ない。

 が、私が動かせる人間は少ないのだから我慢するしかない。


 親友であるエミリーはアランの婚約者だし、クリスはアランの忠実なしもべだ。私への協力を願った時点でアランに情報が洩れるだろう。


 パトリックも間接的にアランの部下のような立ち位置なってしまったし、そもそも入学前なのだから接点を持つことはできない。


 エールハルトが私を手伝ってくれるなどと、それは夢物語だと分かっているし。

 ラルフなど言うに及ばない。


 だからもう、これは消去法だ。

 アランも含めて、今や私が関わる人間は第一王子派閥の人間でガッチリと固められたのだから。

 言っては悪いが、ハブられた第二王子しか候補はいなかった。


 無視されることも、多少の罵倒も覚悟の上で、私はサージェスに会いに来ていた。



「私、少し殿下にお話があるんですけど――」

「失せろ」



 個別ルートに入ればゴリッゴリのドロッドロに甘やかしてくれるが、彼と話すのは二度目か三度目くらいのものだ。

 全く好感度を上げていなければ、まあ、こんなものだろう。

 

 読んでいる本から目線を動かすこともせず、取り付く島もないような言い方で私を追い払おうとしている。



「冷たいなぁ。とってもお得な情報があるんですけど。聞きたくないです?」

「詐欺師の常套句だな。アランの周囲を飛び回っていただけで、俺の関心を引けるとでも思ったか?」



 自然に私を羽虫扱いしてくるサージェスだが。アランの呼び方が、レインメ・・・・ーカー・・・からアラン・・・になっている。


 夏休み前から文通しているとは聞いていたが、まだ許容範囲内だろうか。


 アランと打ち解けていたとしても、エールハルトとの仲は壊滅しているはずだ。

 だから彼に計画を持ち掛けたとして、外に伝わることはない。


 そう判断して私は、アランが知らない情報――私だけが持っている切り札を使うことにした。



「学園の地下迷宮。入り方を探しているのなら、図書館に手がかりはありませんよ。ここにある情報は全部ダミーですから」

「何だと?」



 そう告げれば、ようやく反応があった。

 非常に訝し気な態度ではあるが、横目で視認するくらいの興味は持ってくれたようだ。



「礼拝堂が入口だと気が付いたところまでは、流石と言いたいですが。今のままでは永遠に辿り着けません」

「女。貴様、何を知っている」

「……女じゃなくてメリルよ。聞きたいことがあるのなら、まずは態度を改めてもらおうかしら?」



 サージェスは一見すると冷徹で傲慢な男に見えるが――意外と慎重で、冷静な判断ができる男だ。

 気分を害そうが、自分に利益がある話ならば受け入れるだろう。

 そんな見立ては正しかったようで、彼はようやく私の目を見て話を始めた。



「いいだろう。メリル。貴様は何を知っている?」

「それはもう全部よ全部。隠しダンジョンの入口から地形から、最下層に眠っている初代王の遺産のことまで、全部」

「っ! ……そうか。その名前を知っているということは……ハッタリではなさそうだな」



 そこまで言うと、サージェスはようやく余裕の表情を崩した。

 驚愕に目を見開き、一瞬ではあるが口籠った。


 話の主導権がこちらにあることを確認してから、私は徐にポケットから鍵を取り出し、サージェスの眼前で見せびらかすように揺らした。



「鍵はここにあるし、封印を解除する祝詞のりとも覚えているのよねー」

「それで貴様は何がしたい? そこに何があるのかを知っているなら、わざわざ俺に取り入る必要もあるまい」

「そんなの簡単。途中には二人一組で解除しなきゃいけないギミックがあるから、一人では潜れないの。私が欲しいのは協力者よ」



 アランが知らない、私の切り札。

 それは私たちが通う学園の地下にある、「有料課金コンテンツの隠しダンジョン」だ。


 建国王が所持していた強力な遺産が眠るとか何とか……仰々しい理由があって封印されているダンジョンだが。

 踏破報酬として、攻略対象か・・・・・らの信愛度・・・・・をマックス・・・・・にできる宝・・・・・が手に入る。


 確かアイテムの説明文。フレーバーテキストには「使用者の願いを何でも叶える」と書いてあった。


 アランは本来の自分・・・・・がどういう人生を送るのかを確認するために「原作」をプレイしたというのだから、アイテムの力で無理やりエンディングへ直行するなどという戦法は取っていないだろう。


 こんなアイテムが存在すること自体、想像の埒外のはずだ。


 サージェスとの出会いイベントは礼拝堂で行われるが、彼と礼拝堂で会えるのはそれ一回きり。

 つまり隠し通路を探しているところにたまたま遭遇した、というのが真相らしい。 


 何を願うのかは知らないが。

 彼も入学当初から宝探しをしていた。


 いくら女嫌いだとは言っても、血眼になって探していたお宝の情報を持った人間が目の前に現れたならば、食いつかざるを得ないと踏んでいた。

 そしてその目論見は見事に当たったようだ。



 私と彼の利害は一致している。

 口説き落とすのに、そう手間はかからないだろう。


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