第八十一話 これを伝統にしましょう



「今回の事件をサージェス殿下が仕組んだことだと考えれば……筋が通ることは多いですね。ただ、もう少し情報が欲しいところです」



 頬に手を当てたエミリーがそう言えば、ラルフは焦ったように立ち上がった。



「おい、冗談じゃ済まないぞ! ここにいるメンバーが第二王子派閥に情報を流すとは思えないが――」

「あくまで仮定のお話ですよ。例えば……メリルさんの件についてですが」



 ラルフの言葉を遮るように言葉を重ねたエミリーは、そこで一度区切ってから、諭すように語り始める。



「申請書に書かれたお名前は直筆のようです。メリルさんが殿下に同行を依頼したとして……あの・・殿下が、素直に動くと思えますか?」

「それは……」

「つまり、この動きは殿下の利益にもなること。若しくは殿下のご発案でない限り、動きはしないはずです」



 サージェスは極度の女嫌いだ。

 夏休みに海へ行った時のことだが、メリルに対して「小物に興味は無い」と断言していたとも聞いた。

 メリルの側から頼み込んだとして、素直に聞く性格ではないだろう。



「い、いや。だがな。それだけで疑いをかけるわけにはいかないだろ」

「まだあります。事態が発覚したのは失踪から一週間後ですよ? 殿下ご自身が隠蔽工作をしなければ、翌日にでも調査は開始されていたはず……と考えますが。如何でしょうか?」



 エミリーはラルフではなく、僕の方を見て聞いた。


 やはり、彼女の意見を聞いて正解か。



「ラルフ。僕らの調査結果を出そう」

「エールハルト。こんな疑いをかけたら宮中がどうなるか、分かってるのか?」

「承知の上で言っている。責任は僕が背負うよ」

「……はぁ。バカ言ってんじゃねぇよ。その時は一連托生だっての。まったく」



 ラルフへ目配せをすれば文句を言いつつも、調査結果が記入された紙を皆に手渡していく。

 これは第一王子という立場をフルに使って圧力をかけた上で、ラルフが方々を駆けずり回って集めた証言だ。


 騎士団の監視を撒きながらの作業だったので、生垣に飛び込んだり池に飛び込んだりと、日によってはボロボロになるまで動いてくれた成果でもある。


 三日という短期間の調査にも関わらず、書類の枚数は十枚にも及び。

 紙には余白が無いくらいの書き込みがされていた。



「ラルフが聞き込みをして回った結果、サージェスが失踪直前に何をしていたのかが分かったんだ。まずはこの書類に目を通してほしい」



 ここに書かれている文章は、サージェスはメイドや使用人に手を回し、意図的に予定を隠そうとした節があるというものだ。

 そんな記述を見て、まずパトリックが怪訝そうな声を上げた。



「サージェス殿下が、意図的に行方を眩ませたと?」

「そうだ。サージェスは誘拐などさ・・・・・れていない・・・・・。だから、この状況は彼の望み通りだということを前提に考えてほしい」



 事件の発覚が遅れたのも、彼自身がそうなるように仕向けていた可能性がある。



「この計画には恐らく、途中から別な人間の意思が入っている。失踪から三日目には側近たちが上奏を試みたようだが……その報告は、途中で握り潰されているんだ」



 サージェスが自ら姿を消す計画を立てて、それに便乗した宮中貴族がいる。

 それが僕の考えた結論だ。


 失踪の報告を握りつぶし、サージェス捜索の初動を遅らせた人間が誰か。

 その大元を辿って行けば、アラン弾劾の急先鋒となった一人の男爵に行き当たった。



「アランへの攻撃に限れば、仕掛けたのは全てウォルター男爵だ。水の利権を持っていてね。北部貴族を中心に影響力があり、水面下での力は強い人物だよ」

「ウォルター? まさか……」

「そんな。嘘でしょ?」



 事態を大事にした犯人の名前を出せば、パトリックと……何故かリーゼロッテまでが驚いていた。


 ウォルター男爵は北部貴族との会合以外で姿を見せることは稀という話だ。


 そんな下級貴族の当主と二人の間に面識があるとは思えないのだが。

 アランとの確執に、何か心当たりがあるのだろうか?



「義兄さんからクリスさんの行方を探すように頼まれたのですが……最後の商談相手は、ウォルター男爵のようです」

「クリストフの? そうか……そこで繋がるのか」

「クリスが最後に会った相手が、サージェス殿下の失踪を隠蔽した。んで、アランにその罪を被せようとしている……か? どう見てもそいつが怪しいな」



 ラルフが発した言葉に、僕らは全員同意した。


 僕らが関わる事件の全てに関与しているのだ。

 この男を調べれば何か出てくるかもしれない。



「サージェスが命じたのか。彼の独断かは分からない。だが、この男が何かしら事情を知っていると見て間違いはないだろう。……エミリー。君は入口を探・・・・している・・・・と言ったが、サージェスたちの行方に、何か心当たりはあると見ていいのかな?」



 ここで先ほどの話に戻るが、エミリーは何か目星を付けて探しているらしい。

 アテはあるのかと聞けば、彼女は微笑みながら答えた。



「ええ、メリルさんと殿下の行き先には見当が付いております。しかし、まだ確定はしておりませんので。先にこの方を洗う方が良さそうですね」

「どうやって調べたんだよ、マジで……」



 ラルフはげんなりとしているが、ワイズマン伯爵家の人間は、代々こう・・らしいのだ。もう諦めてほしい。

 アランは将来尻に敷かれそうだな、と思うが。

 将来のことを考えるのは、この難局を乗り切った後のことになるだろう。



「そうだね……では、二人の行方はエミリーに任せよう。補佐はいるかい?」

「マリアンネさんを……と言いたいところですが。件の男爵を調べる方が先ですものね。私一人で調査を続けます。進展があれば適宜ご報告を差し上げますので、吉報をお待ちください」



 学園へ自由に出入りできないマリアンネを補佐に選ぼうとするのは何故なのだろうか。

 何か彼女の力が必要な場面があるのか――と怪訝には思ったが、エミリーの思考を読もうとしても無駄だろう。


 ともあれ、解決への糸口は見つかった。

 ウォルター男爵が、これで全くの無関係ということはないはずだ。



「まずはウォルター男爵の周辺を調査して、サージェスとメリルのことはエミリーに任せる。可能であればアランよりも先にクリストフを保護して、戦力を増強する。これを方針としたいのだけれど……異論や提案はあるかな?」



 僕がそう言えば、リーゼロッテが高らかに手を挙げた。

 ここまで発言が少なかった彼女ではあるが、顔を見れば不敵に笑っている。



「ウォルター男爵は謀略が上手いのよね? なら、私たちが下手な諜報をしても失敗するかもしれないわ。一度警戒されてしまえば二度目はない……だから、一発でカタをつけましょう」

「カタをつける、か。リーゼ、具体的には何をするんだい?」

「決まっているじゃない!」



 彼女は淑女らしからぬ豪快な動きで腕を振り上げ、拳を掲げて叫んだ。




「殴り込みよ!!」




 リーゼロッテを除いた全員が呆気に取られる中で、マリアンネはおずおずと反論する。



「あの、証拠も無い段階で、いきなり殴り込みというのは……その、問題が起きるかと存じますが」

「現地で見つければいいのよ」

「……証拠が無かった場合には?」

「とんずら……はマズいわね。ハルの集めた証言を突き付けて、重要参考人としてしょっ・・・引こう・・・かしら」



 アランもそうだが、リーゼロッテも思い切りのいいことをするタチだ。


 子どもの頃から何も変わっていない。

 彼女はいつでも、目標に向けて真っ直ぐに生きている。

 

そこが眩しくもあり、危なっかしくもあり、放っておけないところでもあるのだが。とにかくこの真っ直ぐさが、彼女の魅力だ。


 生まれたときからずっと、伏魔殿のような宮中で育ってきたのだ。

 こんなに裏表の無い人間と出会ったのは初めてだった。


 そんな彼女だからこそ、僕は惹かれたのだろう。



「ハル! ラルフ! この間は参加できなかったと悔しがっていたでしょう? 大捕り物・・・・のお時間よ!」



 さて、僕が自分の気持ちを再確認していると。

 リーゼロッテは熱の籠った声で僕とラルフを指す。



「それを、今ここで言うのか……」

「ふふっ。リーゼ、踏み込むにしても名目は? 使用人の証言だけでは、少し弱いと思うのだけれど」

「名目なんていらないわよ。これは伝統なんだから」

「伝統?」



 何の話だろうと思いリーゼロッテを見つめれば、彼女は含み笑いをしながら答える。



「これは、世直しの旅よ」

「…………リーゼ嬢。何言ってんだ?」



 ラルフは本当に訳が分からないと言った表情を浮かべているが。僕はその話に聞き覚えがあった。

 あれは確か、父上とクライン公爵の昔話を聞いたときだったか。



「陛下と私のお父様はね、若い頃は各地を旅して、貴族の家に世直し・・・を仕掛けていたの」

「早い話が、殴り込みだね」

「そうよ。先代がやっていたことを、陛下の息子であるハルと、公爵の娘である私が受け継ぐの! 今後はこれを伝統にしましょう!」



 相変わらず突拍子もないことを言う婚約者だ。

 だが、陰謀が渦巻くややこしい事態になっている。


 僕らくらいは、これくらいシンプルな方法を取ってもいいだろう。



「あーあー。第一王子から第二王子への攻撃を止められず、貴族の屋敷に殴り込みをかけるのも止められず……か。はは、こりゃ護衛騎士はクビだな」



 あまりにも堂々と言い切るものだから、慎重論を唱えていたラルフがとうとう折れたようだ。

 愚痴っぽい口調のままではあるが、いつも通りの――太陽のような、明るい笑顔を浮かべて彼は立ち上がる。



「降りてもいいのよ? 今ならまだラルフのキャリアに傷は付かないわ」

「へっ、ここで降りるなんて、騎士を目指す男がやることじゃないだろ……後のことを考えたって仕方がない。いいぜ、その襲撃。俺は乗った!」



 ラルフが殴り込む覚悟を決めたところを見て。

 やれやれと言いたげにウィンチェスター兄妹も立ち上がる。



「最近こんなことばかりだね」

「仕方がないよ、パトリック。アラン様の私兵は、私に指揮権があることだし……」

「まあ、魔道具の試運転にはちょうどいいよね……うん。ボクらも行こうか」



 リーゼロッテは兄妹の手を掴み、重ね合わせるようにして宙に置いた。

 ラルフもその上から手を重ね。

 そっと近寄ったエミリーも、更に手を重ねる。



「私は同行できませんが、ご武運をお祈りしています。さ、殿下も」

「そうだね。これで腹は決まった。というやつかな」



 最後に僕が手を置き、六人の掌が重なった。

 僕は全員の顔を順番に見ていくが、誰も皆迷いなく。

 どこか吹っ切れたような顔をしている。


 ともあれ。形式的にも、ここは一応確認をしておく場面だろうか。



「もう後戻りはできない。いいんだね?」

「ハルこそ。覚悟はできたの?」



 そう返されてしまえば、苦笑することしかできない。

 どうやら愚問だったようだ。


 僕は頷きながら、改めて目標を確認することにした。



「僕は親友と、その部下を救うために」

「じゃあ私は、身内の敵をぶっ飛ばすために!」

「俺は友人たちを救って、誇りを取り戻すために!」



 時計回りに僕、リーゼロッテ、ラルフが宣言すると、順番が回ってきたマリアンネは体をもじもじとさせながら、控えめに言う。



「私は……その、上司たちのため、と言いますか」

「それから、婚約者のために。ですよね?」

「は、……はい」

「ご馳走様だよ。ボクは義兄さんと、研究仲間を取り戻すために……かな」



 これから飛び込むのは、誰かの思惑が混ざり合った……汚い謀略の世界だ。

 しかし。

 この六人ならば謀略など跳ね返し、きっと望む未来を勝ち取れると信じている。




「それじゃあ元気よく返事してね? 行くわよ!」




 リーゼロッテが檄を飛ばせば、直後に思い思いの掛け声が重なった。



 こうして後に王都を揺るがすことになる、アラン・クリストフ救出計画が幕を開けたのであった。


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