第八十四話 神様不在
神様にだって休日くらいある。
俺は週七回、一日二十時間勤務が当たり前になっているが。
月に一度くらいは休みの日があるのだ。
とはいえ、抱えている案件で佳境を迎えているものがあったので。
今日は家で仕事の下準備をしていた。
そんな休日のお昼時に家のインターフォンが鳴ったのだが、生憎と今は手が離せない。
だから俺は、扉に向かって叫ぶことにした。
「ドアは開いてるから、勝手に入ってきて下さーい!」
「それなら失礼して……って、何だこの部屋」
「ああ、今ちょっと散らかってて」
現れたのは、独身寮――通称、独神寮――の管理をしている寮長だった。
両手で段ボール箱を抱えているところを見ると、届け物に来たのだろう。
玄関ドアを開けた彼女は、俺が今置かれている状況と部屋の散らかり具合を見て、一瞬絶句してしまった。
「散らかるというレベルではないと思うが……」
「まあ細かいことは気にしないで。ちょっと手伝ってもらえないかな?」
さて、今俺が行っている仕事の準備とは、具体的に言うと封印の準備だ。
俺が住んでいる部屋のフローリングの上には現在、赤、青、白、黒と様々な色合いのインクで模様が描かれている。
「ええと、まずは事情を聞いてもいいだろうか? 今の信治郎を見るに、
寮長の手前。
敷金が丸ごと吹き飛びそうなこの部屋の惨状を見せるのはどうかと思うのだが。
ちょうどお手伝いが欲しかったところでもある。
俺は
「そうそう。後は術式を発動させるだけなんだけど。魔封じの鎖やら結界に阻まれて、苦戦中」
「何をしているんだ、信治郎……」
「俺が管理している世界……まあ、乙女ゲームの世界なんだけど。そこでようやく出番が回ってきそうでね」
呆れたように言った寮長は、抱えていた段ボール箱を床に置いて魔法陣の確認を始めた。
神様の序列で言えば彼女の方が上なのだから、任せておけば問題はないだろう。
そう思い、俺は寝そべりながら事情を説明する。
「……というと、異端審問の仕事か?」
「そうそう。潜伏していた敵がようやく尻尾を見せてくれそうなんだけど……物語が破綻寸前なんだ」
俺は先日「乙女ゲーム」を司る神様から、
乙女ゲーム専門ではない俺に案件を丸投げしてきたくせに……という愚痴はこの際置いておこう。
実際にアランたちのハチャメチャな動きを容認しているのだから、頭を下げるしかなかった。
その話が出た時点では、まだアランがマリアンネの窮地を救うべく強盗事件を引き起こしていたくらいのものだった、のだが。
別な世界へ、少し出張している間に急展開だ。
攻略対象七人のうち、二人が行方不明。
一人は牢屋にぶち込まれ。
ヒロインも失踪ときたのだから仰天した。
慌てて事情を調べれば、何のことはない。メリルがサージェスを連れてダンジョンに出かけただけなのだから、これは全く原作通りだ。
手続きがどうのというのは原作には登場しないので、行き先が空欄だったとして何の問題もない。
しかし、アランとクリストフが置かれた状況は全く違う。
事態がこのまま進めば、乙女ゲームの世界は破綻するだろう。
天上の神々が下界に接触するにはいくつかルールがあるのだが。
今回の件で俺が強引に修正を図れば、アランが巻き起こした数々の騒動に勝るとも劣らない大問題となるだろう――主に、異端審問的な意味で。
ならばどうするか。
その答えが今の姿だ。
「……見ていなければ、セーフと言いたいワケか」
「そういうこと。観測者の俺が不在だったら、その間に起きた事件をわざわざ報告しなくても済むっしょ?」
「まったく……。そんなことばかりしていると、また呼び出しを食らうぞ」
「大丈夫だって。今回は異端審問絡みの事件なんだから、長官が口を利いてくれるさ」
さて、ここからは誰も知らない裏事情だ。
裁判官、異端審問官、異世界管理局等々、俺の所属は色々とあるが。あの世界で任された主要な任務は、
即ち、「敵対勢力の発見と排除」である。
「物語」の神と敵対する勢力とは何か。
それは、物語を意図的に破壊しようとするバグ……
新しく誕生した世界に自然発生し、自らが住んでいる世界を崩壊させようとする、邪神の手先のような奴らだ。
原作通りに話が進めば、どこかのタイミングで現れて、ストーリーを滅茶苦茶にする。そんなことを企んでいるキャラクターが、あの世界の中にいる。
要するに俺の任務は、意図せず出てきたバグキャラの削除である。
こういったケースでは、登場人物全員の殺害などを目論む場合が多いのだが。展開がイレギュラーだらけになれば、誰が犯人かの目星が付かなくなる。
だからアランたちに、きちんと物語を回すように脅しをかけたのだ。
もっと言えば、異端審問官としては神々の敵の排除ができればそれでいい。世界が破綻しようが、消滅しようが知ったことではないというスタンスだ。
だから、アランからの「利益を渡すからリーゼロッテを好きにさせろ」という提案も、異端審問長官なら喜んでOKしただろう。
自由にやらせてやるから、バグキャラを始末してこい。
という交換条件だけで済んだはずなのだ。
……裁判長が面白がって、何の条件も無しに自由を許したから問題なのだが。
それはさて置き。異端審問庁は疑わしきを全て抹殺していくスタイルなので、異端審問はかなり過激に行われる。
あのまま行くとリーゼロッテかアランが異端者として処分された可能性もあったのだから、俺の調整能力には是非感謝してほしいものである。
「まあ、言っても仕方ないんだけどさ」
アランにはもちろん言っていないが、俺があの世界「黄昏の王国と七人の騎士」に関する報告を上げる際には、アランのことを
そうでなければ。
自分が登場するゲームを攻略して、攻略本まで熟読したキャラクターの記憶など一発で消されることになるだろう。
「まあ、肝心の転生者二人があのザマだし……アランはアランで、なぁ……」
「ぼやきたいのはこちらだぞ。何だこの封印は。存在抹消に記憶のロック? やたらと複雑だし、一体何が目的なんだこれは」
そこまで気を使っているというのに。
いつも予想の斜め上を行くのだから、溜息しか出てこない。
さりとて今は封印の話だ。
しかめっ面をしている寮長に向けて、軽く説明する。
「転生者二人への記憶封印が上手く行っているんだ。現地協力者のアランだって、記憶が封じられたことに気づいていない。で、この状態だと
例えばアランには、「常識インストール」を発動させたときに、いくつかの点で認識阻害をかけさせてもらった。
タイトル名を思い出せず、「原作」としか呼べないようにしてあったり、
生きる上では全く問題は無い事柄だ。
だが、俺がその認識を持ってあの世界を動き回ると、今度は別なバグが発生するかもしれないし、接触した人間の記憶封印が緩むこともある。
だから俺は俺自身を、あの世界のどこかに封印しておくことにしたのだ。
黒幕が本性を現した瞬間に復活し、最小限の影響に留めた上で緊急逮捕に踏み切るつもりでいる。
「ま、容疑者は絞られてきたんだ。誰が犯人だろうと、あとはアラン次第だろうな」
「上手くいきそうなのか?」
……異端審問だけなら目標の達成は容易いのだが、物語が破綻するようなことになれば異世界管理局にせっつかれるし、そもそも乙女ゲームの神や物語の神々からも小言を言われる。
安易な手段を取れば関係各所から袋叩きを食らうのが、便利屋の辛いところである。
「何とかするさ。さんざん偉そうにした手前、ダメでしたでは恰好が付かないからね」
「軽口を叩く余裕があるなら大丈夫か。……よし、準備はできたぞ」
「オッケー、それじゃあ頼むよ」
こと、ここに至り。容疑者は三人に絞られた。
大本命はウォルター男爵。
攻略対象の誘拐と投獄。どちらにも関わっている。
だが彼は原作から大きく外れた行動は取っていないため、イレギュラーの結果だとも言える。断定できるほどの材料は無い。
次点で国王のレオリア。
彼は目立つ行動をしていないものの、本来の役割からは少し外れた行動をしている。
しかし、キャラクター性から考えれば、犯人と断定するのも安直だと思っている。
そして、最後にクリストフ。
ウォルターが
決定的な証拠は無いので、誰が本当の犯人かは分からないが。
敵が正体を現して、
もしかしたら全くの的外れで、公爵や執事長が犯人だったりするのかもしれないが……相手が誰だろうと
「俺は休暇を満喫しながら出番を待つさ。そう遠くはないはずだから」
「封印を休暇扱いか……。まあいい、何がやりたいのかは分からないが、頑張ってこい」
「ありがとね、寮長。それじゃあよろし――――」
寮長が魔法陣に手を置けば。
俺の意識が虚空へ、急速に吸い込まれていくような感覚に陥った。
次に目が覚めた時には、黒幕とご対面だろう。
ここからは観測者不在。
神様がいない世界での出来事になる。
精々頑張ってくれよと思いながら、俺の視界は黒く染まっていった。
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頭も疲れてきたので、次回、何も考えずに済む殴り込み回です。
暴れん坊将〇のBGMを用意してお待ちください。
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