第五十話 俺の苦労は何だったんだ!?



 明けて次の日。


 リーゼロッテとハルは今日も街に繰り出すとかで、今日も放課後は自由時間だ。

 今日も、というか。街の散策が一通り終わるまでは、暫くこんな感じらしい。


 王都中を好き勝手に走り回っていたリーゼロッテはともかくとして。

 ハルは本当に箱入りのお坊ちゃんとして育ち、ロクに城から出られなかったから、色々見て回るのに時間が欲しいそうだ。


 まあ、そんなものは口実で、リーゼロッテとデートがしたいだけなのだろうが。

 何はともあれ、毎日が楽しそうで何よりだ。

 


 先ほどまでその件でラルフと話をしていたのだが、二人の行動範囲の広さには隠密たちも付いていけず、昨日の三倍もの護衛を動員することになったとか。

 ラルフもそのバックアップに回るのだとかで、忙しそうにしていた。


 VIPに完全なお忍びなど許されないのだろうが。……まあ、頑張れハル。俺は陰ながら応援しているぞ。




 で、自由な時間を手に入れた俺が何をしているのかと言えば。




「まったく……エールハルト狙いって言っているのに……」

「ぶつぶつ言うなよ。お前だって原作を再現しろって言われてんだろ? だったら共通ルートは一通り見なきゃマズいだろ」



 俺は不平を漏らすメリルを伴って、魔術研究棟なる場所へ移動していた。




 メリルの脅しに対して。俺の立場上メリルとハルの恋愛に、表だって協力することはできない。そこは譲れないと伝えた。

 

 だが、メリルはそれで納得するようなタマではなく、俺は譲歩を求められた。



 大きく二点。

 まず、ハルの攻略に対して、俺は・・なるべくメリルの妨害をしないこと。

 これを拒めば地獄へレッツゴーというのだから、飲まざるを得なかった。

 だが、その代わりにこちらからも、リーゼロッテは役割上、立ち塞がるのは仕方がないと認めさせた。 


 悪役令嬢の動きを封じるなどすれば、それはそれでおかしいことになる。

 物語の進行上どうしても必要なことだし、メリルがゴネたところでどうにもならないのだから、これにはあっさり話がついた。

 メリルもそこまでは望まないとのことだ。


 

 で、俺が彼女に同行しているのはどういうことかと言えば、これが譲歩の二点目だ。

 エールハルト以外の攻略対象に関わることには協力しろ。という要求を飲まされた結果である。



『一番人気なのはぶっちぎりでエールハルトなんだけど……まあ、ちょっと性格が変わったみたいだし、他の攻略対象を見てからでもいいかなって』



 とのことだ。

 

 

 そういう事情で、俺はメリルに付き添って「共通ルート」を進めていくという話になったのだ。

 俺が出しゃばるとイベント崩壊の危機なのだが。情報が足りていないから、イレギュラーの一因であるアランがいた方が何かと便利だろうと、そういう思惑らしい。


 リーゼロッテがイレギュラーだから俺も引っ張られただけであって、ハルの心変わりは俺のせいではないのだが……。

 と、釈然としない気持ちはあったものの。身の破滅がかかっているのだから従わざるを得ず、俺は半ば脅しに屈する形で、メリルの軍門に下ったのである。


 俺が何の役に立たなかったとして。リーゼロッテ側の戦力を削るという目論見は達成されてしまったので、メリルには見事にしてやられたわけだが。

 この際、致命傷を負わなかっただけで御の字としておこう。と、俺の中で折り合いをつけることにした。










 さて、本日訪れた魔法研究棟だが。

 ここは研究機関であり、魔法に関連する様々な実験が行われている。

 

 多少危険な実験もしているとかで、コンクリートで造りの物々しく頑丈そうな建物だ。

 高位貴族の子弟も通うこの学園にしては珍しく、装飾品の類もそこまで高価なものは置いていない。

 ……あくまで相対的な話だ。建物の入口に飾ってある肖像画一枚で、俺の年収など吹っ飛ぶのだろうが。



 さて、それはさておき共通ルートについての話だ。


 共通ルートとは、誰を攻略するとしても共通のイベントが起こる時期……攻略対象のルートに入る前の状態を指す。

 序盤は誰の好感度を上げていても、共通で発生するイベントが多いのだ。

 

 この時期のイベントは誰かに出会うものがメインとなるのだが。

 まあ、主要人物と一通り出会っていこうぜ。というのが今回ここを訪問した目的である。



「クリストフって何を考えているか分からないから、あまり興味がないんだけどね」

「俺だって興味はねーよ。俺はクリスルートをプレイしていないから、興味ないどころか、ほとんど知らない人だ」



 会いに行くのは、伯爵家の令息で、天才魔術師の【クリストフ・フォン・アーゼルシュミット】だ。

 

 顔立ちは端正で、正統派のイケメンと言ってもいい。自然界ではあり得ない真っ青な髪は長く、後ろ髪を一本に縛って纏めている男だ。

 ……ラルフが制服を「原作」よりもきっちり着ていたという前例もあるので、もしかしたら短髪だったりするのかもしれないが。


 ともあれ、公式ガイドブックによると、魔術関連の話題になると饒舌になるが、普段は大人しい方らしい。



 クリスは触媒を使って簡易な魔法を発動させる【魔術】という技術を極めており、学園の入学前から魔術研究の第一人者という位置づけだ。

 

 クリスの家格が伯爵家とは言え、実家は領地経営が上手くいっていないため、下手な男爵家よりも経済基盤が弱い。

 触媒を買う資金もロクにない中で研究を成功させる辺り、彼は本物の天才なのだろう。


 そんなイケメン天才魔術師との出会いを前にして――メリルのテンションは、低かった。



「ねえ、自己紹介をしたら帰っていいかな?」

「何度か会わなきゃ、触媒集めのバイトができないだろ。……アレは金策にちょうどいいんじゃないのか?」

「ぶっちゃけ現代知識チートで金策とか余裕だと思うんだけど……ダメかな?」

「ダメだろ」



 前言通り、本当に興味が無さそうである。


 クリスは魔術の研究に使えそうな素材ゴミを軒並み買い取ってくれるし、研究が進めばパラメータ上昇の効果がある魔道具などを販売してくれる。


 本人もヒロインから買い取った素材で魔道具を製造し、それで儲けているからウィンウィンの関係だ。

 クリスを攻略していると、最終的には大富豪endなんてものもあるらしい。



「まあ、資金力のパラメータなんて上げようとは思わないし、装備はほしいし。クリスとのイベントはきっちりやらないと、か……」

「だろ? クリスとは仲良くしとけって」

「魂胆が丸見えね」

「うるせぇやい」



 確かに、仲良くなってそのままくっついてほしいという願望はある。だが、間違ったことは言っていないはずだ。

 後々クリスが販売するアイテムを装備してパラメータを上げれば、様々な恩恵がある。


 体力があれば冒険パートで魔物と戦うときのHPが増えたり、攻撃力が上がったりする。

 学力があれば定期テストで上位に入り、攻略対象から一目置かれる。

 教養があればデートの行き先が増えたり、好感度上昇のランダムイベントが起きたりする。

 魅力はダンスパーティなどの各種イベントで好感度の上がり幅が大きくなるなど、様々な場面で効果を発揮する。

 

 そもそも「原作」をプレイしていたときの俺たちのように、体力や魔力のパラメータが低いとミニゲームの難易度が鬼のように上がるので、クリアが難しくなる。

 パラメータアップのアイテムは重要なのである。



 そしてメリルが言った資金力だが、それを重視する攻略対象は、アランを含めて二人しかいない。

 学校祭で悪役令嬢の模擬店を叩き潰し、嫌がらせを防げる。各種のアイテムを購入して、攻略や冒険を有利に進めていける。

 そういう利点はあるが、これを上げる意味は薄い。

 

 何故なら、学力や教養と違い、これを重視する攻略対象以外の好感度には一切影響せず、冒険パートでのドロップ品を装備するだけでも、それなりに戦えるからだ。

 攻略対象好みの服を買って好感度を上げるという手は使いにくくなるが、それは魅力パラメータが高ければどうとでもなる。



 つまり、大抵のルートでは資金力を上げる必要がない。

 金欠になりがちなヒロインのいい金蔓……もとい、パトロン……も違うか。

 ……うん。貴重な資金源になってくれる、ありがたい存在がクリスなのだ。


 攻略対象に選んでいなかった俺からすれば、顔立ちのいいショップの店員という位置づけだった。



「まあいい、クリスと出会うシーンになったら俺は消えるからな。ヒロインとクリスとアランが、仲良く談話なんて冗談じゃない」

「そこまで行ったらイベント崩壊よね……まあ、任せなさい。上手くやるから。でも何か起きときにはフォローよろしくね」



 そう言って、メリルはウィンクするのだが……。

 俺の胸中には不安しかない。



「今までの頓珍漢っぷりを見てると、任せるのが不安なんだよなぁ……」

「だーかーら、それはアランのところのお嬢様とか、この世界の事情とか。色んな情報が足りなかったからだって。クリスには変な色気も出さないし、問題ナシ。怖いのはイレギュラーだけよ」

「……どうだか。ほれ、そろそろクリスが昼寝してる中庭に出るぞ。上手くやれよ」



 俺は中庭を取り囲む植え込みの裏へ回り、茂みの向こうをそっと伺う。

 むしろ変な色気を出してクリスの方に行ってほしいところだが、どうなるだろうか。



 中庭のベンチには切れ長の目を閉じて寝息を立てている長身の男がいた。あいつがクリスだ。

 遠目で見た限りでは、「原作」と何も変わらない風貌をしている。



 考えてみれば、今のハルは熱血系のラルフと若干キャラが被っているし、正統派のイケメン顔という意味ではクリスとキャラが被っている。


 子犬系という部分では【後輩】とキャラが被っているし、元が心を閉ざした八方美人キャラと聞けば、別人と言われても仕方がないレベルで人格が変わっている。

 

 ……今更ながらに思うが、ハルだってメリルに狙われるとマズい。

 どうにかしてクロスとメリルを出し抜き、ハルの攻略に必要なイベントを阻止せねば。

 俺はまだ、その道も諦めてはいない。





 さて、メリルは深呼吸をした後、意を決して声を――





 ――かけない? あいつ、何やってんだ?



 クリスの顔を見て、何かぶつぶつ言っているようだ。

 ここは読唇術の出番だろう、なになに?




『え、待って。実物ヤバい。ぐうイケメン。まつ毛が長い。小顔、美白。未来はお金持ちで将来性あるし、乱暴もしないし、ルートに入ったら一途だし。……えー、どうしよ。アリじゃない?』




 おおおおおい!? チョロいってレベルじゃねーぞ!?

 どんだけ面食いなんだ!



 ラルフはお気に召さなかったようだが、クリスには速攻でなびいたようだ。

 このままクリスルートに進めば、それはそれで目的達成なのだが……納得がいかん。

 

 今までの、俺の苦労は何だったんだ!?






 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 メリルからすると、原作と違うことだらけです。

 エールハルトが爽やか。リーゼロッテが脳筋。

 アランが執事。ラルフが狂犬。


 最初からアクセルベタ踏みフルスロットルだったメリルもそうですが、今のところイレギュラーだらけです。

 他の攻略対象にも何かあるんじゃ……と思った結果が、アランを脅して手駒にし、イレギュラー回避のために使うという方法でした。


 次話で新攻略キャラ、クリストフが登場します。

 次回、「またお前か」 お楽しみに。

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