第四十九話 この女……世紀末式交渉術の使い手だ!



 アランを攻略する。


 乙女ゲームや転生者絡みの事情を知っている俺にそう言うのは、最早告白みたいなものではないだろうか?


 そう思ったが、メリルの顔には恥じらいなど一ミリも浮かんでいない。

 完全に脅しに来ている顔で、意地の悪い表情を浮かべている。



「聞いているわよ……あなたが今置かれている状況」

「さ、左様でございますか」

「あのさ、その馬鹿みたいに丁寧な口調、全然アラン・・・っぽくないから」



 そう言われても、俺はもう「原作」のアランとは別人だ。学校内では猫を被っていたいのだが……。まあいい。

 「原作」に近いアランがお好みと言うならそうしよう。

 俺だって、こんな堅苦しい口調は趣味ではないのだから。



「そうかい。……で? 俺を狙ってどうするって?」

「いいじゃん。調子が出てきた。……乙女ゲームの原作を知っている立場からすると、リーゼロッテとアランの立ち位置がどう考えてもおかしい。どうせ神様に注意されたんでしょ? あまりヒロインに絡むとマズいんじゃない?」



 俺たちがメリルの前に姿を現すほど、「原作」から乖離していく可能性が高まる。

 こんなことはもうメリルだって確信しているだろうし、クロスに聞けばすぐに分かることだ。別段隠すことでもない。



「そうだ。警告はされた。だがな、俺たちは許しを得ている」

「許し? 私が聞いた話と大分違うけど」

「聞いたって、何を、誰から?」

「神様から、あなたたちのこれまでについて。一通り」



 クロス……あの野郎。口を滑らせやがったな。

 若しくは俺たちを牽制するためにメリルに肩入れしたか。



「…………あの野郎。やってくれたな」

「そっちには下準備の時間があっただけいいでしょ。私の記憶が戻ったのなんてつい最近よ。唐突に前世を思い出して、一か月後にはゲームスタート。対策を立てる暇もなかったんだから」

「それで動いた結果が、アレか」



 俺が先日の事件について触れれば、メリルは少し苦い顔をしていた。

 どうやら、はっちゃけ過ぎていた自覚はあるらしい。



「悪い? 悪役令嬢が自由にやっているなら、私も同じことができると思ったのよ。まあ、エールハルトをRTAで落とすなんて真似はもうしないわ」

「そんなこと考えていたのかよ……」



 リアルタイムアタック。

 ハルを出会ってから何秒で落とせるかの、記録に挑戦していたというのか。

 アグレッシブ過ぎるぞこの女。と、俺は呆れと驚きが入り混じった複雑な気持ちになる。


 それにしても、初日でルート直行はやり過ぎだ。

 情緒もへったくれもあったものではない。



「そっちは公爵家で、私は子爵家。そっちには仲間がたくさんいるのに……親友まで奪われたんだから。これくらい可愛いものでしょ?」

「……親友? 誰のことだ?」

「エミリー・フォン・ワイズマンのことよ」



 エミリーはヒロインの親友ポジションだが、面識は……いや、何? ワイズマン?

 今、信じられない言葉を聞いた気がする。



「えっと、それはつまり……」

「そう、アランの婚約者になったあの子よ」

「!?」



 エミリー。それはヒロインの親友で、限りなく広い心を持ち、天使の如く優しい子だ。

 ヒロインは悪役令嬢はおろかモブキャラからまで嫌がらせを受けることがあるが、攻略対象、又はエミリーが横にいる時だけは酷い目に遭わない。


 そのほんわかした雰囲気はささくれたプレイヤーの癒しになるどころか、親友エンディングなるもので、ヒロインと・・・・・結ばれる・・・・未来すらある、主役級の人物だ。


 ……あの子、あの・・恐ろしいワイズマン伯爵の娘だったのか!?


 魔王の如き雰囲気を持つ父親と、天使の如きヒロインの親友を比べて愕然とした。一体どういう突然変異が起これば、あの父親の元からあんな娘が生まれ育つというのか。


 「原作」でも公式ガイドブックでも名前は「エミリー」としか書いていなかった。

 それに覗き事件の時は顔を見る余裕などなかったから、完全に考えの埒外だった。



 つまり俺は可愛くてスタイル抜群で、心優しくて才女で可憐で、常に癒しのオーラを漂わせているようなご令嬢と婚約したということになる。

 何不満漏らしてんだよ、昨日の俺。

 考えうる限りで最高の良縁じゃねーか! と、俺は自分で自分の愚かさを叱責したい気持ちになった。


 それでお付き合いができるのであれば、「付き合ってください、お願いします」と言いながら、土下座をするのもやぶさかでないくらいには高嶺の花だ。


 そうか、あの・・エミリーが俺の婚約者になったのか。

 一転して浮かれた気分になる。そんな場合ではないのに。



「ゲームの中身、アランも知っているって聞いたけど」

「あ、ああ。知っているけど」

「じゃあ、あの子がいい子だって言うのも……ヒロインの恐ろしさも、知っているわよねぇ?」



 にやり、とメリルが笑う。


 ……恐ろしさ? ヒロインに恐ろしい一面などあっただろうか?

 特に思い当たらず首を傾げる俺に、メリルは言う。



「分かっていないなら教えてあげる。まず、私は貴方がどこへ行こうと場所を把握できるし。私が貴方に会いに行けば、貴方は一人っきりで私を待っている。これはいいよね?」

「ん? ああ、まあそうなる……か」



 ゲームではそうだった。イベントでもなければ、大抵の場合は攻略対象が一人でいる場面に遭遇する。

 二人っきりで会話して仲を深めていくことになるはずだ。

 そもそも学内ではリーゼロッテとしか行動を共にしていないし、最近では放課後も単独行動をしていたので、一人のタイミングは結構ある。



「それで?」

「私がその気になればどこまでも貴方の後を追い、つけ狙うことができる……ってこと」

「ひえっ」



 逃げても隠れても無駄。誰かに助けを求めようとしても、周囲には俺以外のメインキャラクターがいない状態で遭遇することになる。

 狙われたら絶対に逃げられないというのは、よくよく考えれば確かに恐怖だ。


 ……にしても、こんなに堂々としたストーカー宣言は、未だかつて聞いたことが無い。

 俺が一歩後ずさると、メリルは空いた一歩分の距離だけ近づいて、再度攻勢を仕掛けてくる。



「次に、貴方が神と交わした約束は、「アランが攻略対象に選ばれたら、アラン・・・を演じ切る」って聞いているけど。間違いない?」

「あ、ああ、間違いない」



 俺とハルが攻略対象になることを避けるように誘導し、ハルが選ばれるなら手段を択ばずに潰す。

 俺が選ばれるようなら俺は「原作」通りのアランを演じて、ヒロインの目をくぎ付けにする。そういう作戦を提案して、承認された。

 メリルの言っていることに、特に間違いはない。



「この状況で、貴方はアランを演じ切れるのかな?」

「あん? どういう…………はっ!?」




 唐突に話が繋がってきた。


 もしもメリルが、俺の攻略を開始したらどうなるか。


 『選択肢』なるものがある以上、不思議な力で落とされる可能性も無くはない。

 俺が「原作」のアランを演じるということは、メリルと結ばれる可能性が出てくるということだ。

 だがそれは「エミリーとの婚約解消」という、原作に無かったステップを踏んだ上での話になる。


 万が一メリルと結ばれたら、第一王子派閥の面々……特にワイズマン伯爵との関係が険悪になるだろう。

 破局した次の日には、暗殺者を1ダースくらい送り込んでくるかもしれない。


 新興子爵風情ふぜいが名門伯爵家のご令嬢と縁を結び、速攻で別な女に乗り換える。

 こんなことは確実に許されないし、恐らく俺の命が終わる。


 「原作」通りにイベントをこなしてメリルに求婚し、結ばれたと見せかけて実際は側室に加える……というのも、おそらく許されないはずだ。

 そんなことを、ワイズマン伯爵が認めるわけがない。


 そもそもの話、婚約破棄など許されない。

 王家が主導で進めて、公爵家と伯爵家が承認したのだ。こんなもの、覆せるわけがないのだから。



 ……違う、問題はもっと前だ。

 メリルが学内で接触してくるようになれば、「原作」との相違が如実に表れる。


 なんでアランが学園にいるんだよ、とか。

 なんで公爵家に仕えているんだよ、とか。

 第一王子と仲がいい? 接点どこだよ、とか。

 裏社会でのし上がるんじゃなかったの? とか。

 貴族への復帰を目指すって……もう貴族じゃん、とか。


 こうして見れば、致命的な齟齬のオンパレードである。

 突然のエールハルト狙い事件や、ワイズマン伯爵との衝撃の出会いなどで気が回っていなかったが。作戦を立てた当初からすると、大分状況が動いている。



 こんなもの、狙われた時点で終わりだ。

 俺が攻略対象に選ばれてしまえば、「イベントの時期だけスラム街をうろつく」などという頻度では追いつかない。

 少なくとも、リーゼロッテのお付きとして学校に通っている時間など無い。


 考えれば考えるほど弱点に思い至る。

 ……こうして見れば、俺には弱みが多すぎるのだ。




 早い話が、メリルと恋愛に興じる=浮気≒死。という図式が完成するため、俺は最早、攻略対象になり得ないのだ。

 俺が攻略対象に選ばれてしまったら、策を弄して俺が生き残ったところで、物語はグダグダになる。そのまま世界をリセットという運びになるだろう。


 そのことを分かった上での脅しらしい。

 ニヤニヤ顔が止まらないメリルは勝ち誇ったように笑みを浮かべている。



「……ね? 私に狙われたらいくつも問題があるし、結ばれたら貴方はジ・エンド。お分かり?」

「馬鹿野郎。そんなことしたら、お前だってタダじゃ済まんぞ」



 まず間違いなく世界がリセットされる。

 そうしたらメリルの記憶だって消えるかもしれないし、俺を攻略したらどうなるか、分かった上で・・・・・・やっているなら、クロスからペナルティが入るかもしれない。


 だが、そんなことは知ったことではない、という風でメリルは続ける。



「それくらい承知の上だってば。味方がいなくて、むしろ周りは敵だらけ。原作よりもかなり不利なスタートだからね……もう手段なんて選んじゃいられないのよ」



 その瞳には、野望の炎が渦巻いていた。

 どんな犠牲を払おうとも目的を達成しようという、強い意志が見受けられる。

 まさか……この女…………。




「アランがエールハルトを落とすのに協力してくれたら、エミリーとハッピーエンドを迎えさせてあげる。アランが協力しないなら……私と一緒に地獄に落ちましょ?」




 そういって、メリルはにっこりと笑う。

 そして、あんぐりと口を開けることしかできない俺の脳裏では、ある仮説が確信に変わろうとしていた。




 間違いねえ、この女……世紀末式交渉術の使い手だ!


 



 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 意外なところでライバル登場。

 もちろんメリルには、世紀末ナントカを使っている自覚などありません。

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