第四十五話 後始末
「はぁ……アラン。君ってやつは……」
「め、面目ない。だけど、ああしなきゃ社会的に終わるところだったんだ」
「社会的には終わらなかったけど、攻略対象としてのアランは終わったよね。アランのルートは完全に消滅したよね」
「それは……なあ」
更に一夜が明けた。
本日も休日だというのに、俺は朝っぱらからトレーニングルームで正座をしている。
昨日の事件をさっそく嗅ぎつけたようで、襲来したクロスからお説教を受けていたのだ。
……リーゼロッテ? あっさり無罪放免を勝ち取って、朝練中だ。
リーゼロッテが起こした、ヒロインへのジャーマンスープレックス事件。
あれはメリル……ヒロインへと生まれ変わった転生者が、共通ルートをぶっ飛ばし、他の攻略対象に出会うこともなく、入学初日からハルのルートへ入ろうとして起きたものだ。
挙句、それが無理だと判断したら、中盤にならないと起こせないはずのイベントを強制的に発動させようとして、「悪役令嬢断罪イベント」のフラグ建築を試みた。
そんなエクストリームな動きを見せた結果だ。
よくもまあ、初日でここまでやったものである。
メリルへの報復がダイナミック過ぎるということで注意はされたが、それでも厳重注意の枠内に収まったらしい。
むしろ注意されたのはメリルの方だとか。
そして、問題は俺の方だ。
俺も攻略対象なのに、本来いないはずの婚約者ができてしまった。
「これ以上問題を起こされても何だし、アランの記憶と人格だけは今この場でリセットするべきかとも思うんだが。どう思う?」
「愚策だよそれは。俺が消えたらリーゼロッテのストッパーが消えることも忘れるなよ?」
そう言って、朝っぱらからダンベル片手に筋トレ中のリーゼロッテをちらりと見てから、再びクロスに言う。
「クロス一人でうちのお嬢様を御しきれるとでも? もうそっちの上司から、「続行」の指示は出てるよな?」
「くっ……天界から覗いていたけど、そんな面倒なことはしたくない。……だが……問題児を抑え込むための問題児を残しておくのは……むう……
「アンタらも大概失礼よね」
ダンベルカール中のリーゼロッテがジト目でこちらを見るが、構っている暇はない。
現在、生き残りをかけた交渉中なのだ。
「人前で他家のご令嬢にジャーマンスープレックスを掛けたんだぞ? 問題児だってのは否定できないだろ」
「アランの動きも大概なんだよなぁ……。エールハルトとの出会いイベントをぶち壊しにしようと企んでいた辺りが、特に」
「え?」
俺が変装してヒロインを妨害し、そもそもメリルとハルを出会わせないという作戦。
不発に終わったわけだが……何故クロスが知っているのだろう。
スーツを着た怪しいビジネスマンなど、絶対に見かけなかった。あの現場にいなかったのは確実なはずだ。
「最初にこっち来たとき、「天界から見ていた」って言ったよな? こちとら空の上からだろうがお見通しなんだよ」
「あー……そう」
俺が気の抜けた返事をすると、クロスは呆れ混じりに言う。
「…………うん。じゃあ、今回は許すけどさ。今後はイベント通りに進めてくれよ? エールハルトのイベントも邪魔はしないこと。そろそろ警告じゃ済まないからな」
「……分かったよ」
「その綺麗な出会いを吹っ飛ばしてやるぜ!」作戦が、まさかバレていたとは……。
クロスが見ていない間にこっそり重要なフラグを破壊していくという、一番楽な道が塞がれてしまった。
こいつはこいつで、結構俺たちのことをマークしているようだ。
「じゃあ俺はもう行くから。あまり変な動きはしないでくれ。本当に。頼むから」
「分かったって」
俺の返事を確認してから、クロスはワームホールを開いて帰って行った。
「まったく、言いたい放題言ってくれちゃって……」
「仕方ねえさ、俺たちがやらかしたのは事実なんだしよ」
「アラン、言いたい放題言っていたのはアランも同じよ?」
リーゼロッテは尚も胡乱な目を向けてくるが、これは良くない。
あまりに機嫌を損ねると、組手タイムに突入してしまう。
最近の彼女は、【身体強化】で跳ね上がった脚力を生かして、空中三段蹴りやらシャイニングウィザードやらの飛び技を多用するようになった。
機動力という点では俺など相手にならず、俊敏さでは最早太刀打ちできない。
そんなレベルで習熟してしまった。
……ああ、いくら魔法に興味を持たせるためとはいえ、俺は何故【身体強化】など教えてしまったのだろう。
俺が悲嘆に暮れていると、リーゼロッテはきょとんとした顔で俺を見た。
「どうしたの? アラン」
「いや。何でも」
「ふーん、変なアラン」
ガウルは「不用意に飛んでんじゃねぇ!」などと言って、木刀で叩き落としていたが。
俺には凄まじい速さで飛んでくる人間を、ジャストタイミングで叩き落とす腕などない。
魔法を乱射していいなら圧倒できるだろうが、それでは殺すか殺されるかの二択となってしまい、もう組手ではなくなる。
それに、俺が魔法を撃つと、二十回に一回ほど制御不能になったりもする。これは「原作」のアランからしてそうなのだが……まあ、一度置いておこう。
「原作」では俺もハルも、攻略対象者がヒロインを守りながら戦闘をこなしていた。
冒険パートというやつで、主に魔物相手の戦闘を行うのだ。
装備を整えて、ちゃんと鍛えれば、有象無象を蹴散らして無双できるくらいのポテンシャルが、俺とハルにはある。
魔法抜きでの戦いに限るが、リーゼロッテはそんな俺たちを圧倒するのだ。
攻略対象である俺やハルよりも、近接格闘能力に優れた悪役令嬢って何だよ。
悪役令嬢とは? ……と、哲学的なことも考えたが、今更無駄なことである。
公爵家ご令嬢なのに新米騎士を蹴散らすお嬢様や、第一王子だろうが高貴な令嬢だろうが遠慮なく打ち据える護衛騎士がおかしいのだ。
国王陛下はまだいい。イベント戦に現れ、圧倒的な力で力で敵を薙ぎ倒して去って行く、そんな描写があったから。
だが、ガウルを始めとした護衛騎士があれだけ強いなら、中盤で起こる「王都襲撃イベント」や「北部反乱鎮圧戦」で何故あんなに苦戦したのか?
まあ、乙女ゲームプレイ時に、俺の操作するヒロインが体力パラメータ80という貧弱さだったからなのかもしれないが……。
そうなると、メリルのパラメータも気になる。
その辺りも含めて、「原作」との乖離がどこまで進んでいるかは調査しなければ。
一昨日の入学式を終えて、明日からは授業が始まる。
さあ、明日からもやることがいっぱいだ。
と、思い俺はトレーニングルームを後にしようとしたのだが。
後ろから肩を掴まれた。
公爵家の人間は、本当に……人の肩を掴むのが好きだよな。
「アラン! 締めにスパーリングをしましょう!」
「はぁ……」
……雇い主のご息女と殴り合えるわけがない。
型の稽古でもなければ、指導者の前で組手をするわけでもないのだから。安全にいかなくては。
諦めにも似た気持ちを抱きながら、俺はグローブを嵌めたリーゼロッテの前に立ち、ミットを持った。
……そういえば、ハルがリーゼロッテと登校デートをしたがっていたな。
そちらの方も何かしら考えておかねば。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
今回は山も谷もなく、アランが記憶を消されかけて、お嬢様からボコボコにされそうになるお話でした。
字面はアレですが、大したこたぁない。
次回、「話は聞かせてもらった」にて新キャラが登場します。お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます