第四十四話 アラン、死す



 俺には許される理由がある。

 王族の命よりも大事なものなど、そうそう転がっているものではない。


 それでも、このまま大義でゴリ押すのはマズい。

 そう判断できれば、今回の方針は自ずと決まる。



「不運が重なった点はございますが、結果として傷つけてしまった。悪いことをしたと思っています」

「それで?」

「私も男です。殿下の安全を守るためだったから許してほしい、とは言えません。私ができる範囲で、何らかの償いをしたいと思います」

「アラン、いいのかい? 話を聞く限りでは、緊急避難で無罪にもできるんだよ?」



 アルバート様がちょび髭の方を見ると、相変わらずつっけんどんな態度ではあるが、ちょび髭は首を縦に振った。


 ……法律論ではそうなのだろう。法律論では。

 だが、実際にそうしたら恐ろしいことになるという予感がある。俺はアルバート様の提案を受け入れないことを決めて、ワイズマン伯爵に向き直った。



「良いのです。してしまったことに対する責任は取るべきです。この場で御沙汰をいただきたい」

「……結構。君の身柄を預かるのは公爵家だろうが、レインメーカー子爵家も立派な貴族だ。一端の貴族として、また、一人の男として。責任を負うという姿勢は評価に値する」



 伯爵はそこで言葉を区切り、優雅に紅茶を嗜んでから二の句を注ぐ。



「……陛下の覚えがめでたい君と、本気で争うことにならなくてよかったよ……本当に、なぁ」



 一連の所作は優雅さと威圧感を兼ね備えており、俺は一歩間違えれば死んでいたという事実を再確認した。

 底冷えするような声色だが……やはり、これが正解のルートだと。俺は確信する。


 顔を上げた瞬間に思ったのだ。

 この伯爵、公爵夫妻と同じ目をしている、と。

 

 具体的には、娘を溺愛している者特有のオーラとでも言おうか。

 政治的な駆け引きよりも、娘を傷物にした男に何としてでも責任を取らせるという決意。

 剣呑な意思を、目から迸るように感じた。


 この伯爵に対して「仕方がなかったので許して」などと言おうものなら、この場をやり過ごせたとしても……後日とんでもない復讐が待っていることだろう。


 だから、この場で沙汰が欲しい。

 王家と公爵家の手前、あまりにも無体なことは言えないはずだ。

 周囲の目がある今この場で罰を確定させたい。


 これが今回の世紀末式交渉術第一弾だ。


 潔く罪を認めたことで、重い罪に問いにくくする。

 この場を無傷で済ませて、後で即死級の攻撃を食らうくらいならば。今ここで重傷を負ってでも決着をつけたが、トータルでのダメージは少ない。


 二の矢、三の矢は既に考えついた。

 俺は……俺は死なない!



「……どうだろう。本人はこう言っているが、当家の娘の専属執事なんだ。あまり無体な要求はしないでくれると嬉しいな」

「子爵は殿下のご友人でもあります。今後ご令嬢が学園に通う際、周囲との関係にも少なからず影響するでしょう。穏当な要求を願いたいものですな」



 アルバート様と……ガウル辺りが援護してくれるかと思ったら、まさかのちょび髭が援護続投である。

 本当にどうしたというのか、今日のちょび髭は。

 ……髭のキャラが良く分からんが、取り合えず今は味方なのだから良しとしよう。



 さあ、どうする伯爵。

 潔く罪を認めた男……身分は子爵に対し、公爵家当主と、王家の意向を受けた役人からこんな擁護があったんだぞ!

 軽い処分にしてくれ! な!?


 俺がそう願っていると、伯爵は暫し考え込んだ後、再び俺に視線を向ける。



「……何も罰を受けてもらおうとまでは思っていないのだが。私とて第一王子派閥に属しているのだから、エールハルト殿下のご不興など買いたくはない」



 え、そうなの?

 そう思い目線をずらすと、ちょび髭は澄ました顔で「当然だろう」とでも言いたげな顔だ。


 アルバート様、キャロライン様、護衛騎士たちも「そだねー」くらいの。

 ……至極当然のことを言っているなー。くらいの温度感であった。



 ハルとリーゼロッテが婚約しているのだから、今やクライン公爵家は第一王子派閥筆頭だ。

 護衛騎士たちや……多分ちょび髭も第一王子派閥。

 そして、ワイズマン伯爵も。 


 ……ワイズマン伯爵も、同じ派閥だったのか!?


 それなら最初から、公爵家の執事かつハルの親友である俺に、そんなに重い罰が下されることはなかったのでは? と考え至るが、後の祭りである。


 俺は「責任を取る」と言ってしまった自分の迂闊さを呪いながら、伯爵の沙汰を待つ。



「……さて、もう一度言おうか。私はここに来てから罰を受けよ・・・・・とは一言も言っていない。娘の柔肌を覗き見た男に、怒りの感情はあるがね。私が聞きたいのは、どう・・責任を取るのかという点だよ」



 責任は取ってほしいが、罰は受けなくてもいい? なんだそれは。

 罪を認めて罰を受けること。責任を取った証として罰を受けるというのが、普通の流れではないのか?


 責任を取ると言ったって……罰がセットで付いてこないような落とし前など、何かあるだろうか。

 罰にならない、責任……。



 うん? 責任を取って……?




 一人の・・・男として・・・・…………責任・・…………?





 はっ!?





 まさかと思い護衛騎士たちを見ると、ニヤニヤとした表情を隠しもせず、生暖かい物を見る目をしていた。

 嘘だろと思いちょび髭を見ると、さっさと終わらせてほしいとでも言いたげな目をしていた。

 ……この野郎、いつかいっぺんしばくからな。


 嘘だと言ってくれと思い公爵夫妻を見ると、俺の幸せを確信しているような、微笑ましい物を見る目をしていた。 


 もうこの際アンタでもいい!

 そう思いオネスティ子爵を見ると、無言でガクガクと、首を縦に振っていた。

 「そうだよ……その道が正解だよ…………」とでも言いたげな顔である。



「あ、あの。つかぬことをお聞きしますが、皆さま、責任・・という単語について、共通のご理解をされている、ということで、よろしい、でしょうか?」



 俺は、壊れかけたブリキ細工のようにぎこちなく、ワイズマン伯爵の方を向き直って、この場の共通認識について尋ねる。


 すると、当然のような顔をして、伯爵は答える。



「ああ、年頃の娘の裸を見たのだから、責任を取れ。この言葉が意味するところなど、結婚・・しかあるまいよ」



 娘を傷物にした責任を取って、結婚しろ、と。

 まあ、当然と言えば当然の話だ。道義的にも実利的にも。


 俺だって、名目上は貴族だ。

 陛下と殿下にお気に入りな上に、公爵家令嬢の執事なのだから、王家や公爵家とのパイプになる。

 ……俺に罪を負わせて多少の慰謝料を搾り取るよりも、俺を介して、ご息女をハルとお嬢様の学友ポジションにした方が、将来的に何十倍もリターンがあるだろう。

 

 こうして見ると政略結婚のメリットは結構大きい。

 デメリットは当人同士と伯爵の個人的な感情くらいか。



 …………。




 メイブルの尻に敷かれているアルヴィンが言っていた。結婚は人生の墓場だ、と。


 見方によっては、俺は覗きの罪で墓場に葬られるわけだ。

 いや、相手のご令嬢の方がとばっちりだとは思うし、彼女には土下座くらいでは足りないくらい申し訳ない気持ちなのだが。


 それでも……それでも! 俺だって恋がしたいんだ!


 ああそうだよ。ヒロインが俺を選んだらまともにアランのルートをやってやろうと思ったのだってそうだ。

 乙女ゲームをやっていて、「こんな素敵な恋愛がしてみたい」と思ったからこそ、そう提案したのだ。

 実際のメリルはアレだったが……少なくとも、提案した時点ではヒロインとのラブロマンスに憧れていたところがある。


 顔も、名前すら知らない女の子と結婚なんて嫌だ!

 向こうだって嫌だろ!? 今、俺への好感度は最悪のはずだ!

 何とか、何とか打開策を考えろ!!



 う、ぉぉおおおお。おおお?




「…………裸ではありません。私が見てしまったのは、上半身だけ、です」

「なるほど…………で?」

「私にも余裕が無かったもので、まじまじとは見ておりません。……ほんの一瞬だけです」

「そうか……。異論がないならこのまま進めよう。異論はないな?」



 ……この伯爵、もう有無を言わせない気だ。


 上流階級の娘の柔肌を見てしまったのだ。半裸だろうが全裸だろうが、後の展開に大した差など出ない。 

 分かっている。空しい抵抗だ。


 周りも大絶賛歓迎ムードである。

 予期せぬ政略結婚で、派閥の絆が強くなる!

 雨降って地固まる! 大団円! という雰囲気を醸し出している。



 やべぇ。詰んだ。



 状況を冷静に分析した俺の脳内シミュレーターは、勝率ゼロという答えを叩き出していた。


 周公爵夫妻は結婚賛成。

 アラン……幸せになれよ。と言わんばかりの表情をしており、どこからどう見ても乗り気。


 王家の意向……おそらく「アランとワイズマン伯爵家のご令嬢を婚約させてこい」という命を受けた文官は、さっさと手続きに入ろうとしている。

 用意がいいことに、国王陛下に提出する宣誓書まで持参していたようだ。


 囃し立てるかのような態度の護衛騎士たちは、断りにくい雰囲気をいっそう盛り上げている。

 ……そして、何より。

 

 俺より爵位が上で、かつ、この件で圧倒的に引け目を感じているワイズマン伯爵からの、「まさか断らないよな?」という力強い目力。

 

 凄まじい圧力プレッシャー

 流石にこの包囲網からは逃げられない。








 ……えっとぉー、この場合、もしも俺が攻略対象に選ばれたらどうなるのだろう。

 メリルがハルのルートを諦めて、俺を攻略しに来たら一体どうなるの?


 ワイズマン伯爵家のご令嬢が、悪役令嬢に早変わり?

 それとも伯爵令嬢と公爵令嬢の二枚看板、ダブル悪役令嬢が爆誕?


 わ、分からねえ。今後の展開が分からねえ!

 この展開、公式ガイドブックにも載っていなかったぞ!?

 載ってるわけねえわな、完全にイレギュラーだもの!


 こんな展開は予想していなかったので、世紀末交渉どころか、普通の受け答えにさえ窮する始末だ。

 目の前で淡々と進められていく婚約の手続きを前に、俺は半狂乱になっていた。



 これが原因で乙女ゲームの世界観がぶっ壊れたら、リーゼロッテやハル諸共に記憶リセットか?

 それとも世界ごとリセットして再誕か?

 リセットされて、俺は小麦農家になるのか?



 う、うおおおお!? 俺の明日はどっちだ!? 





 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 ということで、アランが落とし前をつけるお話でした。

 ここで彼の、在りし日の雄姿をご覧ください。



「……その言葉の意味、分かっているわよね?」

「けじめをつける? 決まってんだろ。責任を取らせるって意味だよ」



『責任を取らせるって意味だよ』(`・ω・´)キリッ



 祝、アラン婚約。

 それはさておき、次回の後始末が終われば新キャラ登場です。

 そろそろ新キャララッシュの時期です。お楽しみに。


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