第四十三話 名探偵ワイズマン



 伯爵の凄みに対して、公爵夫妻は冷静だった。

 特に慌てることもなく、紅茶を一杯嗜む余裕すら見せていた。


 音から察しているだけで、実際に見ているわけではないのだが、そこまで慌てた様子はない。


 家格がそれほどでもなく、見るからに前座ザコキャラなオネスティ子爵よりも。ワイズマン伯爵を相手にしたときの方が落ち着いているのではないだろうか。


 ……旦那様か奥様か、何かワイズマン伯爵の弱みでも握ってないかな。


 と、淡い期待を寄せながら、俺は土下座の姿勢を維持する。



「なるほど。しかし詳細は我々も聞かされていないのですよ。本件については王家が間に入るとのことですから……まずは王家からの話をお聞かせ願いたい」



 そして、アルバート様が付き人御一行に目線を送れば、いつもハルの後ろにくっ付いていたちょび髭の文官から、事件の流れが発表された。



「今回の事件は、殿下に対して中級以上の魔法が放たれたことに端を発します」



 そんな切り口で始まり、以下のことを証言した。


 立ち去ろうとする不審者を目撃したレインメーカー子爵が、その不審者・・・を追跡したものの、校舎裏で見失った。


 丁度そこでワイズマン子爵令嬢が着替えていた。

 

 息を切らせていたのは興奮のためではなく、直前まで走っていたからだ。


 意図して覗いたものではないが、結果として着替え中の場面に出くわしてしまったようだ、と。

 

 

 

 要するに、俺の弁護をしてくれているらしい。


 このちょび髭はいつもいけ好かない態度をしていたから、てっきりボロクソに言ってくるのかと思った。本当にそう思った。 


 俺は心底意外で、キツネにつままれたような錯覚を受ける。

 


「厳戒な警備が敷かれた中、殿下を狙う不届き者がいて。逃げていく不審者の後を追った結果、たまたま娘が着替えている前で見失ったと……?」

「そのようですな」

「で、その不審者とやらはそこの……レインメーカー子爵以外は、誰も目撃していないと?」

「そのようですなぁ。まあ、実際にウッドウェル伯爵の手の者は逮捕されておりますが」

「…………狂言ではないのか?」



 やはり、そう思うか。


 そうだよ、実際は狂言だよ。

 この伯爵以外に誰も指摘しなかったのが、逆におかしかったんだ。



「そうは言っても、魔力の痕跡はご令嬢が居らした部屋の前まで、確かに続いておりました」

「……レインメーカー子爵が魔法を使っていた可能性は?」



 伯爵の指摘に、俺はぎくっとする。


 その推理も当たりだ。



「その可能性は……まあ、ゼロではありませんな」



 ちょび髭としても、否定はしなかった。


 状況証拠だけを見れば白だが、それは実際に刺客が潜んでいたから白くなっただけだ。


 事実は「事件現場に魔法が使われた痕跡があった」ということのみ。他は俺の証言がそのまま通っただけだ。冷静に考えれば、怪しいことこの上ないだろう。



「最初の立ち位置を考えてもそうだ。殿下と一番近い位置にいたのだろう? それに子爵は殿下と非常に仲が良いと聞く。護衛も、殿下ご本人も油断していたことだろう。誰にも気づかれずに魔法を放つのは、容易だと思うのだが」

「状況としては、そうですな」



 内心でまたぎくっとするが、体が震えてはいなかっただろうか。


 見事なまでのピンポイントで、伯爵の推理は的中している。


 これはマズいと動揺していれば、ここでようやくアルバート様が割って入ってくれた。



「待ってほしい。そんなことをして、アランに一体何の得があると言うのだろう」

「彼が伯爵家に雇われた刺客だとしたら、全ての筋は通るのですが。……陛下、殿下共に信頼を置かれている今の状況で、わざわざ伯爵家の誘いに乗るはずもない。政治的なメリットは皆無でしょうな」



 アルバート様に指摘され、ワイズマン伯爵も一旦は引いたようだ。



 そうだ。犯行計画を自白した逮捕者までいるのだ。何を恐れることがある。


 アルバート様も引き続き弁護を続投してくれるようなので、俺は黙って、額を地面に付けた姿勢で待つ。



「だとしたら、アランが魔法を使ったというのは無理筋だろう」

「……殿下のお命を救うためとあらば、覗きの罪など減免されることは想像に難くない」



 そこで一息つき、伯爵は「だから」と続ける。



「有りもしない暗殺未遂事件を、でっち上げたという可能性は? 本当はいたずら程度の事件を、ことさら大きく喧伝した可能性は? 襲撃犯の方は「まだ何もしていない」と証言していたそうですし……実際に、こうして王家が仲介に入っているのですから。……狙い通り、なのでは?」



 ぎくぎくぎくっ。と、今度こそ俺はおののく。


 順番は逆だ。王家を巻き込んで覗きの罪を免除させようとしたのではない。

 覗きの罪に問われそうになったから、王家を巻き込んだのだ。


 だが、作戦は大筋で当てられている。



 マズい。


 ワイズマン伯爵は、既に事件のあらましを別ルートで捜査していたようだ。

 昨日の今日で逮捕された人間の供述内容まで調べ上げているとは、有能な男のようだ。


 それにいい推理だ。最早目の前に立つ男のことを、名探偵ワイズマンと呼びたい。

 高貴な生まれでなければ、探偵として生きることをお勧めできるくらいには図星を突いている。


 一つ一つ正解を当てられていく度に俺の緊張は高まっていき、次第に、背筋に嫌な汗をかき始めた。



「本来であればレインメーカー子爵は最後に到着するはずでした。早めに到着したことがイレギュラーなのですよ」


 

 と、まさかのちょび髭も弁護を続投する。


 伯爵家令嬢は着ていた制服がたまたま汚れてしまったため、急遽保健室にて予備の制服に着替えることにした。

 そのため、会場入りの時間からして予定外だったレインメーカー子爵が、計画的な犯行に及ぶことは難しい。それが現場の判断だと語る。


 だが、ワイズマン伯爵は一向に折れる気配がなかった。


 

「どうかな。リーゼロッテ様はたいそう活動的な方だと聞く。……当日は伯爵家が入場すべき時に、既に会場入りしていたほどだ。彼が入場の時間をコントロールすることもできるだろう。早入りの可能性を考慮した上で、覗きの計画を立てていたのではないのか?」



 ――ここに来て、ワイズマン伯爵の推理が大きく外れ始める。


 そんな計画的な犯行計画を立てる性犯罪者がいるのか?


 王家と公爵家を巻き込んだ一大事件を巻き起こして、やろうとしていることが婦女子への覗き?

 そんなバカな。そのような推理は流石に暴論、言いがかりだ。


 これは隙だぞ。難癖だと跳ね返せ、旦那様。さあカウンターのお時間だ、と思ったのだが。



「ふむ、貴族令嬢を狙った覗きの計画か。確かにアランなら、リーゼの性格もよく知っているし……そういう年頃でもある。……突拍子もない大事を引き起こすことにも定評がある。可能性として一考の余地はある、か?」



 おい待てやこの野郎。


 と、危うく土下座の恰好をしたまま、雇い主を罵倒するところだ。


 アルバート様は今までの推測、その全て反論していたというのに、唯一的外れなそこにだけ同調を始めた。



 何故、そこだけ。

 伯爵の推理で的を外れているのが、そこだけだと言うのに。

 

 誰がそんな計画的な覗きの犯罪計画を立てるというのか。

 考える余地もなく否定するところではないのか。



 というかなんだ? 俺の評価はリーゼロッテと同じレベルなのか、ああん!?


 とも思うが、リーゼロッテが起こした事件は既に解決済みなので、現状では俺の方が評価が低いまである。



「まあ、計画的か否かはこの際置いておくとして」



 公爵家の当主が考えに理解を示したというのに、ワイズマン伯爵が引いた。 


 何だ? 何が狙いだ? と訝しんでいると、唐突に話は俺に振られることになる。



「なあ、レインメーカー子爵」

「は、はっ!」

「まあ……まずは顔を上げるといい」



 急に話を振られて驚きはしたが、とにかく今は顔を上げて伯爵を見よう。


 上体を起こし、ワイズマン伯爵の目を見て――


 ……ん? 伯爵の目、この雰囲気は何か見覚えが。と、俺は謎の既視感に襲われる。



 いつも、割りと身近で見ているような。公爵家……公爵夫妻?

 

 

 はっ!? まさかこの男!



 と、俺が既視感の正体に思い至る瞬間にも、ワイズマン伯爵の話は止まらない。

 



「この際、故意か事故か、計画的か偶発的かは置いておく。だが、一つだけハッキリさせておきたい……」

「何を、でございましょうか?」

「…………見た・・のだろう?」



 そう言われて思い出すのは、ピンクのブラジャーに包まれた、メロンのような――いや、これ以上は止めよう。


 これは、どう返答すればいいのだろう?

 答える前に、脳内でシミュレーションをしてみる。



『はい! 見てしまいました!』

『そうか……認めるか。許さん! 死ねい!』

『うぼぁー』



 見たと言った場合は、こう。



『いいえ、実は見ていません!』

『嘘を吐くな。娘は目が合ったと言っていた! この期に及んでシラを切るとは……許せん! 死ねい!』

『うぼぁー』



 見ていないと言った場合は、こう。


 ……この状況から助かる未来予想図など、全く思いつかない。



「なあ、どうなのだ? 子爵」

「は、そ、それは……」



 そうだな。見ていないと嘘を吐いたところで、怒りの炎に油を注ぐだけだ。


 ならば、時は今。 

 今こそいつもの世紀末・・・ではないか。


 毎度毎度、覚悟を決めるのだけは早い俺である。

 最早助からないと判断した瞬間、助かるための努力を止めて、攻勢に打って出ることにした。



「はい、見ました」

「認めるのだな?」

「はい、事実です」

「……ほう」



 潔く認めよう。

 堂々と、胸を張って言おう。

 俺はアンタの娘の半裸を見た、と。


 絵面は最低だが、何を恥じることがある。

 俺はハル……第一王子の命を救うために行動した(ことになっている)のだ。

 国の調査結果として、そう結論付けたのだ。


 俺の行動には(偽りの)義が!

 (ハリボテの)大義がある!



 だが、このまま大義でゴリ押すのはマズい。


 先に既視感の正体に気づけて良かった。

 いつも通り・・・・・に押していたら、本当に死んでいたところだ。


 と、俺は伯爵の目を見て、改めて思った。



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