第四十二話 アラン史上最大の危機(何回目だっけ?)



 あの事件から一夜明けた。


 今日は休日……土曜日だ。

 普段であれば旦那様も奥様も仕事がお休みになり、住み込みでない使用人も休みを取るので、公爵家全体が少し静かになるわけだが。

 

 本日は、いつもよりも使用人の数が多い。それに、執事勢も全員揃っている。

 普段から休みが少ないエドワードさんは言うに及ばず。

 休日を返上したケリーさんとジョンソンさんまで、別室で待機している。 


 この日、公爵家の応接室に、見慣れない方々がおいでになっていたのだ。




「大変、申し訳ございませんでしたァッ!!」




 見慣れない男性その一。

 まずは、公爵家が誇る豪華な応接室で、土下座している男について触れよう。

 高そうな衣服に身を包んだ、ザ・貴族とでも言いたげなファッションをしている、細身の中年男。

 彼がヒロイン……メリルの父親である、オネスティ子爵だ。


 ……彼は娘が公衆の面前で投げ技を食らった挙句、下着を公開されるという辱めを受けた。

 だというのに、土下座をする羽目になっている。

 

 それは何故か。

 答えは部屋の右側に並んでいる、強面こわもて騎士のガウルを始めとする、ハルの護衛に付いていた騎士たちの証言を聞いたからだ。


 彼らはメリルの発言について、冷静に解説していった。



『殿下には味方が少ない。味方になってあげるから親睦を深めようとの発言がありました。公然と王族を侮辱したとも取れます』



 まあ、そうだ。



『婚約者の前で、親が決めた婚約など関係ないと言い切った後、殿下を強引にデートへ連れ出そうとしていました。それは公爵令嬢も腹を立てるでしょうよ』



 それもそうだ。



『殿下は嫌がっておられましたが、子爵令嬢は無理やり手を取り、あまつさえ抱き着いていましたね』



 そこまでやったら、普通は不敬罪での心配をすることになる。

 とまあ、その場で何があったか証言をまとめた結果、このような流れになった。






 昨日帰宅した直後、俺たちは公爵夫妻に報告を入れたのだが。



『お嬢様がオネスティ子爵家のご令嬢に投げ技を仕掛けて、公衆の面前で下着が露わになりました。おそらく近日中に子爵が乗り込んできます』

『し、ししゃ……!? 投げ……!?』



 そう報告した直後、まずエドワードさんが倒れた。

 まさしく仰天。前方斜め上の方向を見ながら、ゆっくりと背中側に倒れていったのだが、アルバート様が受け止めて事なきを得る。


 ……別に追撃がしたかったわけではないのだが、報告することがまだあったのだから仕方ない。 

 エドワードさんのことは一旦置いておき、俺は報告を続ける。



『そして、私も、ワイズマン伯爵家のご令嬢が……着替えている場面に遭遇してしまいました。おそらく近日中に、ワイズマン伯爵も乗り込んできます』

『ワ、ワイズマン伯爵!? え!?』



 俺の起こした問題も報告すると、今度はキャロライン様が倒れる。


 まだ意識を保っていたアルバート様は、キャロライン様も受け止めた。

 右手にエドワードさん、左手にキャロライン様を抱えて踏ん張っていた。


 ……別に、トドメを刺したかったわけではないのだが。

 報告はまだある。



『あ、アラン。まさかまだ、まだ何かあるのかな? いや、ないとは信じているが……はは、は』

『一番重要なご報告がございます』

『い、いちばん、じゅうよう?』



 ウッドウェル伯爵の裁きに旦那様が同席していたら、俺たちが学校から帰ってくるような時間に帰宅はしていないだろう。

 陛下の配慮で知らせていないのか、派閥内でけじめ・・・をつけることにしたのかは知らないが。

 この件をアルバート様がご存じないのであれば、すぐに伝えておかなければいけない。



 嫌な予感がしたのだろう。やや声が上ずり、呂律も回らない様子のアルバート様は、力なく首を横に振っていた。

 いやだ、ききたくない。そういう意味のアクションだろう。


 おそらく本能的な動きなので、アルバート様ご自身でも、今自分がいやいや・・・・していることに気が付いてはいないのではないだろうか?


 だが、言うべきことは言わなければならない。



『エールハルト殿下の暗殺未遂事件が起きました』

『はぁ!?』

『下手人はウッドウェル伯爵です。本日中に王宮で裁くとのことなので……明日、旦那様にもご報告があるかと存じます』



 折に触れて遊びに来るハルとは仲も良好であるし、子どもの頃からハルを知っていて、娘の婚約者というより実の息子のような目でハルを見てきた旦那様だ。

 第一王子が害されれば、公爵家の立場にも大きく影響することでもある。


 これはアルバート様にとっても、かなりショックな報告だっただろう。



 ……衝撃の報告を連打したものだから、屋敷内の方針に決定権を持つお三方は、皆揃って卒倒してしまった。全滅だ。


 仕方がないので、俺の口から「明日が休みの者も、全員出勤しろ」という号令を下して一日が終わった。







 そして次の日、今日の昼になり早速子爵が乗り込んできた。


 眠りこけていた公爵夫妻を起こして、何とか着替えさせたまではいいが。子爵が到着する直前までショックで寝込んでいた公爵夫妻は、状況が良く分かっていなかった。


 そのため当初は「激怒して公爵邸へ殴りこんできた子爵」と、「平謝りする公爵」という構図だったのだが。仲裁に来た面々の証言で流れが変わる。



 王族に対しての「友達がいないでしょ」発言。

 そして、子爵家如きが「味方についてあげるから、仲良くしなさいよ」と王子に言い放ち。

 その後婚約者の公爵家令嬢に、略奪宣言とも取れる発言をして……実際に王子へ抱き着いた。


 そういったことは風聞が良くないから止めるように、と、第一王子、公爵家令嬢の両名から複数回の注意があった上で尚止めなかった。

 だから婚約者を守るために、公爵家の令嬢が実力で引き剥がした。

 昨日の出来事をまとめれば、こういう流れになる。


 ……よくよく考えれば、身分社会においてあり得ない対応のオンパレードだ。


 乙女ゲームに毒されすぎていて、俺は基本的なことを忘れていた。

 身分が上の人間の命令に逆らうことは、基本的には「死」を意味する、ということを。

 社会的な意味でも、経済的な意味でも、武力的な意味――又は物理的な意味――でも。



 話が進むにつれて、アルバート様とキャロライン様の表情が「あれ?」というものに変わり。

 同時にオネスティ子爵の表情も「えっ?」というものに変化した。


 段々と険しくなる公爵夫妻の顔。

 段々と青ざめていく子爵の顔。


 そしていつしか、「娘が王家と公爵家へ同時に喧嘩を売った子爵」と、「難癖をつけられた公爵」という図式ができあがり……。



「オネスティ子爵……と言ったかしら。ああ、ごめんなさいね、子爵程度の者は、顔をよく覚えていなくて。……この機会によく覚えておくわ」

「ウチの大切な娘に……あまつさえ殿下にまで無礼を働いたそうだな…………。この体たらく、どう責任を取るつもりだ?」



 オネスティ子爵はと言えば、完全に「とことんやったるんじゃあモード」に入った公爵夫妻から、全力の威圧を食らっていた。


 人払いをしていなかったのは、彼にとって不幸なことだった。

 周囲には、完全に公爵家寄りな第一王子の側近たちと、公爵家の使用人たちが控えている。


 完全にアウェーな状況で、彼が取れる行動は一つしかなかった。



「大変、申し訳ございませんでしたァッ!!」



 その結果が、椅子から転がり落ちるような勢いでの土下座である。

 

 

「なるほど。オネスティ子爵の件については……彼の娘に大きな非があるようだな」

「は! まさに! そのような状況にあるとはつゆとも知らず。ご無礼をお許しください!」



 まあ、こういう流れでオネスティ子爵は、俺の横で土下座をするに至ったわけだ。





 ……そう、俺の横で・・・・、である。


 …………俺も、土下座中だ。



「リーゼロッテの方にも……多少。そう、多少はやり過ぎた部分はあります。まあ、そこは斟酌しますが。とにかく、オネスティ子爵の処分については後回しにしても良いでしょう。して、ワイズマン伯爵。当家の執事が、ご令嬢にご無礼を働いたとか」

「いかにも。着替えているところを覗かれたそうですな」



 公爵家に現れた、見慣れない男その二。

 俺が着替えシーンを覗いてしまったご令嬢のお父様。ワイズマン伯爵だ。


 ……額から角を生やしているわけではなく、背中に翼が生えているわけでもない。

 だが、彼の風体を評するなら、「魔王」である。



 名門伯爵家の当主らしく、黒を基調とした落ち着いた服装だ。

 華美ではないが、それは格調高いと言えるものであり、オネスティ子爵とはランクが違う。

 

 陛下に勝るとも劣らない鋭い目力を持ち、土下座をする前の俺は、視線だけで縊りくびり殺されそうな気分を味わった。



「……娘は心に傷を負ってしまいました。この責任については、どのような形で取っていただけるのですかな?」



 オネスティ子爵のターンが終わり、ここからは俺が裁かれる番だが。裁かれる本人である、俺にはもうどうしようもない。


 俺は土下座をしながら、公爵夫妻からの弁護を待った。





 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 土下座系主人公、爆誕。


 次回と次々回は、アランの落とし前・・・・回です。

 それが終われば、めでたく学園生活開始と相成ります。

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