第四十一話 やめるんだ! お嬢様!!
「え、えっと。今、なんて?」
「なんだァ? てめェ……と言ったのよ」
おお……もう……。
と、俺はもう心の中などではなく、往来で自分の頭を抱えた。
「あ、ありえません。貴族の令嬢がそんな言葉遣い!」
「身分なんか関係ないって言ったのはそっちよねぇ……。お望み通り、身分関係なしでいくわ」
「え、ええっ!?」
メリルはテンパっているが、それはそうだろう。
本来ここでリーゼロッテが言うべきセリフは「この無礼者!」である。
甲高い声を上げながらメリルの頬をひっぱたく……そういう流れになるはずなのだ。
そして両手の指から、べキリ、ゴキリという小気味いい音を鳴らしていた。まるで喧嘩に臨む不良のようだ。
小競り合いではなく、今ここで
という気概すら垣間見える。
「わ、私、そんなこと言っていないわ」
「言ったわよね」
「言っていた……かな」
「仰っていたかと存じます」
身分なんか関係ないと、あれほど吠えたのだ。
今更吐いた唾は飲めない。自分の発言には責任を持つべきだ。
俺はともかくとして、ハルまで「言った」と証言しているのだ。最早言い逃れはできないだろう。
メリルは又しても、しどろもどろになって言い訳を探しているが……どうやら、話術の能力は低そうだ。
「私が言ったのは、人付き合いのことで……口調は関係、ありませんから」
「でも貴方、爵位が上の相手に対して、随分と気安い口調よね?」
「……敬語じゃないですか」
「敬語じゃないですか、ではなく、敬語ではございませんか。言った、ではなく、申し上げた。お菓子を作ってあげよう、ではなくて、お菓子をお作りして差し上げよう。正しい言葉遣いとしてはこの辺りかしらね?」
俺もリーゼロッテに対しては砕けた敬語を使うが、メリルも相当なものだった。
だからこうして揚げ足を取られるのだ。
……今は言い争っているから揚げ足に聞こえるが、まあ、リーゼロッテが言っていること自体はまともなのだと思う。
学園ラブロマンスで、恋人候補に終始謙譲語を使うヒロインもどうかと思うが。まあそれはそれ。
更にリーゼロッテの
「語尾にですます付けておけば、何でも敬語になるわけではないのよ。……全体的にワードチョイスがおかしいわ」
「うっ」
「それにね、相手の家格が上なら、そもそも口答えするのはいけないことなのよ? 貴女の口調は馴れ馴れしいと言われたなら。「そんなことはございません」ではなく、まず「申し訳ございません」と言うべきなのよ」
それを言ったら俺もリーゼロッテも大概おかしいのだが。言っている内容自体はその通りである。
メリルが普段の俺たちを知っていればいくらでも反論できるだろうが、今日まで俺たちの接点などゼロだ。
……この貴族社会、情報不足は生き死にに直結するんだよ。
と、苦しい顔をしているメリルを見て思う。
「そんな堅苦しい言葉遣いをしていたら、疲れませんか?」
「ええ、疲れるわよね。だから私も砕けた言葉を使うことにしたの」
「砕けた言葉ってさっき……先ほどの、ですか?」
未だ、少し砕けた敬語を使っているメリルを一瞥し、更に一歩踏み出して、リーゼロッテは言う。
「そうよ。自分よりもワンランク下の……いえ、貴女の実家は子爵家ですものね。「その態度はいただけませんわ。どうなさったのですか。貴女、無礼でございますよ」というセリフを、スリーランク下の相手に使う言葉にして、更に堅苦しくないように崩した結果が、「なんだァ? てめェ……」よ」
元になった言葉が砕け散って、原型を留めていないぜお嬢様。
かつてないほどのマシンガントークをかますリーゼロッテ。
早口の原因は焦りか怒りか。
いずれにせよ、舌戦はリーゼロッテが完全に優位な状態で進んでいる。
「え? いや、こんな展開は……」
対照的に、予想外の展開が続いたメリルは困惑しきりである。
おろおろしているメリルの横を通り過ぎたリーゼロッテは――そのままメリルの背後に回った。
「まあ、売られた喧嘩は買うのが公爵家の流儀なのよね」
「そんな流儀が……え? な、何? 何で抱き着くの!?」
「貴女の一連の言動、行動。それに対する答えがこれよ。安心しなさい。落とすのはこの花壇の、柔らかそうな土の上だから」
リーゼロッテは素早くメリルの腰へ両腕を回し、ガッチリとホールドした。
この流れは……まさか! 子爵家のご令嬢を相手に、ジャーマンをする気か!?
やめるんだ! お嬢様!! 流石にそれは問題になる……色々な意味で!
「な、ちょ……待って!」
「待たない。く、た、ば、れぇえええええ!!」
俺は走り出すが、既にメリルの体は浮き上がっている。
後は勢いを付けてぶん投げるだけなのだから、初動が遅れた俺が、間に合うはずもない。
「お止め下さっ、リーゼロッテ! やめろ!」
「ダメだリーゼ! くっ、土魔法【軟化】!」
メリルが怪我をしないように、ハルは咄嗟に花壇の土を更に柔らかくしたようだ。
魔法が発動するまでの時間はごく短く、効果もしっかり出ている。
――が、これは悪手だった。
ズボッという音を立てて、メリルの上半身が丸ごと花壇の中に植え込まれる。
……子爵家のご令嬢が、花壇から生えている。
これには周囲にいた野次馬もびっくりである。
騒然の具合は、ウッドウェル伯爵が連行されたときと同レベルだ。
近くにいた通行人は唖然としているし、俺も呆然としている。
対照的にハルは「あちゃー」くらいの温度感で、あまり動じていない。
流石は陛下の息子だ。将来は大物になるだろう。
はは、第一王子だから、もう大物なんだけどね。ははは。
「うわっぺっぺ。口に土が入っちゃった。思ったよりも派手にいったわね」
現実逃避で一瞬どうでもいいことを考えてしまったが、リーゼロッテの発言で我に返る。
リーゼロッテの髪にも土汚れが付いており、彼女は立ち上がると、髪と服についた土を払った。
「そしてこっちも……思っていたより派手ね」
「あ」
「あっ」
重力に従ってスカートがめくれ下がるものだから、黒くて布地面積が少しばかり少ない、過激な下着が丸見えである。
…………初日から勝負下着とは、たまげたなぁ……。
まさかメリルは、初日でハルを完全攻略し、エンディングをすっ飛ばして
薄々思ってはいたが、俺の周りには男も女も、ヤバい奴しかいない。
……とりあえず。
「ハル、暫くこのままでいようなー」
「あ、アラン! どうして僕の目を塞ぐんだ! 何故だ!」
俺が次に取った行動は、両手でハルに目隠しをすることだった。
ハルはジタバタと身をよじらせ、俺の目隠しを外そうと頑張っている。
背は俺の方が高いのだが、ハルと俺の腕力は五分五分くらいだ。
結構な力を入れて抵抗しているらしく、抑えつけるのも一苦労なのだが……何故、目を塞ぐっのかって?
ここで君の目を塞ぐのは、当たり前だと思うのだが。
俺はハルの耳元で、至極当然の理由を囁く。
「婚約者の前で、他のご令嬢の下着をガン見するのはマズいだろ……。それに、相手の家から責任取らされんぞ?」
「うぐっ、それは」
先ほど他家のご令嬢の着替えシーン……下着を目撃してしまった手前、落とし前をつけることになってしまった俺が言うのだ。
抜群の説得力を前にハルはトーンダウンし、抵抗する力も途端に弱まった。
「なあに? ハルはパンツに興味があるお年頃なの?」
「ち、違うよリーゼ! もちろん下着になど興味はないさ! あられもない姿を目の当たりにする前に、視界を塞いでくれてありがとう! 感謝するよ、アラン!」
ハルはリーゼロッテのことを意識した瞬間に態度を翻し、表面上は紳士的なことを言い始めた。
……色々と言いたいことはあるが、まあいいだろう。
乙女ゲームの主演を張るような王道の王子でも、まだ思春期なのだ。こういうものにも興味があるお年頃だろう。
俺も男だ。気持ちは分かる。
まあ、騎士の情けというやつだ。
俺が隠すまでバッチリ下着を見ていたことには、触れないでおいてやろう。
にしても、入学初日からやっちまったなあ。俺も、リーゼロッテも……。
「あーあ」
攻略対象が伯爵家のご令嬢を相手に覗き事件。
物語開始初日で、悪役令嬢がヒロインにジャーマンスープレックス。
子爵家のご令嬢……ヒロインが、公衆の面前で御開帳。
どれを取っても家同士で話し合うレベルの大問題だ。
それに物語の神様としても、リセットを真剣に検討する事態だろう。
差し当たり、公爵家にワイズマン伯爵が乗り込んでくるのが先か。オネスティ子爵が乗り込んでくるのが先か。
いずれにせよ、近いうちに何らかの対応は迫られることになるはずだ。
俺は伯爵家への対応で手いっぱいになると思うのだが。
……公爵夫妻。まさかこの事件の後始末まで、俺にやらせないだろうな。
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三十五話タイトル 入学初日~問題を起こすまでがテンプレート~
内容はどうあれテンプレートよね。と、お嬢様は後に語る。
原作のエールハルトなら、にっこりと微笑んで自ら視線を外すのでしょうが。暗黒微笑王子の面影はどこへやら。
今の彼はバリバリスポーツマンの脳筋です。本能の力が強くなっています。最早、ただの思春期の男の子です。
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