第四十六話 話は聞かせてもらった!




「話は聞かせてもらった! 後はこのラルフ・フォン・アルバイン・シルベスタニアに任せてもらおうか!」



 バーン。という効果音すらしそうな勢いで現れた、ガタイのいい男。

 茶髪の髪は短かく切りそろえられており、目には闘志を爛々と燃やしている男だ。



「…………えっ。誰?」



 と、思わず小声で呟いてしまったのだが。

 知らない人物の堂々たる登場に、俺の思考は暫しの空白を迎えた。







 この週末、オネスティ子爵、ワイズマン伯爵、クロスと、怒涛の襲来を乗り切った俺たちは、何とか初登校日を迎えた。


 俺はリーゼロッテと共に馬車の降車場に降り立ったのだが、少し後ろの方から王家の馬車が来ていたので、ハルを待って一緒に登校することにした。


 相も変わらず爽やかに朝の挨拶をしてくるイケメン王子と合流し、のんびりと校舎までの道のりを歩いていたのだが。

 校舎の入口に差し掛かったところで、昇降口横の柱に背中を預け、腕組みをして待ち構えていた男子生徒が居たのだ。


 そして俺たちが通りかかると同時に行われたのが、先ほどの宣言である。

 ……重ねて言おう。誰だ?


 俺の妹分と弟分は、実はかなり友達が少ない。

 家に友人を招いたりもせず、日々筋トレに生きている。だから、同世代との交友関係はほとんど無かったりするのだ。


 私生活は別として。お貴族様のパーティだと、従者は会場内までは入れないことも多い。

 俺も貴族なのだが、年収の数年分に相当するようなパーティ用の衣服など用意できないため、普通の従者として同行し、会場の前で別れて出待ちをする。

 だから社交界での数少ない交流相手も、俺は顔を知らなかったりするのだ。



 俺が知らないだけで、友達と呼べる人間はいるのかもしれないのだが。

 ……しかし、「この間のパーティはどうだった?」と聞けば、大体は察する。


 リーゼロッテにそう聞けばハルの話題しか出てこず。

 ハルにそう聞けば、リーゼロッテの話題しか出てこないので……察するに余りあるところはある。


 目の前に立つガタイのいい男が親し気に話しかけてきているところを見ると、その数少ない友人の一人だとは思う。

 何となく見覚えはあるし、名前に聞き覚えはあるんだが……。誰だったか。

 どこかで見た覚えがある気はするのだが、と、俺は首を傾げる。



「あらラルフ、お久しぶりね。ハルのお誕生日会以来かしら」

「ああ。久しぶりだなリーゼ嬢」

「ハルとは上手くやっている?」

「勿論だ。騎士団の訓練で毎週ペアを組んでいるからな、もう阿吽の呼吸だよ」



 ラルフ……騎士団……ああ、思い出した。騎士団長の息子だ。

 と、俺は合点がいき、小さく手を叩く。


 実家はシルベスタニア子爵家で、王都を中心にした王国中央の防備を管轄しているはずだ。

 家格こそ子爵家だが、古くからある軍閥系の名門貴族になる。

 王都の防衛に関して大きな権限を持っており、非常時には侯爵家にすら命令ができるほどだとか。


 よしよし。素性はちゃんと覚えているな。

 こんな重要人物を、危うく見逃すところだった。


 俺が心の中でボヤいていると、上流階級のご子息たちはご歓談を始めていた。



「それで……ラルフ。任せてもらおうとは、どういうことかな?」

「そうよラルフ。一体どうしたの?」

「皆まで言うなよ水臭い。……エールハルト、お前。暗殺者に狙われているんだってな」



 俺が覗きの嫌疑をかけられて、苦し紛れに「第一王子が害されんとしていた」などという陰謀論を唱えたら、本当に刺客が潜んでいて大事になった。

 その話は金曜の午後、入学式の後に参加者が帰り始めた頃の事件で、今は週明けの朝だ。


 もう出回っているのか。

 俺としては可及的速やかに風化してほしいところなのだが……拡散が早くはないだろうか?


 そう思ったが、俺はすぐに考えを改める。

 第一王子が狙われるなど、久しく無かったセンセーショナルな事件だ。

 周囲にはまだ大勢の野次馬がいたし、治安の維持に関わるような家には、むしろ伝わっていなければおかしい。


 俺は人知れず、暫く大人しくしていることを誓ったのだが。

 目の前に立つ男……ラルフも、誓いを立てているところだった。



「安心しろ。俺はエールハルトの剣で、盾だ。婚約者のリーゼ嬢まで含めて、全部俺が守ってやるよ!」

「あら、頼もしいわね」

「学内では私の護衛が付いてこられない場所も多い。頼りにしているよ、ラルフ」



 そう言って、ハルはラルフへと手を伸ばし。両者の間で固い握手が結ばれた。

 両者、熱い血潮を滾らせているような、力強い握手だった。



「おう、後はこの俺に任せとけ!」



 ラルフは意思が強そうな目元をすっと細め、ニカっと笑いながら再度宣言した。

 太陽の如き燦燦さんさんとした笑顔だった。 



 そうだ…………この暑苦しい男も、攻略対象・・・・だ。



 公式ガイドブックに載っていたラルフは制服を着崩していたが、今目の前にいる男は袖や胸元まできっちりとボタンを留めて、かっちりとした着こなしだ。


 初対面でもあるし、最初は「原作」のラルフとイメージが重ならなかった。

 危うく見落とすところだ。



 彼は騎士団長の息子という重圧に押し潰されそうになるが、それでも前を向いて、明るく振舞う熱血漢だ。

 見事結ばれた暁には、ヒロインのことを生涯守り通すという騎士の誓いを立てるのだとか。


 いや、順序が逆か。

 特定のイベントを起こさずとも、好感度がマックスになった段階で自動的に誓いを立て、エンディングに入ることが可能になる。

 攻略難易度としては、非常にチョロいベリー・イージーという評価だ。



 …………ラルフは第一王子、ヒロインと同じクラスなだけあって、ランダムイベントでの遭遇率が高い。

 その上好感度が下がるイベントは少なく、下がったとしても下げ幅が小さい。

 会話の選択肢を適当に選び、適当にデートに誘い、適当にプレゼント攻撃をしているだけですぐ陥落するという……非常にオトシ・・・やすい奴だ。






 当面の目標は、コイツを生贄に仕立て上げることだろうか。





「ッ!?」

「どうしたんだい? ラルフ」

「い、いや。今なんだか……背筋に変な悪寒が」

「風邪かい? 季節の変わり目だからね。気をつけた方がいいよ」

「そ、そうだな。妙な視線を感じた気もしたんだが……邪な視線と言うか……」



 ラルフは周囲を見渡すが、この場には俺たち以外の生徒などいない。

 その「ヨコシマな視線」というのは俺のものだろう。

 ……ちょろいくせして、勘は鋭いようだ。



 学園で攻略対象となるのは、ラルフも含めて五人。

 ただし、一人は後輩のため来年入学予定だ。


 その中でも第二王子のサージェスと、天才魔術師のクリストフ辺りは一年目の始め――遅くとも秋頃から好感度を稼いでおかなければ、攻略が難しくなってくる。

 デッドラインは二年に進級する時期だ。

 それまでに攻略を開始しなければ、到底エンディングには間に合わないだろう。


 だが、ラルフは二年目から頑張っても余裕で攻略が可能だし、本気を出せば三年の半ばからでも攻略は可能となる。

 狙う分には安牌あんぱいなので、メリルの好みに合うなら狙い目でもある。

 というわけで、俺は何でもないような風を装いながら、ラルフをロックオンした。



 メリルがハル狙いだとしても、俺たちの妨害で上手くいかないことが分かれば、途中からラルフに乗り換えてくれるかもしれない。

 そうなることを期待しているのだが、全てはメリルの腹積もり一つだ。


 まあ、彼がメリルから選ばれるかどうかは分からないが、この状況自体は都合がいい。



 俺とリーゼロッテはクラスが違うからな。

 ラルフには、いい虫よけとして役に立ってもらおうじゃないか。





 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 アラン、エールハルトに続く三人目の攻略対象登場です。

 暗黒微笑王子から熱血系騎士にジョブチェンジしたエールハルトは、彼とキャラ被り問題を抱えています。


 ラルフは普段はエールハルトを呼び捨てにしていますが、学内では一応殿下と呼びます……が、既にボロが出始めている模様。

 武力は高め。知力と政治力は低め。脳筋がまた一人追加されました。

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